西武が「赤坂プリンス跡地」を切り離す戦略的狙い

東京ガーデンテラス紀尾井町

「赤プリ」の跡地に建設され、2016年に開業した複合施設「東京ガーデンテラス紀尾井町」。西武グループの中でも、もっとも事業用資産の価値がある物件だ(記者撮影)

「鉄道会社はこれまで、資産を持つことが当たり前のビジネスモデルだった。しかし今後は、資本効率を意識して戦略を変えていく必要がある」。西武鉄道を傘下に持つ西武ホールディングス(HD)の経営企画本部IR部、小川哲生課長はそう語る。

西武は目下、東京・千代田区にある複合施設「東京ガーデンテラス紀尾井町」を売却する交渉を水面下で進めている。大手投資ファンドを含めた国内外の機関投資家や事業会社など複数と折衝しているようだ。

徳川御三家の紀伊徳川と尾張徳川、そして彦根井伊より1字ずつ取って名付けられた紀尾井町。この三家の屋敷があった場所で1955年から2011年まで営業していたのが、「赤プリ」として知られる「グランドプリンスホテル赤坂」だ。ガーデンテラスはその跡地で2016年7月に開業した。

ガーデンテラスは1500億円の帳簿価格

ガーデンテラスはオフィスや住宅を併設し、上層部にはプリンスホテルで最上級ホテルとなる「ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町」が入る。「(不動産事業、ホテル・レジャー事業などの事業用資産として)西武グループにおける最大の物件」(西武の広報担当者)だ。

ガーデンテラスの土地・建物価格は帳簿上で約1500億円。売却価格は3000億円以上になるとの見方もあることから、譲渡した際の売却益は1000億円を超えると予想される。

西武HDの2024年度の純利益は260億円の計画。譲渡が決まり売却益が一括計上されるとしたら、利益インパクトは大きい。西武は2024年度中の物件譲渡を目指している。売却で得た資金で、品川・高輪エリアなどの都心開発や地域活性化に向けた沿線開発、リゾート開発を進める構えだ。

西武がガーデンテラスの売却を急ぐのは、施設の運営が不調なためではない。「赤プリ時代よりも事業利益は上回っている」と、広報担当者は説明する。

実際、ヤフーが2021年に一部退去してもデジタル庁がすぐに入居するなど、オフィスフロアの需要は旺盛だ。2024年5月時点での入居率は、オフィスフロア、商業テナントともに100%である。

ではなぜ、西武グループを象徴するような大規模物件を経営から切り離すのか。それは将来成長を見据えた、経営変革の意思があるからにほかならない。

資産の「保有」から「回転型」へ

多くの鉄道会社がそうであるように、西武も資産の保有を基本前提とするビジネスモデルを踏襲してきた。土地を仕入れて開発し、そこにホテルや賃貸ビルなどを建てて安定収益を得てきた。とくに「プリンスホテル」を中核とするホテル・レジャー領域が事業柱の1つとなっている。

だが、このビジネスモデルはコロナ禍で大打撃を受ける。主力の鉄道の利用客数が激減しただけでなく、強みであるはずのホテルやレジャー施設も大きなダメージを負った。

そこで、ここ数年は不動産を保有し賃料を得るのではなく、取得した不動産の価値を高めて売却する「回転型」のビジネスモデルへの転換を模索してきた。同時に、保有資産を圧縮して経営効率を高める「アセットライト戦略」を推進してきた。

今年5月に策定した新中期経営計画でも「不動産事業を核とした成長戦略」を掲げ、その一環として「不動産回転型ビジネス」の強化を表明した。ガーデンテラスの売却は、その回転型ビジネスの第1弾という位置づけになる。

関東私鉄4社の営業利益の内訳

ただ単に、資産を売却してキャピタルゲインを狙うだけでなく、アセットマネジメント機能を持つ資産運用会社を設立し、私募ファンドや私募REIT(不動産投資信託)の運用を通じた不動産運営にもかかわっていく計画だ。

前出の小川氏は、「西武グループが保有するすべての物件が、聖域なく流動化の検討対象となる」と強調する。

西武が不動産回転型ビジネスを標榜する背景には、「総資産の重さ」がある。

関東私鉄大手のある幹部は、皮肉を込めてか次のように話す。「当社には回転させていくようなアセットがそれほどない。一方、西武さんは大きなアセットがある。いろいろ持っておられる」。

