交通事故死者数“40%減”の裏側に潜む「重度後遺障害者」の孤独 介護者不在の未来が意味するものとは?

医療的ケアと人手不足

交通事故のイメージ(画像:写真AC)

交通事故のイメージ(画像:写真AC)

 国土交通省は2024年5月31日、自動車事故の被害者が介護者がいなくなった後も安心して生活できる環境を整えるため、補助事業の公募を開始した。この事業は、障害福祉系の訪問介護サービスの人材確保を支援する内容になっている。

 今回、筆者(伊波幸人、乗り物ライター)が調べてみると、医療的ケアが必要な自動車事故の被害者が、人手不足でサービスを受けられないという問題が浮かび上がってきた。

 なぜこの補助事業が障害福祉系の訪問介護サービスに限定されているのか。また、なぜ自動車事故の被害者支援が拡充されたのか。

 リハビリテーション医療に関わる筆者は、交通事故で重度のけがを負った人たちの社会復帰や社会参加を支援する立場にある。自身の経験も踏まえ、この問題を掘り下げる。

重度介護の現実と人手不足

交通事故のイメージ(画像:写真AC)

交通事故のイメージ(画像:写真AC)

「交通事故被害者ノート」(国土交通省、令和4年11月)のコラム「意識障害が長引いているご家族を介護されている方へ」から一部を引用し、被害者家族の実態を紹介する。詳細は「交通事故被害者ノート 国土交通省」で検索して確認してほしい。

「私の二男は、1995年、小学校2年生の時にスピード違反の車に撥ねられ、頭部を強打し遷延性意識障害者となりました。事故から27年を超え、障害の極めて重い方の家族会活動を始め、全国組織を結成し18年目になりました。(中略)日中に通うデイサービスなども決める必要があります。気管切開や呼吸器がついていると利用できない場合もあり、対応できる事業所は残念ながら多くないです」

 筆者としての実感では、重度の介護が必要な被害者へのケア体制は十分ではない。コラムでは、息を吸ったり吐いたりすることに障害がある場合が特に厳しい。具体的には、痰(たん)を吐き出せず喉に詰まってしまうと窒息の危険がある。この場合、吸引などの医療的ケアが必要だが、吸引を行えるのは

・医師の指示を受けた看護師
・研修を受けた介護系人材

に限られる。つまり、医療的ケアを実践できる人材を養成するには、「時間とお金」が必要だ。そもそも介護系人材は深刻な人手不足に直面しており、特に訪問介護は2023年末時点の調査で、

・平均年齢:54.7歳
・求人倍率:15.53倍

に達している。一方、施設系介護の求人倍率は3.79倍で、介護系サービス職員の平均年齢は47.3歳だ。訪問介護は本当に危機的な状況にある。

 24時間の介護が必要な状況でも、訪問系の介護サービスを利用できない現実がある。理不尽な理由で交通事故に巻き込まれ、介護を余儀なくされているのに、頼みの訪問介護系サービスを利用したくても

「人がいません」

といわれては、心が持たない。この背景こそが障害福祉系の訪問介護サービスに限定した補助事業の誕生理由である。

 次に、自動車事故の被害者支援が拡充された点について、交通事故に遭ったときの状況を整理し、数字の観点からも検証してみよう。

重度後遺障害者の現実

国土交通省「自動車事故被害者を対象とした被害者救済対策について」(令和5年3月時点)より一部引用・改変(画像:伊波幸人)

国土交通省「自動車事故被害者を対象とした被害者救済対策について」(令和5年3月時点)より一部引用・改変(画像:伊波幸人)

 国土交通省の資料「自動車事故被害者を対象とした被害者救済対策について」(令和5年3月)を基に、交通事故の被害について整理する。損害は大きく分けて

・身体的
・金銭的
・精神的

な被害の三つに分類されるが、今回は「身体的」な被害に焦点を当てる。金銭的および精神的な被害については、画像を参照してほしい。

 交通事故に遭うと、脳や体に与えるダメージは事故のエネルギーに比例して大きくなる。先ほどのコラムで触れた「遷延性意識障害」は、自力での移動や意思表示が困難な状態で、多くの場合、24時間の介護が必要とされる(国土交通省の資料より)。

 ここで問題なのは、介護を必要とする「重度後遺障害者数」が減少していない事実である。具体的には、介護を要する重度後遺障害者は1270人から1100人に減少し、減少率は約10%にとどまっている。一方、2012(平成24年)から2021年の交通事故死者数は4438人から2636人に減少し、

「約40%」

減っている。つまり、

「交通事故による死者数が減少する一方で、重度後遺障害者数は減少していない」

ゆえに対策が必要な状況にあるのだ。

 重度後遺障害者数が減少しない背景には、介護人材の不足、特に訪問介護の人手不足がある。これが、冒頭で紹介した補助事業の成立理由となっている。介護者がいなくなった後の生活を支えるため、病院や障害者施設への入所が可能になるよう受け入れ体制が整備されている。

 国は病院から地域生活への移行を掲げ、地域包括ケアシステムを推進してきた。これらの視点から、可能な限り在宅生活を送るために医療的ケアに対応した障害福祉の訪問介護系サービスの人材確保が求められている。

交通発展の影で苦しむ被害者

交通事故のイメージ(画像:写真AC)

交通事故のイメージ(画像:写真AC)

 最後に、本稿のポイントをまとめる。

・交通事故後の被害者のなかには「24時間の介護」が必要な人もいる。
・医療的ケアが地域で必要とされているが、訪問系介護サービスの人材が不足している。
・訪問系介護サービスの平均年齢は54.7歳で、求人倍率は約15倍と深刻な人手不足が続いている。
・身体的な被害の例として「遷延性意識障害」「脊髄損傷」「高次脳機能障害」がある。
・重度後遺障害者数は、直近の記録10年で年間1100人前後と減少していない。

なお、本稿は「なぜ、訪問介護だけが突出して人手不足なのか」という本質的な部分には触れておらず、別の機会に詳しいリポートが必要である。

 交通機関や自動車の利用がこの国の成長を促したのは事実だ。しかし、同時に交通事故の被害者へのケアも考える必要があり、救済策もさらに発展してほしい。

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