宇宙旅行で「低重力」が人体に与える深刻な影響

宇宙船の船内

遠い恒星に向けて旅をするための宇宙船をつくるとしたら、水や酸素、食糧、重力の問題をどうすれば解決できるのでしょうか?(写真:ツネオMP/PIXTA)
民間企業による宇宙飛行が実施されるなど、宇宙はかつてないほど身近になっている。しかし、太陽系を離れた恒星への旅についてはどうだろうか? 私たちはいつか、遠い星まで出かけ、そこに住むことも可能になるのだろうか?
今回、NASAのテクノロジストである物理学者が、光子ロケットや静電セイル、反物質駆動、ワープ航法など、太陽系外の恒星への旅の可能性について本気で考察した『人類は宇宙のどこまで旅できるのか:これからの「遠い恒星への旅」の科学とテクノロジー』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。

必要となる大量の空気と水

人類は宇宙のどこまで旅できるのか: これからの「遠い恒星への旅」の科学とテクノロジー

遠い恒星に向けて旅をするための宇宙船をつくるとしたら、水や酸素、食糧、重力の問題をどうすれば解決できるのだろうか?

平均的な人間は毎分7.6リットルの空気を吸い込む。これに乗組員の人数(数千人)を掛けると膨大な量になる。さらに、水も必要だ。アメリカ人は平均1日当たり1136リットルの水を使う。ヨーロッパ人では平均144リットル、ISS滞在中の宇宙飛行士では平均11.4リットルだ。

これらのデータから星間宇宙船の乗組員に必要な水の量が計算できる。こんな大量の空気と水をどうやって供給すればいいのだろう?

意外にも、これは今では宇宙技術の得意分野となっている。ISSでは、「環境制御・生命維持システム」(ECLSS)と呼ばれるものが使われているが、ECLSSは空気中の湿気のほぼ100%と尿の水分の85%をリサイクルし、システム全体で約93%の回収効率を実現している。現時点で93%なら、100%にかなり近いと言ってよく、悪くないレベルである。

一方、空気のリサイクルは、このレベルに達するにはまだまだ努力が必要だ。ISS内で摂取された酸素の再利用効率にしてもまだ50%以下でしかない。

地球の陸地では、地球の住人と宇宙のどこかに滞在している人々を合わせた数十億人の食糧供給のための農業効率改善を目指し、多大な努力が払われてきた。一方、宇宙での植物栽培には、まだ多くの課題が残っている。

とはいえ、根本的な問題はなさそうだ。したがって、宇宙農業でも地上の農業と同じく、割り当てられたスペースで見込まれる収穫量と、利用可能な資源(空気、水、養分など)の有効な活用ができるかどうかが制限要因となるだろう。

低重力が人体に及ぼす影響

人間は低重力下で生きるようにはできておらず、宇宙旅行者に低重力が及ぼす影響についてはさまざまな研究が行われており、十分な量のデータが蓄積されている。

無重力や微小重力に初めて曝されると、多くの人は、めまい、方向感覚喪失、吐き気、そして嘔吐を経験する。

人体の内耳にある前庭神経系は、視覚や聴覚などの知覚と連動して、平衡感覚の維持を助けるほか、上下を区別したり、自分が動いている速度がどの程度かを感知するなどの機能に寄与している。

綱渡り、バレエ、アイススケートなど、感覚系統系が完璧に統合されていなければうまくできない曲芸や舞踏、スポーツなどができるのも、前庭神経系のおかげだ。

前庭はそのなかでも鍵となる重要な部分だが、無重力の環境では、前庭の働きが著しく乱される。人間の内耳のなかには耳石器があり、耳石器の内部には微小な毛と液体が存在している。

地球の重力環境では、人体が加速したり方向を変えたりすると、耳石器の内側にびっしり生えているこの微小毛の上に乗っている炭酸カルシウムの小さな石(耳石)が動き、微小毛がそれに連動することによって、耳石器全体を浸している液体が流動し、その刺激が感覚細胞を経て脳に伝わる。

その結果脳の持ち主は自分がどのように動いているかを知覚し、必要に応じてその動きを正す(前かがみになる、頭の位置を変えるなどによって)ことができるわけだ。

重力は微小毛の上に乗っている耳石を安定させる働きをする――振り子が定められた弧の上しか動かないのと同じように、重力のおかげで耳石は常に一定の方向を向く。ところが宇宙では、耳石を安定にしてくれる重力も、重力に基づく慣性も存在しないので、耳石は「漂い」はじめる。

体全体も混乱し、矛盾する知覚データを矢継ぎ早に脳に送り、通常の方向感覚は失われてしまう。その結果吐き気を催すことも少なくない。

さいわい、時間が経てば、ほとんどの人間は知覚入力信号の変化に適応できるので、体には何の問題もなくなる。しかし、なかには立ち直れない人もいる。ありがたいことに、その影響はたいてい一時的なものだ。

地球上では重力によって足のほうへと引っ張られている体液も、宇宙滞在中はこの力を受けないので、体内で本来とは違う場所に移動する。多くの宇宙飛行士が宇宙に達した直後から頬がシマリスのように膨らむのはこのためである。

おかげで体は、体内に水分が多すぎると思い込み、余分な水分(と錯覚したもの)を捨てようとする。その手段の1つが排尿量を増やすことだ。その結果、血液量が平均で約20%低下する。

また、心臓は重力に抵抗して働く必要がなくなるほか、下半身から戻る血液が減少する(人間が普段歩くとき、脚の筋肉が収縮して血管を圧迫し、血液が心臓に戻るのを助けている。しかし宇宙では地上にいるときのようには歩かないので、血液が戻るのを助ける作用もない)。

