「クリスピー」大量閉店から復活果たした独自路線

クリスピー・ドーナツ

見た目のかわいさ、サイズの大きさが特徴のクリスピー・ドーナツ(撮影:風間仁一郎)

今から約18年前に日本に上陸した「クリスピー・クリーム・ドーナツ」は(1号店は東京都渋谷区代々木の「新宿サザンテラス店」)、ブームに乗って一時期「64店」まで拡大したが、2015年度に17店を閉店するなど失速。しかし近年は急速に盛り返し、日本での店舗数は「74店」(2024年5月現在)となった。

国内で約1000店を展開している「ミスタードーナツ」とはケタが違うが、クリスピー・ドーナツの店舗はすべて直営店だ。

今年5月には、巨大ショッピングモールのイオンレイクタウン内(埼玉県越谷市)に出店した。同施設内にはすでに別の店舗(越谷イオンレイクタウンkaze店)があるが、こちらは中庭のような場所に設置されたトラック型の店舗(テイクアウト専門店)だ。

「新店は愛犬と一緒に来られるお客さまも多く、近隣の方が利用されているのを感じます。一方のkaze店は、イオンモールに買い物に来られた方が多く立ち寄ってくださる広域型で、客層のすみ分けができています」とクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンの若月貴子社長は話す。

クリスピー・ドーナツ

個性的なフードトラックだが車両登録をしてあり、移動も可能(撮影:風間仁一郎)

若月社長は西友出身

若月社長は大学卒業後に西友に入社。その後、経営共創基盤を経て2012年に入社し、2017年から社長を務める。小売業とコンサル業の経験も豊富だ。

なぜ、一時は低迷したクリスピー・ドーナツを再生できたのか。

「ブランドの特徴や個性を打ち出しながら、販売チャネルを増やし、お客さまと向き合ってきました。コロナ禍でも、それ以前の取り組みが功を奏した一面もあります」(若月社長)

若月社長の入社時、2012年3月期の売上高はそれまでの過去最高を記録した。だが社内は「大学のサークルのよう」だった。そこで組織・人事を見直し、コスト効率と出店戦略を再構築した。

クリスピー・ドーナツ

クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンの若月貴子社長(撮影:風間仁一郎)

ふわっとした柔らかい食感

もともとクリスピー・ドーナツは、“毎日粉からつくる生地”や“ふわっとした柔らかい食感”が特徴。製造小売業の一面も持つ。今回、筆者の交流ルートから同ブランドに対する消費者(20代~40代)の声を聞いたので、ご紹介したい。

「見た目がかわいい商品が多いが、競合のドーナツ店に比べて種類が少ないと思います」(20代女性)

ここでいう「かわいい」とは、例えば「バーバパパ カスタード ハート」「バーバズー レアチーズ ハート」や「ハート スマイルカスタード」(5月下旬までの期間限定品で、現在は販売終了)のような商品だろう。

クリスピー・ドーナツ

バーバパパとコラボした期間限定品(写真左、5月下旬で販売終了)と現在(7月16日まで予定)の期間限定品(写真提供:クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン)

「私たちのビジョンとして『おいしい、楽しい、みんな大好き!』を掲げ、ドーナツを通じてお客さまにJOYを提供することも心掛けています」(若月社長)

人気キャラクターとのコラボレーションは、「バーバパパ」のほか、「セサミストリート」や「ミニオン」(いずれも現在は終了)などで行ってきた。欧米で人気が定着したキャラクターにこだわるのも持ち味だ。

アメリカよりもチョコの糖度は控えめ

「ミスタードーナツには小さいサイズも目立つが、クリスピー・ドーナツは大きいサイズが中心の印象」 (20代女性) という声や、「ボリューム感があり、とても甘いですね」 (20代男性と30代男性)という声も上がった。

「サイズは大きいけど軽くて甘いのも特徴です。以前、縦軸は“甘み”で横軸を“生地の軽さ”にした『ブランド・マトリクス』を取引先に作成いただきましたが、当社の商品は右上(生地が軽くて甘い)に突き抜けていました。SNSでも『クリスピー・ドーナツはあの甘さがいい』という声が目立ちます」と若月社長は説明する。