西武グループは1912年の創業(西武鉄道の前身である武蔵野鉄道の設立)後に、鉄道事業だけでなく、軽井沢や箱根の別荘地、そして東京近郊での住宅地開発など開発事業を基軸としてきた側面がある。

「土地の堤」――。開発事業に力を注いだ創業者の堤康次郎氏には、このような異名があるほどだ。

資産効率が低く「稼ぐ力」が見劣り

西武グループは開発事業をテコに、別荘地・住宅地の開発、鉄道、流通、レジャーなど事業を多角化し、業容を拡大してきた。そういった経緯から、現在もホテルやゴルフコース、商業施設、遊園地、そして競艇場まで、多岐にわたる事業用の資産を持つ。

結果、競合他社よりも総資産に占める有形固定資産の割合が高い。2024年3月期末で西武HDの有形固定資産は約1兆3800億円。これは総資産の84%を占める。

関東私鉄最大手の東急の場合、保有する有形固定資産は約1兆8200億円と西武を上回るが総資産に占める比率は68%だ。小田急電鉄をみても有形固定資産は1兆0100億円で総資産比は77%。西武の資産保有比率の高さが目立つ。

見過ごしてはいけないのは、資産効率の低さから「稼ぐ力」が見劣りすることだ。下記の表を見てほしい。西武の総資産に占める利益の割合は、群を抜いて低い。セグメント別の営業利益を見ても、賃貸収入を主とする不動産事業も小粒感が否めない。

関東私鉄4社の経営指標

資産のスリム化による経営体質の改善、そして回転型ビジネスを構築し収益を底上げする対策が急務というわけだ。

西武が不動産流動化を急ぐもう1つの背景には、株主からの圧力もある。

5月14日の大量保有報告書で、3Dインベストメント・パートナーズが西武HD株式の5%超を保有したことがわかった。

3Dはシンガポールを拠点とするアクティビスト(物言う株主)だ。保有目的を「純投資及び状況に応じて、経営陣への助言、重要提案行為を行うこと」としている。少なくとも、今年3月上旬ごろから、少しずつ西武株式を買い集めていたようだ。

3Dと西武が直接対話しているかどうかは不明だ。「株主・投資家について、個別のやりとりを公表することは控える」と、広報担当者は口を閉ざす。

ただ、西武がどのような要求を受けるのかを推察するうえで参考になる前例がある。3Dが15%超を出資するサッポロホールディングスでのケースだ。

3Dの動きと関係なく「売り物」を計画

サッポロは「恵比寿ガーデンプレイス」などの不動産資産を持つ。それらから安定的な利益を出す不動産事業が、利益率の低い酒類事業を補う形だ。そのような不動産頼みの経営から「サッポロビル」とも揶揄される。

3Dは2022年からサッポロに経営改革を求め始め、不動産賃貸収入により経営の甘えが生じ、酒類事業の低収益性を長年放置してきたと指摘した。結果、3Dの推薦した社外取締役2名が就任。保有不動産への外部資本の導入・流動化なども検討する方向へとサッポロに舵を切らせた。

沿線人口の先細りが懸念されるとはいえ、西武に対し鉄道事業からの撤退を要求するとはさすがに考えにくい。サッポロと同様に、不動産の流動化などを突き付けてくる可能性はある

ただ、物言う株主が“来訪”したからと言って、西武側に動揺した様子はない。「これまでも多くの投資家と株主価値の向上に向けて積極的に対話を行っており、その中で株主・投資家の皆さまからの声を経営に生かしてきた」(広報担当者)。

資本効率化は喫緊の経営課題。3Dの要求に関係なく、キャピタルリサイクルといった成長戦略を推し進める算段だ。

西武はガーデンテラスのほかにも、2026年度までに複合ビル「ダイヤゲート池袋」や既存ホテル、高級マンション「西麻布レジデンス」について、投資ファンドなどへの組み入れを含めた流動化の具体的な検討に着手する。

不動産市場にとっては「売り物」が多数出回ることを意味する。西武の一挙手一投足を多くの関係者が固唾をのんで見守る。

(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)

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