ウクライナ軍がロシア領内反攻に成功した理由

2024年8月11日、ウクライナ国家警備隊第13旅団の隊員たちが軍事作戦を続けている(写真・Anadolu/Getty Images)

現在、ウクライナのキーウに滞在している。2024年8月11日にキーウに入った。このタイミングでウクライナを訪れたのは、ウクライナの本格的反攻が今夏8月末までに始まる可能性が高いとみていたからだ。

2024年7月30日付の「クリミア上陸作戦で停戦交渉狙うウクライナ」で、ゼレンスキー氏が2024年8月以降「新たな軍事的勝負に出る構えだ」と書いた。そのため、重要な転換点になるとみて、現地で見守ることにした。

予想外のロシア領進軍

この論考と今回の新たな展開を比べると、開始時期はほぼ当たったが、残念ながら最初の攻撃地はクリミアでなく、多くの専門家も予測できなかったロシア西部クルスク州だった。

ここでは、①ウクライナの侵攻の現状と見通し、②ウクライナ側の狙い、そして③ロシア軍の現状、④今後の見通し――などについて述べていく。

まず①と②については、ウクライナ軍は2024年8月6日、国境線を越えてクルスク州に入った。ロシア領土が外国部隊に武力で侵入されたのは、ナチスドイツに侵略された1941年6月以来のことになる。

越境した兵力規模は不明だが、最大2万人規模と言われている。おまけに侵入から10日近く経ったのに、いまだにロシア軍がそれを撃退する動きすら確認されていない。「強い指導者」として国民から高い支持を集めてきたプーチン氏からすれば、政治的権威は地に落ちたといえる。

ウクライナの軍事筋は、今回の越境攻撃について「一過性のヒットアンドラン作戦ではない。もしそうなら、先週で越境作戦は終わっていた」と指摘する。

これを裏付ける情報として、ゼレンスキー氏は2024年8月13日に開催された「最高軍事関係閣僚会議」でこう強調した。「今われわれは、戦争で主導権をつかんだ侵攻開始直後のように団結し、効率的に行動しなければならない」。

つまり、ゼレンスキー氏としてはアメリカからの武器支援が一時的にストップした2024年当初以来、ロシア軍に奪われていた主導権を取り戻すことを狙っているとみられる。

ウクライナ部隊はすでにクルスク州の経済的要衝スジャを掌握した。スジャはロシア産ガスを一部の欧州諸国へ送るためのパイプライン施設があり、ここをウクライナが掌握すれば、プーチン政権に大きな圧力をかけることになる。

さらに、ウクライナ政府は市民を人道的に扱うと宣言し、クルスクに治安維持にあたる軍司令部を設置する考えも表明した。

2024年11月の平和サミットを前に

こうした動きの狙いはただ1つだ。2024年11月にゼレンスキー氏が計画している第2回平和サミットまでクルスク州の占領を続け、同サミットでロシアに対しウクライナにおける占領地との交換を呼びかけるとみられる。

もちろんこれまで違法に占領された東部・南部・クリミア半島の返還実現に向けては、クルスク州の占領だけでは足りないだろう。上記の占領地を部分的に奪還しようとする可能性もありうる。プーチン政権もこの狙いを掌握しているとみられる。

では、なぜクルスク州を標的にしたのか。その最大の誘因は、他の占領地に比べクルスク州ではロシアの精鋭部隊は配置されておらず、守っているのは実戦経験の乏しい徴集兵部隊だからだ。

さらに、クルスク州には大きな経済上の権益がある。クルスク原子力発電所や、前述したようにロシア産天然ガスを一部の欧州諸国に運ぶガスパイプラインの重要施設がある。それゆえに、ここを占領すれば大きな戦略的価値が十分にある。

一方で、最近のロシア軍には兵力・兵器の不足が深刻であることが露呈したことも、今回の越境攻撃の誘因となった。

軍事筋によると、最近ロシア軍はあちこちから部隊をかき集め、東部ドネツク州のポクロフスクに総攻撃をかけてきたが、ウクライナ軍に簡単に撃退された。ウクライナ軍はロシア軍の兵力プラス兵器の不足が本当に深刻であると確信をし、これを受けて、越境攻撃を始めたという。

こうした兵力・兵器不足をうけて、プーチン政権が今後、どう対応していくのか。まず注目されるのが、2022年9月に実施した部分動員に続いて、2回目の部分動員に踏み切るかどうかだ。

兵力不足のロシア軍とゼレンスキーの独自の道

最初の部分動員では30万人の兵力を確保したが、対象年齢層のうち若い男性70万人が軍務を嫌って出国した。仮に2回目の部分動員に踏み切れば、さらなる若者が国外に逃亡するだけでなく、プーチン政権に対して大きな反発が生じる可能性がある。だからこそクレムリンは、さらなる部分動員の実施を避けてきた。

しかし兵力不足がここまで深刻化してくれば、プーチン大統領にとって背に腹はかえられず、2回目の部分動員に踏み切る可能性がある。その意味で、今後の戦局やロシアの国内情勢への影響は大きいだろう。

今回の越境作戦にあたり、ゼレンスキー政権は対外的にも思い切った行動に出た。バイデン政権に対し計画について事前に知らせなかったのだ。

2024年6月4日付の「アメリカとウクライナの足並みがそろわない理由」の中で、2024年内の反攻開始の動きをみせるゼレンスキー氏に対しバイデン政権は2025年が望ましいと反対を伝達した。しかし、調整がつかないまま今回の行動に踏み切った。

最大の武器支援国家であるアメリカのバイデン政権に対し、感謝をしながらも最終的にはウクライナが望まない妥協案を迫られるのではないかとの疑念が晴れないゼレンスキー氏は、独自の道を歩むことを決めた。

(吉田 成之 : 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長)

ジャンルで探す