元3セク社長が指摘「赤字ローカル鉄道の処方箋」

山田和昭氏

若桜鉄道の公募社長などを務めた「日本鉄道マーケティング」代表の山田和昭氏(記者撮影)
かつて若桜鉄道の公募社長を務め、その後は津エアポートラインや近江鉄道でも利用客拡大に手腕を発揮した山田和昭氏が4月から自身が代表を務める「日本鉄道マーケティング」で地域公共交通の支援に動き始めた。これまでも2016年10月22日付記事(鳥取「弱小鉄道」を救ったIT出身社長の手腕)、2019年2月2日付記事(若桜鉄道の社長はなぜ「船会社」に転職したか)で山田氏にインタビューしているが、あらためて地方鉄道が抱えている課題や、それをどう改善しようとしているかについて聞いた。

お互いを知らない鉄道と行政

――赤字ローカル線の問題とは?

地域のまちづくりや経済活動と鉄道のサービスがマッチしておらず、それが地域の衰退や鉄道の存続問題につながっているように見えます。

――意思疎通ができない?

まず、鉄道と行政がお互いの事情を知らないことが挙げられます。鉄道は安全を守りながら、リアルタイムでお客様と向き合う必要がありますし、鉄道移動は派生需要ですから駅周辺の人口や就業者・就学者数といったまちづくりに左右され、自社の努力で利用を増やすには限界があります。

また、使う言葉も変わります。たとえば「予算」は、鉄道事業者であれば収益に対して投入する投資的な意味に対し、行政の場合は議会で認められた物事のみに税金を使うというまったく異なる意味になります。

――第3セクター鉄道なら社長や幹部社員には行政出身者もいるが、それでも意思疎通が難しい?

山田和昭氏略歴写真

やまだ・かずあき⚫︎1963年東京生まれ、早稲田大学理工学部卒。1987年からIT業界でシステム開発営業やマーケティングに従事。2012年に由利高原鉄道のITアドバイザーに就任、その実績を元に2013年に地域鉄道の業務支援を行う合同会社日本鉄道マーケティングを設立。その後、若桜鉄道、津エアポートライン、近江鉄道を経て、2024年から日本鉄道マーケティングの業務を再開(記者撮影)

確かに3セクの社長は行政出身者が多いですが、現場の状況を理解し説明するのが難しい。そして、「こうなんですよ」と説明しても、「それは我慢してください」で終わってしまうことも多いのです。

本来は地域の利便性を高めて、地域の経済を回すために鉄道というインフラがあるはずなのですが、運輸収入が減少すると行政は鉄道を維持存続させる負担を減らしたいがために経費を減らす。そうすると鉄道の利便性が落ち、地域全体に負の影響がのしかかります。そこが議論に上がりづらいのです。

地域鉄道は人員をギリギリに削っているので、地域連携や企画に人を割きづらく、交通政策の所管部局は商工振興、観光、都市計画などの部局と連携する必要があるのですが、行政組織のルールや慣習ではこれが難しいのです。そして鉄道が衰退して地域も衰退するという負のスパイラルに陥りがちです。もちろん、役割が終わっていて生かしようもないという鉄道路線は、撤退も考えるべきです。しかし、現状では鉄道を生かせるのに生かしていない路線が多いと見ています。

なぜ「公募社長」になったのか

――大手コンサルティング会社の中には自治体向けに地域活性化のための提案を行っているところもあり、鉄道の活用についても言及しているのでは?

実はあまり聞きません。この分野はまちづくりがかかわるので足が長いのです。コンサルが得意とする調査・分析のフェーズよりも、どう改善していくかという実装のフェーズに手間と時間がかかるので、計画書を作って終わりというのではなく、実装について1つひとつ課題を乗り越える伴走支援する必要があります。そこを私は重視しています。

――話題を変えて、山田さんがこれまで取り組んできたことは?

大学卒業後、IT業界に就職し主にマーケティングに従事しました。2011年の東日本大震災で災害復興の支えとなった三陸鉄道を見て、私は鉄道が好きなので残された人生は鉄道を社会の役に立てたいという思いで、由利高原鉄道のITアドバイザーで活性化策を実験し、これを横展開するために合同会社日本鉄道マーケティングを立ち上げ、全国の地域鉄道へ提案に回っていました。そんな折、若桜鉄道が社長を公募したのです。

応募前、現地の旅館に3連泊して自転車で走り回りました。地域の人たちに「誰がいちばん元気に動いています?」と尋ね、その人に会いに行って話を聞くうちに問題の構造がわかってきました。沿線の若桜町は国勢調査のたびに人口が15%ずつ減る厳しい過疎で、仮に鉄道を残せたとしても地域が消えかねない状態でした。調べると沿線の町はもともと林業と農業が主力だったのですが、外材の輸入で林業が稼げなくなり、米は安くなって農業も稼げなくなり、第2次産業は海外移転で消え、地域の方々は鳥取市内で働くようになり、通勤がしやすい鳥取市内に引っ越してしまったのでした。

それであれば、打つ手は2つでした。1つは雇用を作る。そのために新しい産業を作る。そこで鉄道を観光資源として観光を立ち上げることにしました。もう1つは鉄道を便利にして鳥取市内に通勤しやすくする。そうすれば引っ越す理由がなくなり鳥取市のベッドタウンとして持続できます。鉄道があるという強みを生かして地域の利便性を高めていけば人口減少を阻止できる。この2つの作戦を提案して公募社長に採用されました。

――今のお話は、本来なら自治体が取り組むべきでは?

