言われなき誹謗中傷を受けたときの心の対処法
心に矢が刺さったときには
次の逸話を読んで、みなさんはどう思われるでしょうか。
きっと、こう思ったでしょう。
そんなこと言っていないで、矢を抜けばいいのに。
そうなのです。矢をすぐに抜けば、痛みは最小限に抑えることができます。
誰が矢を放ったのか、などと考えていては、痛みは減るどころか毒が回り、ますますつらくなるばかりです。
矢を射られたある人とは、私たちのことを表していると言ったら驚くでしょうか。
もちろん、今の時代、職場で物理的に矢が飛ぶことはありません。しかし、多くの方が、心に矢が刺さったときに、この悲劇とまったく同じことを日々、繰り返しているのです。
たとえば、リーダーは矢面に立たされることがよくあります。そのとき、みなさんが言われなき誹謗中傷を受けて、傷ついたとしましょう。
そして、こう思うのです。
「誰がこんなことを言っているのか」「なぜ、こんなことを言われないといけないのか」と怒りが込みあげてきます。
考えれば考えるほど、理不尽に思えてきます。ネガティブな感情の渦に、夜の寝つきも悪くなります。こうして毒が回るかのように、どんどん、つらくなっていくのです。
まさに、毒矢の逸話と同じ筋書きが展開されているのです。
痛みに抵抗することで苦しみとなる
たしかに、言われなき誹謗中傷を受ければ、心に痛みを負います。ここで問題なのは、痛みに抵抗していることなのです。そんなことが起きるべきではなかったと、周りを責めている態度が抵抗です。
そして、抵抗することによって、痛みが増幅していることに注目してください。
毒矢のたとえでいえば、矢が体に突き刺さることで、体に痛みが走ります。この痛みは避けることはできません。しかし、「誰が矢を射ったのか」などと考えているうちに、傷が深くなり、毒が回り、痛みがますます増幅してしまいます。
それが苦しいのです。つまり、こういうことです。
この式の意味するところは、痛みに抵抗することで、痛みが増幅して、苦しみになるということです。もちろん、痛み自体をなくすことはできません。私たちは、傷ついたときに、抵抗することで、その痛みを不必要に大きくしているのです。
この抵抗には、さまざまなパターンがあります。主だったものを紹介しましょう。
毒矢のたとえや誹謗中傷の例で紹介したように、犯人さがしが1つのパターンです。誰かを責めようとすると、心の痛みに加えて、怒りや恨みが心に燃え上がります。そして、ますますつらくなるのです。
自分を責めたり感情を抑圧したりする
こんなことが起きたのは、「自分のせいだ」と、自分を責め立てるのも、よくある抵抗のパターンです。自己批判をしたところで、誹謗中傷がなくなるわけでも、その痛みが消えるわけでもありません。
むしろ、自己批判は、すでに傷ついている自分に追加で矢を放つようなものですから、それは苦しいでしょう。
もう1つの抵抗のパターンは、暴飲暴食です。仕事でつらいときや、イライラするようなときは、その痛みを忘れようと、衝動的に極端な行動に走ってしまことがあります。
暴飲暴食をして、仕事のイヤなことを忘れられるでしょうか。一時は忘れられるかもしれません。しかし、その一時を過ぎれば、また元の木阿弥です。
そのうえ、暴飲暴食をすると、罪悪感をもつことになります。暴飲暴食が長く続けば、体調も崩してしまいます。結局、痛みが増幅してしまうのです。
爆買いもこのパターンですね。
ビジネスリーダーに多く見られる抵抗のパターンがあります。それは、痛みを感じないようにすることです。感情の抑圧といいます。
私のセミナーに参加していた、大手金融機関に勤める事業部長はこう言いました。
「もう大変なことがありすぎて、最近はそういうのを感じないようにしています。何事もなかったかのように淡々とこなすだけです」
これが感情の抑圧です。
残念ながらこの方法は、長期的にはうまくいかないことが知られています。つらい気持ちを感じないように気をつけたとしても、その気持ちがなかったことにはできません。はじめの意図に反して、いつまでもそのつらい気持ちを引きずることになってしまうのです。
たとえば、親しい人が亡くなったとき、誰でも悲しく感じるものです。このとき、無理に悲しみを押し殺して気丈に振る舞ったり、何らかの理由で悲しみを感じられなかったりすると、結局、悲しみがいつまでも尾を引きます。
考えないようにすればするほど考えてしまう
むしろ、悲しいときには素直に悲しんだほうが、長い目で見れば心身に健康的です。
