英国女性に最も多い「法律違反」の意外な中身

女性の貧困

男女の金融格差は、依然として世界の至る所にあります(写真:Dikushin/PIXTA)
現在のペースだと男女間の賃金格差を解消するためには257年かかる――。2019年に世界経済フォーラムが発表したこの試算からもわかるように、男女の間にはいまだに大きな金融格差が存在しています。
格差が生まれる根本と平等に向けた具体策に迫る新著『女性はなぜ男性より貧しいのか?』より一部抜粋しお届けします。

イギリスで起訴された女性のなかで一番多い違反は?

世界の最先進国では、女性に関して数々のことが成し遂げられてきたにもかかわらず、ジェンダーによる富の不平等という難題がまだ立ちはだかっている。ジェンダーによる賃金格差は私たちの誰もが知るところだが、まだ十分議論されていないのが、賃金格差から生まれる資産の格差だ。「資産」とは、豊かな財産やCEO並みの給料といった意味ではない。働く女性が職業生活――平均して男性より収入が少ない――を通じて貯められる総額のことだ。

イギリスでは45歳未満の年齢層で、すでに男女間の資産格差が存在する。しかも年齢とともに差が広がり、45歳から64歳の女性の平均資産額は29万3700ポンド(約5550万円)で、同じ年齢層の男性では平均37万6500ポンド(約7100万円)となっている[1]。そして、アメリカにおける資産格差はさらに大きい。アメリカの18歳から64歳の独身男性の資産額の中央値は3万1150ドル(約460万円)で、同じ年齢層の独身女性では1万5120ドル(約223万円)と、男性の半分にも満たない[2]。

では、イギリス女性が抱える経済の不平等がどんなものかを明確にイメージするため、次の質問を考えてみよう。

法律に違反して起訴された女性たちのあいだで、最も多かった違反は何だろう? 万引きだろうか? 公然酩酊罪か? それとも交通違反?

じつは、お金がないのでテレビの受信料が払えない、というものだ[3]。

テレビ放送やオンライン配信で番組を視聴する世帯は、法律によりイギリスの公共放送BBCの受信料として、年間157.5ポンド(約3万円)を払わなければならない。受信料の不払いは犯罪であり、起訴され、1000ポンド(約19万円)以下の罰金が科され、禁固刑を受ける場合もある。受信料不払いという、貧困ゆえの犯罪で起訴される人のうち、4分の3近くが女性で、2017年には9万6000人以上の女性が起訴された[4]。

受信料の支払いについては議論があり、主義として支払いを拒否する人もいる。しかし、一般に女性は集金が来たら応じて協力するし、受信料支払いの登録をしているのは女性のほうが多い。こうした事実から示唆されるのは、女性は受信料制度に反対しているからではなく、支払い能力がないから払えない、ということだ。

支払わなければ起訴されるというこの制度は、ジェンダーによる経済格差を考慮していない。これは、政府から義務とされている費用で、毎年すべての世帯に対し収入にかかわらず同額の支払いを求めるものだ。そして、払えるだけの余裕がない人――大半は女性――は犯罪者にされる。しかも、これは、女性がぶち当たる制度的な不利益という氷山の一角にすぎない。

貧困の女性化

テレビ受信料は、社会科学者が「貧困の女性化」と呼ぶ問題のちょっとした一例だ。この言葉は、ダイアナ・ピアス教授が1978年に初めて生み出した造語だが、問題はまだ続いている。富と貧困をはかるどんな方法を使ったとしても、世界じゅうで、ゆりかごから墓場まで、女性は男性より劣悪な生活を送っている。先進国でも開発途上国でも、女性は貧困層の多くの部分を占め[5]、失業中であったり不安定な雇用についていたりする割合が男性より高い[6]。

世界全体では、「よい仕事」、つまりフルタイムで賃金が支払われる仕事についている男性は女性のほぼ2倍で、南アジアでは、男性が女性の3倍以上になっている[7]。

先進国においては、統計に一定の傾向が見られる。日本では、ひとり暮らしをする生産年齢の女性のうち貧困層にあたるのは31パーセントだが、男性では25パーセントだ[8]。アメリカ全土では、貧困ライン以下の収入で生活する人の割合は、女性では14パーセントだが、男性は11パーセントである[9]。

こうしたデータの数々から、貧困の女性化について垣間見ることができる。富の不平等と女性の問題は複雑で、とくに先進国では、これまであまりにも研究されてこなかった分野だ。