地域を振興するために鉄道は維持されてきたので、鉄道としてできることを考え、生かし方を逆提案したのです。それまでは、鉄道の残し方に悩んでも生かし方は議論に上がっていませんでした。

若桜鉄道 昭和

若桜鉄道の車両(写真:MASAHIKO NARAGAKI/PIXTA)

1500円で実現させた「観光列車」

――公募社長になって最初に手を付けたことは?

普通の列車にガイドさんを乗せて「若桜谷観光号」という観光列車として走らせました。2つ目の鉄道の利便性を高めてベッドタウン化するという作戦の実行には設備投資が必要ですが、調査して計画を作って予算化して建設するという長い時間がかかる。これは長期的な観点で進めることにして、すぐできることが観光列車でした。

わざわざ車両を造らなくても、ガイドの人件費だけで始めることができる。列車に名前を付けるだけで、時刻表に載るし、駅で出発するときも「若桜谷観光号」と案内される。そうすると、地元の人も「ただの生活路線ではなく、観光できる場所もあるんだ」なり、無料で宣伝できる。ガイドの人件費は補助金を使ったので、費用は1500円だけでした。

――1500円?

列車の行先表示板の作成費用です。直通しているJR鳥取駅で出発式をやりたいとJRに打診したら、「ちょうどその日は駅前活性化のためのイベントをやっていてタレントさんも来ているから、その人に出発合図をしてもらおう」という話になり、今度は県庁に電話して、「若桜谷を活性化する観光列車の出発式で、タレントさんが出発合図をしてくれるのですが、知事はテープカットに来てくれますか」と聞いたら「行きます」と。そして、町に電話して「知事がテープカットするのですが町長は来ますか」と。知事と町長がテープカットするという絵ができたので、テレビ局も取材に来て無料で宣伝ができました。

翌年はSL走行社会実験をやって全国的な話題となり、その年に作られた町の地方創生総合戦略に「鉄道を核とした魅力づくり」という方針が盛り込まれ、新しい観光車両と増発への設備投資がされることになりました。

近江鉄道「全線無料」のインパクト

――若桜鉄道の後は?

公募社長をやって思ったのは、自分は選挙で選ばれたわけでもないし、行政組織がバックにいるわけでもなく、この仕事を個人でやるのは限界があるということでした。そこで、岡山県を中心に各地で交通・運輸関連の事業を行っている両備ホールディングスに入り、同社系列の津エアポートラインを担当しました。最初はマーケティング担当でしたが、その後オペレーション全般を見ることになりました。

――その後、西武鉄道グループの近江鉄道に移りました。

近江鉄道の沿線は工業地帯で人口は50万人もおられ、若桜鉄道とは状況がまったく異なりました。近江鉄道では地域との連携を重視し、駅の掃除や動画作りなどを地域の方々と行うみらいファクトリーを実施していました。

また、法定協議会が開催した沿線活動団体を集めたフォーラムで多様な団体が各地で活動していることがわかり、「同じ日に同時多発でやってみたらどうか?」というアイデアが出て、その日に近江鉄道もありがとうフェスタを開催し、近江鉄道線を無料にして回遊してもらおうとなりました。こうして2022年10月16日に「全線無料デイ」が開催され、沿線の各駅でたくさんの連携イベントが行われました。

近江鉄道

近江鉄道の電車(編集部撮影)

――通常の1日当たり利用者は3000人でその3倍の1万人が利用すると想定していたところ、3万8000人が訪れたと聞きました。

大きなインパクトがあり、鉄道のポテンシャルを感じていただけました。2024年4月に近江鉄道は公設民営による上下分離となり、新しい体制に移行しました。お役目も果たせたので10年ぶりに東京に戻り日本鉄道マーケティングの業務を再開しました。

大切なのは「伴走支援」

――それで、次の仕事が鉄道の伴走支援。

分析や戦略立案はとても大事なのですが、地域の環境や状況はまったく異なるので処方箋もそれぞれ変わってきます。先ほどもお話ししたとおり、私は伴走支援がいちばん重要と考えています。実装は大変難しいのです。現地の方々の声を聴き地域を理解しつつ、鉄道とまちづくりへの理解を積み上げていく必要があります。鉄道の運行をギリギリのコストと体制でやってきた方々に、地域や行政との関係づくりも担っていただくのか、新しい体制を組み直すのかなどの議論も必要ですし、行政の方々はほぼ3年で異動されてしまうので、短期に成果を出しつつ腰を据えた体質改善も進める必要があります。

――鉄道事業者と自治体、どちらが顧客になる?

どちらもです。とはいえ、地域鉄道事業者は運行に必要な人員を残してそれ以外の人を削っており、企画に割ける余裕がないのです。まちづくりと連携する必要もあるので、自治体さんのほうがお話ししやすいかとは思います。

――アドバイス次第で今後、状況が大きく改善できそうな路線はある?

都会に向かって走っているのに維持が難しいと言われている路線は、かなり改善効果があると思われます。鉄道が使われないのには理由があるはずなので、そこを探り当てて直していくことになります。地域鉄道事業者は青息吐息で運営し、やむなく減便や値上げをして使いづらくなり、ますます利用者が減り、地域が枯れていく。こんな状況を逆回転させることが重要だと考えています。

(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)

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