一方、日本上陸当初に比べて変えたものもある。

「例えば商品に使うチョコレートは、アメリカの店舗で提供するものと比べると、日本の商品は糖度を控えめにしています」

総じて言えば、本国の成功体験をそのまま押し付けるやり方は支持されず、日本流にアレンジしてきた企業は成功する確率が高い。いわばローカライズで、当地の消費者と向き合う視点だ。

日本1号店は、物珍しさもあって行列店に

2006年の日本上陸時、連日行列ができるほど新宿サザンテラス店が人気を呼んだのは、新宿駅南口から歩いて行ける利便性に加えて、物珍しさもあった。来店客に“ドーナツシアター”と呼ぶ、大きな設備でドーナツを製造する工程を見せ、できたてドーナツの購入もできた。筆者も担当編集者に誘われて、同店を訪れたことがある。

クリスピー・ドーナツ

日本1号店として人気を呼んだ「新宿サザンテラス店」(写真提供:クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン)

だが、その人気はいつまでも続かず、2015年度には店舗を一気に閉店。新宿サザンテラス店も建物の賃貸契約満了を機に、2017年初めに店を閉めた。

クリスピー・ドーナツが一時期低迷したのは、時代と消費者の変化に対応しきれなかったからだ。手軽な価格で楽しめるスイーツ市場には、次々に新スイーツや店が登場する。一時は人気を呼ぶが、やがて飽きられる例も多い。

一方で同社が結果的に時代を先取りして、うまくいった取り組みもある。

「2016年にウーバーイーツが日本でサービスを開始した際、当社は最初の事業者のひとつでした。その経験で『これからは商品がお客さまのところに行く機会が増える』という思いを抱き、2019年には小売店に商品陳列棚を置く“キャビネット販売”をスタートさせました。これらが2020年からのコロナ禍でも業績を支えてくれたのです」(若月社長)

キャビネット販売は、定番の棚以外に什器で販売する棚を展開するもので、イギリスのクリスピー・ドーナツでも販売実績があったという。

ドーナツが日本で身近となったのは、1971年にミスタードーナツとダンキンドーナツの1号店がオープンして以降で、「日本人はミスドでドーナツ体験を積んできた」ともいわれる。「アメリカではドーナツは朝食だが、日本ではおやつ需要」という声も聞く。

クリスピー・ドーナツ

渋谷シネタワー店(東京都渋谷区)の入口。視察時はバーバパパのキャラクターが並び、アメリカっぽさを醸し出していた(2024年5月下旬、筆者撮影)

そのミスタードーナツとの違いを訴求するクリスピー・ドーナツに対しては、こんな声もある。

「店舗数が少なく、出会えた時に特別感があります。でもミスタードーナツに比べて知名度が低いですよね」 (20代女性と40代女性)

ミスドとは違う価値観を提供する

ミスタードーナツは飲茶メニューを提供するなど軽食需要にも応えるが、国内に約1000店を持つ「生活インフラ的なドーナツ店」だ。クリスピー・ドーナツは違う戦略で進める。

「お客さまの『こうしてほしい』という声を追いかけるとマスブランドになりますが、現時点ではそのステージにいないので、商品やサービス、店の雰囲気も独自性で訴求します」

こう話す若月社長が社内に伝えるのが、「来店客に寄り添い『また来たい』と思われるような店づくり」だ。コロナ禍当初に始めた「サンキューカード」は今や名物になった。

クリスピー・ドーナツ

店舗の従業員が手書きする「サンキューカード」(撮影:風間仁一郎)

店舗拡大については、「販売チャネルも多様化しているので適度な規模感で行う」と話す。

今年度は10~15店増を予定。イベント的な使われ方が多かった「新宿サザンテラス店」でスタートしたブランドが、近年は日常使いにもシフトしてきた。個性的なドーナツが、どこまで消費生活に浸透するかが次の課題だろう。

(高井 尚之 : 経済ジャーナリスト、経営コンサルタント)

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