赤字ローカル線は「ガソリン税」で維持すべきだ

藻谷浩介氏は「ガソリン税による地方鉄道の維持」を主張する(写真:本人提供)
利用者が少なく維持費をカバーできない赤字のローカル線を廃止すべきかどうかという議論がよく行われているが、ほとんど利用されない道路は維持費に見合わないから廃止せよという声はまず聞かない。道路はガソリン税などの税金で維持するものという考え方が国民の間に浸透しているためだ。しかし、『デフレの正体』『里山資本主義』などの著書を持つ地域エコノミストの藻谷浩介氏はこうした考え方に警鐘を鳴らす。平成大合併前の約3200市町村すべてを自分の足で訪問し鉄道と道路の両方に精通する藻谷氏に話を聞いた。

日本の鉄道政策はガラパゴスだ

――ガソリン税による地方鉄道の維持を主張されています。なぜでしょうか

世界の常識に沿って、日本のやり方は「ガラパゴスだ」と指摘しているのです。世界の常識とは、「交通インフラは税金で整備し、維持する」ということ。旅客鉄道に関しては、路盤を税金で整備し、そこに民間企業が列車を運行させる、「上下分離」が普通です。

日本でも、道路はガソリン税で維持管理していますし、空港についても滑走路は自治体所有、港湾も岸壁は自治体所有です。バスやトラックの会社、航空会社、船会社は、こうしたインフラを無料、もしくは割り引かれた利用料で使っています。ところが鉄道だけは、鉄道会社が路盤整備から運行まで採算ベースで行うものとされている。これがガラパゴス。鉄道の路盤も、道路と同じくガソリン税で維持更新しなければ、理屈に合いません。

――赤字の鉄道路線は廃止すべしというのが世間の一般的な感覚です。

2022年にJR各社の赤字ローカル線について、国土交通省の有識者検討会が「存続すべきか、沿線自治体とJRでよく話し合え」と提言しました。この提言を受けて報道やネットのコメントでは「100円稼ぐのに2万4000円かかるような赤字線は廃止せよ」という声が高まりました。しかし、これには2つの疑問点があります。

まず、提言への疑問は、鉄道の存廃について話し合う利害関係者は自治体と鉄道事業者だけで、ガソリン税を徴収している国が入っていないということ。つまり最初から、「ガラパゴス日本」を維持しよう、という枠組みになっているのです。

そして報道やネットコメントへの疑問は、「100円稼ぐのに費用がいくらかかるのか」を基準にするのなら、一般道路は全廃になりますよ、ということです。東京と大阪を結ぶ国道1号線は、東京の環状七号線は、あるいは郊外団地の片隅にある住民のごくごく一部しか利用しない街路は100円どころか1円も稼いでいない。実際のところ、鉄道は少しは稼ぎがあるだけ、税金投入が少なくて済んでいる面もあるのです。

交通に限らずインフラというものは、世界のどんな国においても共通で、何らかの形で税金を投入しない限り、普通は黒字になるはずがない存在です。典型が上下水道で、徴収された料金で黒字になることはありませんが、廃止はされません。ごみ焼却場や火葬場、公共ホールやスタジアム、病院、学校、保育園、これらも全部同じです。

全国一律に黒字を求めるのはナンセンス

――では、なぜ鉄道だけは「赤字ではダメ」と思われるようになったのでしょうか。

日本では東京や大阪など諸外国の都市と比較しても異常に人口密度の高い大都市圏に黒字の鉄道が存在するため「鉄道は赤字ではダメ」という認識が広まりました。日本では森林面積を除いた可住地の人口密度が極端に高いことが特長です。欧州で最も人口密度が高いオランダでも島根県並みです。こうしたことから、日本の大都市部では駅から徒歩圏の人口や事業所の集積密度が極めて高いがために「黒字の鉄道経営」というガラパゴスのような存在が、モータリゼーションの後でも成り立ってきました。

それどころか、東海道新幹線や山手線のように事業としても黒字でかつ絶大な社会的効果をもたらしている存在もあります。しかし、そうした存在だけを見て、ほかの鉄道路線にも一律黒字を求めることは世界的にはナンセンスな考え方です。さらには、黒字路線を持つ民間企業(JR)に赤字路線の維持を押し付けるという、よく考えれば資本主義的にも社会主義的にも妙ちきりんな方策が暗黙の裡に取られてきました。

