再選へ麻生氏頼る岸田首相、見えてきた哀れな末路

岸田文雄首相

瀬戸際に立たされている岸田文雄首相(写真:Bloomberg)

「聞く力」を掲げて登場した岸田文雄首相が、就任から3年を前にして退陣の瀬戸際に立たされている。自民党派閥の裏金事件への対応が鈍く、国民の不信は深まるばかりだ。岸田首相は政権立て直しに懸命だが、打つ手はことごとく裏目に出ている。

岸田首相は6月後半、異例の行動に出た。18日と25日と続けて、自民党の麻生太郎副総裁と夜の会食を共にしたのだ。

岸田首相に批判的だった麻生氏

麻生氏は、岸田首相の意向で自民党がまとめた政治資金規正法の改正内容が「将来に禍根を残す」と不満を示していた。

パーティー券購入の公開基準を、現行の「20万円超」から、公明党の主張を受け入れて「5万円超」まで引き下げることなどにより、若手議員が資金を集めにくくなるというのだ。

岸田首相が打ち出した「派閥解散」にも麻生氏は批判的で、裏金事件の中心となった安倍派をはじめ自民党の派閥が次々と「解散」を決めたのに対して、自ら率いる麻生派だけは「存続」を確認している。

岸田首相としては、9月に控える総裁選をにらんで、麻生氏の支持を何としても取り付けておきたい。それが2週続けての会食となった。

だが、岸田首相のこの行動には疑問符が付く。

首相は、自民党の裏金事件で深まった国民の政治不信を払拭するために、強い決意で「派閥解散」を表明したはずだ。

それなのに、唯一派閥を存続させている麻生氏と麻生派に協力を乞う首相の姿は国民にどう映るか。岸田首相への不信感をいっそう募らせることは間違いない。岸田首相は、そうした国民の「視線」を感じ取れないようだ。

岸田自民党が犯した3つの過ち

裏金事件をめぐって、岸田自民党は3つの過ちを犯した。

第一に衆参の約90人の国会議員が、非課税の政治資金として少なくとも約6億円の裏金を受け取っていたこと。民間企業ではコンプライアンス(法令順守)が強化され、不明朗な経理は厳しくチェックされる。そうした状況下での裏金の発覚に、納税者の怒りが噴出した。

第二に、事件の真相解明に後ろ向きだった点だ。衆参両院の政治倫理審査会に出席した安倍派幹部らは、裏金の経緯について「知らない」「秘書や会計責任者に任せていた」と繰り返した。岸田首相は、安倍派に今も影響力のある森喜朗元首相に電話で事情を聴いたが、おざなりのやり取りで、事実関係は明らかにならなかった。政治家たちの「逃げの姿勢」に、多くの国民はあきれ果てた。

第三に、自民党が再発防止策として打ち出した政治資金規正法改正案が抜け穴だらけで、事件への反省が感じられない点だ。「政党の裏金」とも指摘される党から幹事長らに支給されてきた政策活動費について、自民党は当初、支給の項目だけを公表する案をまとめていた。

日本維新の会の要求を受け入れて「10年後に領収書を公開」することになったが、時効の関係で10年後には贈収賄や脱税が問えない可能性があり、資金透明化の実効性が疑われている。企業・団体献金の見直しに触れられていないことにも、世論調査では不満が多い。

有権者の政権不信は募るばかりだ。4月の衆院3補欠選挙で自民党は全敗。立憲民主党が3勝した。5月の静岡県知事選でも自民、公明両党推薦の候補が立憲民主、国民民主両党推薦の候補に敗れた。

物価高で実質所得が低下を続けるなど暮らし向きがよくならないことに対する国民の不満も加わり、内閣支持率は低迷。岸田首相は「一発逆転」の衆院解散・総選挙を断行し、総裁選を乗り切る展開を描いていた。だが、この低支持率の下での総選挙では自民党が政権を失いかねないとして解散は見送られ、通常国会は6月23日に閉会した。

それでも岸田首相は、総裁選での再選を経て長期政権という思いを捨てきれない。岸田首相の周辺では、総裁選の立候補に必要な20人の推薦人集めの動きも出ているという。

事実上の退陣要求を突きつけた菅前首相

岸田首相の動きに一撃を浴びせたのが、菅義偉前首相だ。6月23日に収録された文藝春秋オンラインのインタビューで、裏金事件をめぐる岸田首相の対応について「責任を取っておらず、不信感を持つ国民は多い」と批判。総裁選については「国民に刷新感を持ってもらえるか、大きな節目だ」と語った。岸田首相に対する事実上の退陣要求である。

菅氏は総裁選に向けて石破茂元幹事長を支持する動きも見せており、菅発言は、総裁選に向けた号砲を鳴らした。

今回の総裁選では、約100万人の一般党員が参加し、自民党の衆参両院議員と合わせて投票する。一般党員に人気の高い石破氏にとっては有利だ。このほか、高市早苗・経済安保相が保守派議員の支持を集めて出馬する構えを見せている。茂木敏充幹事長も麻生副総裁の支援を期待して立候補を検討している。

総裁選で岸田首相の苦戦は必至。自民党の歴史の中で、再選をめざして総裁選に立候補した首相・総裁が敗れたのは、1978年の福田赳夫首相ただ1人だ。

このときは一般党員参加で実施され、福田氏に挑んだ大平正芳幹事長が党員投票で圧勝。「党員投票という天の声の判断に従う」と公言していた福田氏は「天の声にも変な声がある」という名セリフを残して国会議員による本選を辞退、首相・総裁を辞任した。

自民党は「刷新感」をアピール?

岸田首相は総裁選出馬を強行して福田氏の二の舞になるのか、それとも「勝機なし」と判断して出馬を見送るのか。

総裁選告示前の8月中には判断が迫られる。裏金事件で指導力を発揮できず、解散・総選挙による政局の転換にも踏み切れないまま麻生氏を頼る。そんな岸田氏を待ち受けるのは、哀れな末路だ。

総裁選で自民党は「刷新感」を懸命にアピールするだろう。しかし、一連の裏金事件で見せた旧態依然の体質を抜本的に改められる可能性は低い。経済政策や少子化対策などでも行き詰まる自民党に最終的な評価を下すのは、年内にも予想される総選挙での民意である。

(星 浩 : 政治ジャーナリスト)

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