M&A仲介大手「全社株価急落」の深い理由

M&A仲介協会公式サイト

規制強化による収益悪化懸念から、6月10日にM&A仲介大手の株価が一斉に急落した(M&A仲介協会公式サイト)

6月10日にM&A仲介大手の株価が一斉に急落する事態が起きた。7日に政府が開催した「新しい資本主義実現会議」で、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の2024年改訂版案が公表されたことが一因とみられる。

この中で、「M&A仲介事業者の利益相反構造」や「高額な最低手数料」といった問題が指摘され、今後の規制強化による収益悪化への懸念が広がった。

最も株価を下げたのがM&A総研ホールディングス(HD)。一時は前週の終値から700円(17.9%)安の3205円をつけ、年初来安値に見舞われた。その他、日本M&AセンターHDも年初来安値となり、業界全体に売りが広がった。

横たわる利益相反構造

近年、後継者不足に悩む中小企業が増加する中、事業承継の手法としてM&Aを活用する機会が増えている。M&Aの売り手と買い手の間に入り、価格交渉や手続きなどを支援するのがM&A仲介事業者だ。

政府が改訂版案でM&A仲介の問題を指摘したのは、仲介事業者が自らの利益を優先することで、中小企業のM&Aをめぐるトラブルが続出しているからだ。

仲介事業者は、売り手と買い手の間に立つ「両手取引」を行い、双方から報酬を得る。売り手は少しでも高く売り、買い手は少しでも安く買いたいインセンティブが働くため、一方の利益を追求すれば他方の不利益となる「利益相反」の構造が横たわる。

もっとも、関係者によれば「買い手側の利益が優先されやすい傾向にある」という。

積極的なM&Aによってグループ経営を展開する企業は業界内で「ストロングバイヤー」と呼ばれ、仲介事業者にとって継続的な取引が期待できる「太客」だ。それゆえ仲介事業者では、こうした買い手が安く会社を買収できるように交渉を進めるケースがあるようだ。

なかには、「売り手の売却希望価格よりも安い価格で成約した場合に、差額の一部を買い手から報酬として受け取っている事例もある」(仲介事業者幹部)という。

こうした問題は以前から指摘されてきた。大手仲介事業者らでつくる「M&A仲介協会」は、昨年12月に自主規制を定めている。そこには「構造的にいずれか一方の依頼者との間で利益相反のおそれが生じることも説明しなければならない」といった内容が含まれている。

それもあってか、関係者の一部では「政府が規制強化に乗り出すにしても、あくまで既存の自主規制に沿った内容になるはず」と楽観視する声もある。実際、今回の改訂版案に明記されている「手数料体系の開示」などはすでに自主規制に含まれている内容だ。

高額手数料の維持は困難か

ところが、改訂版案には自主規制にはない新たな規制を示唆する内容も含まれている。仲介事業者が受け取る高額な最低手数料を問題視する記述だ。

改訂版案の参考資料によれば、500万円や1000万円の最低手数料を設定している事業者が多く、なかには2000万円や2500万円に設定している事業者もあるようだ。

「料金体系の開示だけならインパクトはないが、最低報酬(手数料)の極度額にまで踏み込まれたら、仲介事業者のビジネスの根幹が崩れかねない」。前出の業界関係者はそう不安をにじませる。

現在、仲介事業者に対する業法は整備されておらず、中小企業庁が策定した「中小M&Aガイドライン」や自主規制がルールブックになっている。中企庁では「中小M&Aガイドライン見直し検討小委員会」による議論が進んでおり、ガイドラインにどのような規定が盛り込まれるかが焦点になる。

ガイドラインに法的拘束力はないが、2021年に中企庁が創設した「M&A支援機関登録制度」では、登録事業者が「事業承継・引継ぎ補助金」を受給できる一方、ガイドラインから逸脱すると登録除外となる仕組みが取り入れられている。つまり補助金によって、事実上の拘束力をガイドラインに持たせているわけだ。