これらのことが相まって心筋は弱まってしまう。血液を汲み上げる働きがにぶると、心筋があまり使われなくなり、血圧は下がる。

重力のある場所に戻るときに生じる問題

このように血液量と血圧が低下した状態にある人間が重力のある場所に戻るときには、注意が必要だ。

重力のある環境に戻ると、脳血流が不足して立ちくらみや失神が起こることが多いが、これは宇宙で体液が減少し、心筋や下肢筋肉が萎縮しているために、重力環境で脳まで血液が上がりにくくなって起立性低血圧を起こすからである〔訳注 これを防ぐために帰還時には下半身を締め付けるウエットスーツのようなものを身に着け、大気圏突入直前には2リットル程度のイオン水を飲むなどの措置が取られるようになっている〕

これは重大とはいえ一時的な問題だが、もっと深刻なのが骨強度と筋肉量の低下だ。

人間は通常の重力がないところで過ごすと、1カ月当たり骨量が約1%低下する。負荷荷重がかかっていないと骨は強度を維持できない。

一方、骨強度は骨量に密接に関連している。必要な負荷荷重は、地球上なら単に歩いたり、走ったりなどの日常の活動を地球の重力の存在のもとで行っているだけで簡単に得られる。

一歩踏み出すごとに、重力で体が下に引っ張られるが、その重力がなければ、骨量と骨強度は低下してしまう。一歩ごとに重力が骨を圧縮して刺激する効果など、あまりに些細で気づかないものだが、それが骨を強化してくれているのだ。

私の携帯電話のフィットネス・トラッカー〔訳注 歩数、脈拍、消費カロリーなど個人の運動のデータを記録できるデバイスやアプリケーション〕によれば、私の1日当たりの歩数は6000から11000歩なので、私の骨は1日当たり6000から11000回刺激を受けており、おかげで必要な強度を維持している。

宇宙飛行士は、骨強度維持のために特別に設計された装置を使って、スケジュールにしたがって運動しなければ、骨強度が維持できるような刺激を受けることができない。しかし、それほどがんばっても十分とは言えない。弱くなった骨は折れやすい――骨粗鬆症の場合と同じだ。

骨粗鬆症は、宇宙飛行士が経験する骨量低下と同様の現象で、重力がないからではなく、加齢と、運動不足による骨の負荷不足によって、やはり骨強度が低下し、骨折しやすくなる病気だ。

宇宙飛行士は筋肉量も低下する

宇宙飛行士は筋肉量も低下する。これは、宇宙の無重力環境では、物体の質量は変わらないが、その重さはゼロになってしまうことを考えればわかりやすい。

重さは、物体に働く重力の大きさである。重力がなければ重さはない。私たちの日常生活を振り返ってみると、筋肉を使うときはいつも、何らかの重さを持ち上げていることがわかる。何を持ち上げるにしても、そのために使う筋肉には負荷がかかって筋肉は強化されるし、質量が大きな――したがって、地球上では重い――物体は、より大きな負荷を筋肉にかける。

宇宙においては、地球では当たり前のこのような負荷が筋肉にかかることはめったにないので、筋肉は劣化し、宇宙滞在11日めごろまでには筋肉量は20%も低下してしまう。

さいわい、無重力状態でもきつい運動を行えば筋肉量を維持することができ、ISSに滞在する宇宙飛行士は毎日2.5時間ものエクササイズを行って筋肉量低下を防いでいる。

何の対策もせず骨も筋肉も減るに任せておくと、筋肉量と骨密度/骨強度は著しく低下し、数十年、あるいは数百年にわたる深宇宙飛行を終えた人間が、外惑星に降り立つ際に巨大なリスクになりかねない。

筋肉量が低下したことに加え、前庭神経も系外惑星の重力にすぐには適応できないため、見知らぬ惑星の上を歩き始めたときに無様に転ぶだけでなく、骨折してしまう可能性も非常に高い。有人宇宙船の設計では、宇宙旅行で生じるこのマイナスの影響を緩和するための工夫が必要になる。

重力による加速を再現する

「大きく考える」――ここまでの話でおわかりいただけたとおり、これがあらゆる星間旅行の主題だ――なら、解決法は見つかる。

人間が重力とその影響をどう感じるかについて考えてみよう。まず、最近、車の運転でアクセルを踏んだとき、乗っている飛行機が離陸直前に滑走路で加速したとき、エレベータに乗っていたときのことを思い出してみよう――どの場面でも、あなたが経験した加速は、持続時間は長くなかったとしても、経験している最中はまるで重力のように感じられたはずだ。

その理由は、重力とは、加速されていることの影響を指して人間がそう呼んでいるものだからである。地球上で私たちが感じる加速は、地球の質量に引っ張られていることが原因で生じる。ほかの例では、速度が次第に高まることによって加速が生じ、それが力として感じられる。原因は違っても効果は同じだ。

このことがわかれば、筋肉と骨の劣化を防ぐアイデアも浮かびやすくなる。たとえば、重力による加速を再現できるようなペースで自転する巨大な居住空間を作れば、人体は骨強度と骨量を維持するために必要な圧縮力を受けることができるし、さらに、そのような環境では物体が重さを持つようになるので、重い物体を動かせば筋肉に負荷がかかって、筋肉の劣化も防げるだろう。

これまでに宇宙飛行士たちが宇宙で過ごした時間は限られているので、まだ知られていない長期的な影響がほかにもいろいろあるに違いない。

これまでのところ、ロシアの宇宙飛行士ワレリー・ポリャコフが1995年から翌年にかけて樹立した、連続宇宙滞在438日という記録よりも長期間連続で宇宙で過ごした者は誰もいない。

(翻訳:吉田三知世)

(レス・ジョンソン : 物理学者、NASAテクノロジスト)

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