鉄道以外の交通インフラは税金で造られ維持されています。一般道路の整備費用まで払えと言われればバス会社は成り立ちませんし、滑走路の建設を自前で求められれば航空会社は消滅します。

――しかし、道路は誰でも使うが鉄道は一部の者しか使わないので道路のほうに税金を投入すべきだという反論があります。

空港も旅客用の港湾施設もそれぞれ国民の一部しか使わない施設です。さらに言うと国立大学の学生は国民の1%もいませんがキャンパスの維持費や人件費に国費が投入されています。これらについては廃止すべきという意見は出ません。

つまりは、どの交通インフラをどれくらい残して使うのかという判断の基準は、赤字か黒字かではありません。これは道路でも鉄道でも同じで判断基準は、税金投入額に比しての社会効果の大小であるべきです。

――道路と鉄道の維持管理費にはどのような違いが見られるのでしょうか。

例えば、2015年度の北海道の例で言えば、JR北海道の鉄道の維持管理費は全体で314億円かかっていますが、うち9割は諸収入でカバーしています。鉄道1mあたりでは1.2万円。JR北海道の経常赤字額は22億円でした。一方で、NEXCO東日本の道内の有料区間の高速道路の維持管理費は全体で119億円ですが、こちらは料金収入でカバーされて大幅黒字になっています。高速道路1mあたりの維持費は1.7万円です。

しかし、有料道路以外の道内の国道、道道、市町村道の維持管理費は2014年度決算で2395億円。これは全額税金で維持されています。道路の総延長距離は8万9626kmでこれは鉄道の39倍の距離に匹敵します。1mあたりの維持費は0.24万円と鉄道の5分の1程度ですが、道路のほうが総額として赤字が大きいということもできます。

「旅客鉄道は黒字であるべきだ」という認識の存在しない欧米では、「鉄道は赤字なのが当たり前」ですし、「赤字でも必要な路線はあるので、それは税金で維持する」のが常識となっています。これは日本人が、「一般道路は黒字であるべきだ」と思わず、税金での維持整備を当然と思っているのと同じです。

重要なのは「社会的効果の大小」

――なおそれでも「赤字でも必要な路線」という表現に疑問を感じる人はいると思います。

ガラパゴス・日本では、「鉄道の要・不要は、黒字か赤字かで判定する」という発想が、深く考えられもせずに受け入れられてきました。たとえば、JR北海道には黒字の路線が1路線もありません。しかし人口300万人近い札幌都市圏での通勤通学や、新千歳空港から札幌市などへの旅行者・出張者の移動は、札幌駅から4方向に走るJRの輸送に深く依存しています。JRがなければ、渋滞が常態化し、冬場を中心に交通事故も急増するでしょう。「赤字でも必要な路線」は、欧米だけでなく日本にも当たり前に存在します。

繰り返しになりますが、必要な路線とそうでない路線を、黒字・赤字とは違うどのような指標で判定するのかは、「税金投入額に比しての、社会的効果の大小」です。

――では、「税金投入額に比しての、社会的効果の大小」はどのように考えればよいのでしょうか。

一般道路と鉄道を、条件をそろえて比較する必要があります。そのためにも重要なのが、「上下分離」という考え方です。鉄道施設のうち、路盤や架線、信号システムなどは、道路や街灯や信号などとイコールと考え、その維持更新費用は、道路と同じく公共体が負担するというものです。その上で列車の運行はバス同様に民間企業が行います。

存廃の判断については、こうした考え方を元に社会的効用を測定し政策判断がされることになります。しかし可住地人口密度の高い日本の場合、現状は赤字でも上下分離で黒字化する路線は、相当多数存在するのではないでしょうか。過去に廃線になった路線にも、そのような路線は多々あった可能性が高いと考えられます。

藻谷浩介(もたに・こうすけ)⚫︎1964年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)などを経て日本総合研究所調査部主席研究員。国内の全市町村、外国の3分の2を自費で訪問し、地域振興に関し研究・著作・講演を行う。著書に『里山資本主義』など。(写真:芸備線魅力創造プロジェクト)