議論にもならないまま、取り残されていく女性

原因と結果に関する適切なデータなしには、どんな問題にも対処できない。2019年にイギリス政府は、貧困をより正確に評価するための方法を策定する計画を発表したが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより棚上げになった。ジェンダーによる経済的不平等の実態が十分に研究されず、ほとんど議論にもならないまま、女性が取り残されていく。

ヨーロッパで最も広く使われている貧困の基準は、個人または世帯の収入が当該国における世帯収入の中央値の60パーセント未満というものだ。つまり、統計専門家が各世帯の収入を調べて最も低い値から最も高い値まで順に並べ、中央の値を計算する。これが、平均的な人が生計を立てるために使っている金額だ。誰もが平均的な収入を得られるとはかぎらないが、誰もが平均的な人の収入の少なくとも60パーセントくらいは稼げるだろうと想定している。

具体的な金額で言うと、イギリスのジョゼフ・ラウントリー財団によれば、2016/2017年度、イギリスの世帯収入は、住居費を除いた可処分所得の中間値が週あたり425ポンド(約8万円)(年間2万2100ポンド〈約418万円〉)だったので、この60パーセントは1万3260ポンド(約250万円)になる。

この計算に基づき社会基準値協会では、510万人の女性、460万人の子ども、450万人の男性が貧困状態にあるとしている[10](訳注:金額と人数は経年変化を見るため計算方法の調整を行ったうえ算出したもの)。これは、女性の20パーセント、子どもの34パーセント、男性の18パーセントに相当する。

イギリスとアメリカにおける貧困の女性化のおもな要因は、1980年代以降のひとり親世帯の増加で、ひとり親の90パーセントが女性だ。アメリカの統計によれば、1960年には、貧困層のうち母親だけの世帯が占める割合は28パーセントだったが、1987年には60パーセントと、倍以上になっている[11]。イギリスでは現在、ひとり親の45パーセントが貧困状態にある。これは、その子どもも貧困のなかで暮らしていることを意味する。政府は子どもの貧困率を引き下げようと、法的拘束力のある目標値を2010年に導入したが、2016年に撤廃し、その後ふたたび導入する計画はない。

イギリスでは独身の女性(未亡人になった高齢女性とパートナーがいない若い女性を含む)全体で見ても、独身男性より貧困率が高い。しかも、ここ数年のあいだに独身男性の貧困率は下がってきた[12]。データからは、貧困の要因として障害も浮上する。貧困状態にある人のうち370万人に障害があり、障害者に女性が占める割合は男性より高く54.4パーセントだ[13]。

さて、誰が障害者の介護をするのか? 家族で介護をしている人(つまり「無給の介護人」)の4分の3近くが女性だ。さらに、有給の介護職のほぼ80パーセントが女性であることを忘れてはいけない。介護は最も賃金が低い分野の一つでもある。

先進国の政府は特定の政策を通じて収入に大きな影響を及ぼすことができる。たとえば最低賃金や傷病手当等の雇用主に対する規則、税制度、社会保障制度を通じた富の再分配などだ。こうした政策を実施する際に、政府は社会における貧困と富の不平等に対して影響力を行使し、どのような社会層を支援し、どの層を冷遇するかを選ぶことができるはずだ。

女性の隠れた貧困

また、女性の貧困は男性の「庇護」の下に隠れて見えなくなっていることがある。女性は誰かと一緒に、つまり多くの場合、男性のパートナーと一緒に暮らしているときにはほぼきまって、より裕福に見えるからである。統計学者は、相対的な裕福度を調べる際に世帯の資産に着目する。これは、お金を稼ぐ人が支出を決定する人でもある単身世帯の場合にはわかりやすい方法だ。

しかし夫婦がそろっている世帯では、どちらか一人が世帯全体の「財務報告者」になったうえ、家族の資産の詳細を説明することになる。各世帯では成人の構成員のあいだで資産が平等に分けられているという想定なので、収入が少ない女性がもっと収入の多いパートナーと暮らしている場合は、統計上、より裕福な世帯層に入ってしまうのだ。

これではデータが歪められてしまい、そのため、男女間の経済格差がどの程度かを正確にはかることが難しくなる。調査をするとかならず、世帯内の男性と女性のあいだで収入が平等に分けられていないことが指摘されているからなおさらだ。

先進国の7か国を対象としたある調査によれば、女性が家庭で自由に使える資産は、平均すると世帯全体の資産の3分の1に満たなかったという。イタリアの女性の半分は、自分自身の収入がまったくなく、政府の給付金さえ受け取っていなかった。フランス、ドイツ、イギリスでは、女性の4分の1以上が政府の給付金以外に収入がなかった[14]。これらの世帯は、調査報告上では中流階級か富裕層だとみなされるかもしれない。しかし男性がいなくなり収入のすべてをもっていかれたとすると、多くの場合、女性は生計を立てていくためのお金がほとんどなくなってしまうだろう。

多くの女性が経済面で男性に依存

女性はなぜ男性より貧しいのか?