中企庁の担当者によれば、ガイドラインの見直しに当たり最低報酬にまでは踏みこまないものの、「自主規制の範疇を超える手数料体系の開示」を検討しているという。

顧客に対して手数料を開示するだけではなく、それぞれの手数料に対応するサービス内容について細かい説明を求めるものだ。最低手数料にメスが入ることは避けられそうだが、手数料体系の透明化によって従来の水準を維持できなくなる可能性がある。

M&A総研の下落率が高い理由

こうした材料が冒頭の株価急落の要因と見られているが、気になるのは大手仲介事業者4社の下落率に差があることだ。なかでもM&A総研HDの下落率が目につく。

一斉に下落したM&A仲介大手の株価

6月9日の一部報道によれば、M&A総研HD傘下のM&A総合研究所が「資本提携に関するご面談の依頼」と題するダイレクトメッセージを郵送し、実態のない架空の資本提携先の斡旋が行われているという。この報道が一段の「嫌気売り」につながった可能性がある。

M&A総研が郵送しているダイレクトメッセージについて、前出とは別の業界関係者は「あれは自主規制に照らしてギリギリの内容だ」と指摘する。

M&A総研もM&A仲介協会の加盟社だが、自主規制では禁止事項として「相手方を譲り受けることについて関心・興味がある企業の存在を確認していないにもかかわらず、当該企業が存在する又は当該企業から依頼を受けていると偽り又はそのように誤認させるもの」と定めている。

M&A総研は「譲り受けに強い関心を示す“可能性がある”弊社クライアント企業をご紹介させてください」という文言で案件を持ちかけているとされ、これが前述の禁止事項に照らして「ギリギリ」の部分なのだという。

背景に紹介案件のパイプの弱さ

M&A仲介では、紹介料を払って金融機関や会計事務所などから案件を紹介してもらう「紹介案件」と、仲介事業者自らが案件を獲得しに行く「ダイレクト案件」の2つがある。

老舗の仲介事業者は金融機関などとのネットワークを築いてきたことで紹介案件を獲得しやすいのに対して、2018年設立のM&A総研はそのパイプが弱い。それゆえ「着手金や中間報酬を取らない完全成功報酬の料金体系」という新たなビジネスモデルのもと、ダイレクト案件を軸に事業を急拡大してきた。

業界内には、こうした「ダイレクト案件への収益依存が強引な営業活動につながっているのではないか」という声もある。ある仲介事業者幹部は、「メッセージを送付するコンサルタント任せにしてしまうと過剰な表現になりがち。当社ではコンサルタント以外の管理部員が、メール履歴などから買い手の実在などをチェックしている」と話す。

とはいえ、ダイレクト案件での強引な営業活動は業界全体の課題とも言える。「仲介事業者が郵送するダイレクトメールが、仲介事業者に届くことすらある」(同)といい、こうした実態は仲介事業者が手当たり次第に案件を持ちかけている証左とも言える。

この営業手法のベースになっているのが高額な企業データだ。「企業調査会社などから『後継者不在』や『株式が分散している会社』などM&Aの成約確率が高い会社のスクリーニングデータを数百万円で定期的に買い集めて、登録住所に一斉にダイレクトメールを送りつけている」(業界関係者)という。1つの成約案件で数千万の報酬が入ることが珍しくないため、数百万円の費用も簡単に回収できてしまう構造にあるわけだ。

中企庁が5月31日に開催した中小M&Aガイドライン見直し検討小委員会では、相手方が広告・営業を受けることを希望しない意思表示をした場合には、広告・営業を禁止するといったことも検討されている。

新たな規制をめぐる不安材料はあるものの、仲介事業者の株価は持ち直しの動きに転じており、株主にとっては成長が続く期待銘柄である点は変わらない。6月18日には仲介事業者のインテグループが東証グロース上場を予定している。

事業承継関連のM&Aニーズが高まる中、仲介事業者の持続可能な成長を維持するためにも、業界の健全化が求められている。

(髙岡 健太 : 東洋経済 記者)

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