このことを示す簡単な心理実験をしてみましょう。
ピンク色の象を考えないようにすることは、できたでしょうか。
じつは、考えないようにすればするほど、ピンク色の象を考えてしまうものです。一度、心に浮かんだことを、なかったことにしようとすればするほど、頭から離れなくなるのです。
つらい感情も同様です。感情を抑圧したときは、自分は感情をコントロールしていると思いますが、じつは、みなさんが感情に乗っ取られているのです。
繰り返しますが、痛みに抵抗すれば、痛みが増幅し、苦しみとなります。
私たちはどうして、これほどまでに、痛みに抵抗してしまうのでしょうか。答えはシンプルです。
その痛みを感じたくないからです。
多くのリーダーがこう考えます。痛みを感じて、職場で自分がネガティブな態度をとってしまったら、リーダーとして恰好がつきません。自分のメンバーの前では、惨めな感情は隠し通さなければいけません。リーダーとして、人前で泣くわけにはいきません。
リーダーは、前向きに、ポジティブにしていなければいけない。痛みを感じることはリーダーにとって不都合だと思ってしまうのです。だから、その痛みにあの手この手で必死に抵抗し、なかったことにしようとします。
その努力は報われず、ますます苦しみが増えるにもかかわらず、です。
痛みを増幅させないためには
では、どうすれば苦しみのループから抜け出せるのでしょうか。痛みから逃げていては、痛みが増幅してしまうのですから、答えはシンプルです。
その痛みを感じることです。
痛みを感じると、痛みは増幅することなく、最小限になります。痛みを避けるのではなく、痛みとともにいることのほうが得策なのです。
でも、痛みを感じてしまうと、つらい、悲しい、腹立つ、悔しい、寂しいですね。だから、みなさんには、その痛みに、思いやりの心で対応してほしいのです。
これをセルフ・コンパッションといいます。
近年、Googleも注目し、世界的に広まりつつあるセルフ・コンパッションは、自分自身で心身を整えて安心感を得る技術です。
痛みにこのセルフ・コンパッションで対応すると、痛みそのものを和らげる最適な行動がとれるようになります。
毒矢のたとえに戻りましょう。
毒矢に射られてしまった状況で、もっとも自分を思いやる行動は何でしょうか。
もちろん、「この矢を射ったのはだれか」と犯人さがしをすることではありませんよね。
医者の言う通り、毒矢を一刻も早く抜くことです。毒矢を抜く行動がとれれば、痛み自体は不可避ですが、痛みを最小化できます。
よく考えてみてください。
痛みは、何らかの対応が必要という体からのメッセージです。そのメッセージを無視してしまっては、適切な対応をとりようがありません。心の痛みも同様です。
心身が何らかの対応を必要としているからこそ、痛みというSOSが発信されているのです。このメッセージを無視してしまっては、みなさんは、心身を壊してしまいかねません。
セルフ・コンパッションのエクササイズ
セルフ・コンパッションは痛みを感じ、適切な行動を促します。次の式を見てください。
私たちは、痛みに抵抗するのではなく、セルフ・コンパッションを実践するとよいのです。
では、実際にどのように実践すればよいのでしょうか。
セルフ・コンパッションの3つのポイントをなぞることです。
①自分がつらいということに気づき、バランスの取れた見方をします。これをマインドフルネスといいます。マインドフルネスとは「今に気づく」という意味です。
②次に、誰でもつらい経験をすることを思い出します。
③そして、最後に、自分にやさしさと励ましの言葉をかけます。これを自分へのやさしさといいます。
これは、セルフ・コンパッション・ブレイクと呼ばれるエクササイズです。
このエクササイズは、いつでも、どこでも、10分もあれば実践できます。慣れてくると、数分もあれば十分でしょう。このエクササイズを行うと、その場で効果が現われます。きわめて、即効性があるのです。
実際、クリスティン・ネフの研究グループが、1000人以上にこのエクササイズを行ったところ、エクササイズ直後に、ネガティブな気持ちが減り、ポジティブな気持ちが増えたというのです。
私が、日本のビジネスリーダーを対象に調査を行った際も、職場で同じような効果を得られています。
みなさんもぜひ、セルフ・コンパッションの技術を取り入れてみてください。
(若杉 忠弘 : グロービス経営大学院教授)
08/31 17:00
東洋経済オンライン