遠い恒星へと旅するのに必要な驚愕のエネルギー
今回、NASAのテクノロジストである物理学者が、光子ロケットや静電セイル、反物質駆動、ワープ航法など、太陽系外の恒星への旅の可能性について本気で考察した『人類は宇宙のどこまで旅できるのか:これからの「遠い恒星への旅」の科学とテクノロジー』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。
どれほどのエネルギーが必要なのか?
遠い恒星への旅を可能にするために必要な各種の技術を紹介する前に、恒星間の途方もない距離を飛行するのがいかに困難かを、「ミッションを妥当な期間で完了するために必要な速度まで探査機を加速するのにどれだけのエネルギーが必要か」に注目してお話ししておくことは役に立つだろう。
また、「妥当な期間」という言葉にも再定義が必要だ――それは、あなたが考えておられるような長さではないだろう。
そしてさらに、ときどき持ち上がる、倫理上の問題にも触れておかねばならない。
ある宇宙船が100%の効率でエネルギー源を推力に変換できたとしても(実際には不可能)、1キログラムのもの――現在打ち上げられている最小の宇宙機の質量と同程度――を光速の10分の1(0.1c、秒速約3万キロメートル)まで加速するには約450兆ジュールのエネルギーが必要である。
これほど大きな数が出てくると、人間はぼーっとしてくる。もっと実感が湧くような単位で言うと、どれくらいだろう?
火力発電所で燃やされる石炭の量を考えてみよう。理想的な条件のもとでは(そんなことは実際にはあり得ないが)、1キログラムの石炭は約2300万ジュールのエネルギーを生み出す。
すると、私たちが今考えている1キログラムの宇宙船が0.1cに加速するには、約1900万キログラムの石炭を100%の効率で燃やし、その燃焼で放出されるエネルギーをすべて取り込まなければならないということだ。
720キログラムのボイジャー探査機と同じ大きさの宇宙船を0.1cに加速するにはこの720倍のエネルギーが必要で、それは1年間の全世界のエネルギー出力の約0.06%に相当する。
また、目標の天体に到着する直前に減速する必要があるが、この減速のために要求されるエネルギーは2倍になってしまう。人間を数人乗せて太陽以外の恒星に向かう宇宙船を加速するのに必要なエネルギーを考えると、その数値はさらに気が遠くなるほど大きくなる。
人間が搭乗可能な大きさの宇宙船に関するさまざまな研究を評価したある論文は、そのような宇宙船の質量は、約107から1010キログラムだと推定している。
質量107キログラムの宇宙船が完璧な効率で0.1cまで加速するためには、4.5×1021ジュールという唖然とするようなエネルギーが必要になる。
エネルギー変換の効率の問題
要求される運動エネルギーのほかに、高速度に達するのを一層困難にしているのは、ある推進システムが推進剤を有効な推力に変換する効率(ほぼ常に、100%にはほど遠い)と、その推進システムで使用する推進剤に固有なエネルギー密度だ。高エネルギー密度推進剤を高効率で推力に変換するシステム以外は使いものにならない。
エネルギー変換をもっと広い視野で捉えるために、典型的なガソリン車がガソリンを運動に変換する効率を考えてみよう。
ガソリン車のエンジンでは、ガソリンが点火されて燃焼し始め、ガスが生じて膨張する。膨張するガスの運動エネルギーはピストンの運動に変換され、それがさらにクランク軸の回転運動に変換される。クランク軸の回転が車輪を回転させることで、回転運動が自動車の直線運動へと変換される。
各ステップの効率の悪さを足し合わせると、ガソリンを自動車の運動へと変換する、最終的な全体としての効率は50%以下になってしまう。
でも、ちょっと待って。この例で、私たちはガソリンから話を始めた。ガソリンの原料は石油だが、石油をガソリンにする過程にはさまざまな段階に効率の悪い箇所がある。
また、宇宙飛行専用の推進剤について考えるとき、推進剤の製造過程や推進システムの製作過程に存在する非効率性は無関係と見なすのが普通だ。なぜなら、それらが総飛行時間や宇宙船の大きさに影響を及ぼすことはないからである。
しかし、一連のコストや、推進剤製造に必要なインフラについての議論となると、それらの非効率性も問題になる。
じつのところ、これらの過程にもさまざまな非効率性があり、星間ミッション実施までの道のりを一層困難にしているのだ。
恒星間の途方もない距離を現実的な長さの時間で移動するには、高速飛行が実現できるような推進システムの開発が鍵になる。
高速で飛行する宇宙船が衝突したら?
そもそも、それほどの高速での飛行自体が、大きな問題を孕んでいる。先ほど述べたように、現実的な最小の星間宇宙機は質量が1キログラムで、0.1cで飛行しているときには、450兆ジュールの運動エネルギー(その運動に付随するエネルギー)を持っている。
宇宙船の指向性をコントロールする技術や進路指示(ナビゲーション)技術が不十分で、探査機がコースから外れてしまい、ある惑星に想定外の衝突をしたとすると、探査機は衝突した瞬間に爆発して、持っていたエネルギーをすべて解放するだろう。
その破壊力は広島に投下された原子爆弾7個分(1個当たり15キロトン)に相当する。そしてこれは、平均的なマスクメロン1個分の重さの宇宙船の場合の話だ。0.1cで飛行するボイジャー級の宇宙船なら、7万9000キロトンのエネルギーで衝突することになる――広島型原爆5000個を優に超える!
そして、ここまでの話では、宇宙船は光速の10%の速度でしか飛行していない。超高速星間旅行が実現したとき、それに使われる宇宙船には光速の50%を超える速度で飛行しなければならない。こんな速度になると、マスクメロンぐらいの宇宙機でも広島型原爆220個分のエネルギーになる。
太陽系以外の恒星系への初の使節団が、せっかく人類初の異星人との接触を果たすところだったのに(目的地に異星人がいたとしてだが)、着陸で失敗して、奇襲攻撃と誤解されないようにしなければ!
(翻訳:吉田三知世)
(レス・ジョンソン : 物理学者、NASAテクノロジスト)
06/27 15:00
東洋経済オンライン