「椿山荘」の含み益が狙い?藤田観光の株価急騰

椿山荘

椿山荘は結婚式会場としても有名な名門ホテルだ(記者撮影)

6120円だった株価がわずか4日の間で9050円に――。

ホテル業界大手・藤田観光の株価が6月18日に突如急騰を始めた。この日、株価は1000円上昇しストップ高を記録。6月21日まで4連騰した。時価総額も747億円から1104億円へと跳ね上がった。

東証プライム市場に上場する藤田観光は全国にビジネスホテルを展開する。業界で10番手前後の準大手チェーンだ。旗艦ホテルは1280室を構える超大規模の新宿ワシントンホテル本館(東京・新宿区)。歌舞伎町でひときわ目立つ「ゴジラヘッド」のホテルグレイスリー新宿(同)も運営する。

ホテル椿山荘東京(東京・文京区)を所有・運営することでも知られる。客室単価が5万円を超える高級ホテルで、結婚式は年間1500件超と国内ホテル最多クラスの挙式数を誇る。八芳園、明治記念館、ホテル雅叙園東京とともに「東京4大式場」と呼ばれる。元老・山県有朋の邸宅でもあった。

藤田観光の株価急騰のきっかけは、M&Aに関するニュースを専門に扱う『Mergermarket』(マージャーマーケット)が6月17日に報じた記事にあった。「DOWAホールディングスが31%超を保有する藤田観光株を売却する可能性」を示唆するものだった。

藤田観光の株価推移

「3Ⅾが株式取得の意向」との報道

DOWAは銅・亜鉛・レアメタルの製錬などを行う非鉄金属メーカー大手で東証プライム市場に上場する。DOWAはかつての藤田財閥の中核企業で、観光部門が独立したのが藤田観光だ。藤田財閥二代目当主が椿山荘を別邸としていた。

記事が株式の売却先候補としたのは、アクティビストとして知られるシンガポールのファンド、3Dインベストメント・パートナーズだ。同ファンドが株式取得の意向を示す書簡をDOWAに送ったという。

藤田観光は東洋経済の質問に「報道は認識しているが、当社からお答えできるものはない」と述べた。DOWAも「コメントは差し控える」と明確な回答を避けた。

ただ、DOWAとしても藤田観光の株式売却について検討をしているのは事実だ。2023年11月に開催した経営戦略説明会でも、質疑応答の場で関口明社長が「積年の課題の一つである」などと述べていた。両社の間に「シナジーはない」とも語っていたようだ。

そのやりとりは「質疑応答議事録」としてDOWAのホームページ上で公開され、マージャーマーケットの記事でも引用されていた。しかし6月21日に「最新版に差し替えた」(DOWA)ことで、やりとりは議事録から消えてしまった。消した理由については「答えられない」とする。

一方、3Dといえば、大手飲料メーカーのサッポロホールディングスの株式16%を保有し、経営改革を経営陣に対して要求したことが記憶に新しい。3Dの推薦した社外取締役2名が就任し、保有不動産の売却も検討する方向へとサッポロに舵を切らせた。

椿山荘はビジネスホテルより低い利益率

藤田観光に対しても保有不動産の売却や経営改革を迫る可能性がある。「収益性の低い椿山荘の運営利益向上や一部資産売却を要求することも考えられる」。立教大学でホテルアセットマネジメントなどを教える沢柳知彦特任教授は、そう指摘する。

椿山荘の売却を迫るにあたって予想される攻め口は収益性の向上だ。

椿山荘は藤田観光にとって象徴的な存在のホテルだが、利益率に課題を抱える。椿山荘などを含むラグジュアリー&バンケット事業は、2023年度の売上高が178億円、営業利益が12億円で営業利益率は7%程度。一方で、同社の稼ぎ頭であるビジネスホテル事業の営業利益率は15%に上る。

ホテルで最も採算性の高い部門は宿泊部門だ。人件費や材料費のかかる宴会や婚礼、レストランの収益性は低い。椿山荘は宴会や婚礼、レストランが売り上げの大半を占める。椿山荘を売却し経営資源をビジネスホテル部門に集約すれば、利益を上げることができるとの指摘は成り立つ。

その指摘の前提としてあるのが、椿山荘の抱える莫大な含み益だろう。東京ドームがすっぽり入る4万9000平方メートルもの椿山荘の土地は、藤田観光が所有している。バランスシートに計上されている価格はわずか4900万円。取得時の価格であるため、実態とは乖離がある。

国土交通省が毎年発表している地価公示価格によれば、周辺の地価は1平方メートル当たり100万円程度だ。この数字を基にすると、椿山荘の価値は土地だけで約500億円になるとみられる。

よほどのことがなければ「死守」

業界を見渡せば、規模拡大を狙った再編が始まっている。

中堅ホテルチェーンのポラリス・ホールディングス親会社で独立系の投資運用グループであるスターアジアグループが、国内ホテル運営会社のミナシアを買収した。業界中堅のグリーンズやフランスの世界大手アコーなどによる大型の運営受託も増えている。

DOWAと藤田観光にとって椿山荘は、藤田家のゆかりがある由緒ある資産だ。藤田観光の伊勢宜弘・前社長(現会長)は2021年の東洋経済のインタビューに、「よほど会社がおかしくならない限り、椿山荘は死守してやっていきたい」と語っていた。

3Dの登場を機に、DOWAが藤田観光の経営方針を尊重してくれるホワイトナイトを探す展開も考えられる。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)

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