統計学者がつねに、この「財務報告者は一人」という手法を使っているわけではなく、長期にわたる世帯資産調査では、婚姻関係にある成人の双方に収入を尋ねるケースもある。とはいえ、21世紀になっても、イギリスでもほかの先進国でも、多くの女性が経済面で男性に依存しているという事実は変わらない。

女性が家族の世話や家事のために有給の仕事を離れた場合、実際にはパートナーが財産を築けるよう援助していることになる。そうした女性の働きが、その男性が現在と将来にわたって収入を得る能力、貯蓄する能力、そして信用力や年金貯蓄の助けになっている。

しかし、こうした状況にある女性は個人としては貧困ということになるので、女性がおかれている不平等を正確にはかるには、このような立場の女性を「貧困」と区分すべきだと指摘されている[15]。

原注
[1] HM Revenue and Customs, ‘Identied Personal Wealth: Assets by Age and Gender’, National Statistics report, 2016
[2] 2007年のデータ。以下による。Mariko Lin Chang, ‘Women and Wealth in the United States’, Sociologists for Women in Societywebsite
[3] Ministry of Justice, ‘Statistics on Women and the Criminal JusticeSystem 2017’, National Statistics report, 2017
[4] ‘Gender Disparity Report: TV Licensing’, TV Licensing and BBCreport, December 2017
[5] Office of the High Commissioner for Human Rights, ‘Report on Austerity Measures and Economic and Social Rights’, United NationsHigh Commissioner for Human Rights report, 2013, www.ohchr.org/Documents/Issues/Development/RightsCrisis/E-2013-82_en.pdf (2020年2月10日アクセス).
[6] International Institute for Labour Studies, ‘World of Work Report2012: Better Jobs for a Better Economy’, International Labour Organization report, 2012, www.ilo.org/global/research/global-reports/world-of-work/WCMS_179453/lang--en/index.htm(2020年2月10日アクセス).
[7] ‘Gender at Work: Emerging Messages’, World Bank Group report, 
[8] Mizuho Aoki, ‘Poverty a Growing Problem for Women’, Japan Times, 19 April 2012, www.japantimes.co.jp/news/2012/04/19/national/poverty-a-growing-problem-for-women.
[9] Kayla Fontenot, Jessica Semega and Melissa Kollar, ‘Income and Poverty in the United States: 2017’, United States Census Bureau report, 12 September 2018, www.census.gov/library/publications/2018/demo/p60-263.html.
[10] Social Metrics Commission, Measuring Poverty 2019 report, July2019, https://socialmetricscommission.org.uk/wp-content/uploads/2019/07/SMC_measuring-poverty-201908_full-report.pdf(2020年11月28日アクセス).
[11] Gertrude Schafner Goldberg, Poor Women in Rich Countries: The Feminization of Poverty over the Life Course (Oxford: Oxford University Press, 2009), p. 3.
[12] 独身男性の約23% が貧困状態にあるが、貧困の割合は2016/2017年度の26%から低下している。‘DWP DataReveals Women and Children Continue to be Worst Affected by Poverty’, Women’s Budget Group website blog, 29 March 2019
[13] 以下のウェブサイトによる。Women’s Equality Party, www.womensequality.org.uk/equal_health
(2020年10月1日アクセス).
[14] Mary Daly and Catherine Rake, Gender and the Welfare State (Cambridge: Polity Press, 2004), p. 122.
[15] A. B. Atkinson, ‘Basic income: ethics, statistics and economics’, Nufeld College, University of Oxford, 2011.未出版の論文。以下で閲覧可能。www.nuff.ox.ac.uk/users/atkinson/ Basic_Income%20Luxembourg%20April%202011.pdf (2020年10月1日アクセス).

(アナベル・ウィリアムズ : ジャーナリスト、編集者)

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