ガソリン税で維持するのが筋だ

――しかし、日本には国費を投じての上下分離の例は存在しません。

北陸のえちぜん鉄道や万葉線など自治体負担による民鉄の鉄道上下分離の実例はいくつも存在しますが、一般道路は、国税であるガソリン税を財源とし、国と都道府県と市町村が分担した公共投資で維持されているのですから、鉄道の路盤も、同じくガソリン税を財源とした公共投資で維持されるのが筋ではないでしょうか。

さらにいえば、道路の総延長と鉄道の総延長では、比較にならないほど後者のほうが短い。しかも鉄道は、路面の面積が小さい。複線で2車線道路、単線なら1車線道路にしか該当せず、道路の路面全体を舗装し直すのに比べれば、保守の手間や費用は軽微で済むのではないでしょうか。ということで、ガソリン税の数%を回すだけでも維持補修は可能と思われます。

――国土交通省道路局はガソリン税を鉄道に回してくれるのでしょうか。

小泉内閣以降、ガソリン税は一部が厚生労働省の福祉財源にも回されてしまっています。これはおかしな話で、この税はまずは、鉄道を含む交通分野に使われるべきです。

――そのためには国策的観点から理解を求めることが重要ではないでしょうか。

国策的観点として主要なものは、①自家用車から公共交通への利用者の誘導、②貨物輸送の、トラックから鉄道への移行促進(モーダルシフト)、③経路のリダンダンシー確保、④インバウンド対応、⑤ロシア対応――の5つが考えられます。

①は、自家用車の運転時は、公共交通利用時に比べ、たとえばPCやスマホが利用できず、睡眠もできないなどという個人が意識しない社会的費用の大きさに鑑み、公共交通への利用者シフトを少しでも進めることが国策上重要ではないかという観点。

②は、世界的なCO2排出抑制の要請に加え、生産年齢人口の減少に伴うドライバーの人手不足の深刻化、燃料代の長期的な高騰もあり、民間企業であるJR貨物だけの努力に任せずに国策的に推進し直すべきだとの機運が年々高まっているという観点。

③は、地震などの災害で幹線が麻痺した際に、ローカル線のネットワークがバックアップ効果を発揮する場合があるということです。たとえば東日本大震災の後には、新潟と郡山を結ぶ磐越西線が貨物輸送路として活用されました。②のモーダルシフトを真剣に進めるのであれば、これまで以上にネットワークの維持強化によるバックアップ動線の確保が重要になります。

「ロシア対応」への考慮も

④は、「鉄道に乗ること自体が、多くの国では観光資源と認知されている」ことに由来する論点。世界では、移動の過程そのものを観光資源として活かすスタイルが普通に存在します。クルーズ船しかり、大陸横断列車しかり、観光保存鉄道しかり、時間を贅沢にかけ、時に停まり、景色をゆっくりと楽しむことが魅力となっています。

逆にいえば、せっかく存在していた鉄道が廃止されてしまったために、優れた景観を持つにもかかわらずインバウンド来訪の波が及んでいない地域もあるのは残念です。特に北海道には、旧天北線、羽幌線、名寄線、標津線、池北線、士幌線、広尾線、日高線、胆振線など、残っていたら高く評価されたであろう例がいくつもあります。つい最近の廃止事例である日高線などについては、維持を北海道だけの判断に任せず、インバウンド振興という国策的な観点から対処を考えるべきでした。

⑤のロシア対応というのは、以上に比してさらに特殊な観点ですが、北海道東北部のJR線の存否を北海道だけの負担と判断で決めていいのか、という問いかけです。稚内や根室への鉄路の廃止が、対岸のロシアにどういうサインを与えかねないか、真摯に考えて判断すべきということです。対ロシアの国境地帯である、宗谷海峡や北方領土の真向かいの地域をないがしろにして、何の「国土防衛」なのでしょうか。こうした疑問が「保守」の中から出てこないところに、抽象的に「国土」を論じている人たちの地理感覚の欠如を感じざるを得ません。

(櫛田 泉 : 経済ジャーナリスト)

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