富士フイルムの意外な"稼ぎ頭"と成長事業の中身

写真フィルムで培った化学の力を半導体材料に生かしている(撮影:尾形文繁)

事業転換の成功例として知られる富士フイルム。かつては写真フィルムの製造販売を中心としていたが、デジタルカメラの普及とともに写真フィルム市場はほぼ消滅。現在は医療機器、半導体材料、印刷機、写真フィルムの技術を生かしたインスタントカメラ「チェキ」など複数の事業がバランスよく収益貢献している。

売上高・営業利益ともに過去最高となった2024年3月期のセグメント別売上高構成比をグラフにした(下図)。

2兆9609億円の全社売上高のうち、4割を占めるのが事務機や商業・産業印刷機などの印刷機を手がけるビジネスイノベーション。3割が医療機器などのヘルスケア。そしてカメラを中心とするイメージング、半導体材料や液晶向けフィルムなどのエレクトロニクス、という構成だ。

「チェキ」の収益性は断トツ

全社で2767億円の営業利益に目を向けると、イメージングとエレクトロニクスは事業の営業利益率が10%を超える。イメージングは消耗品のチェキ専用フィルムの収益性が高いこともあり、事業利益率は約22%だ。

エレクトロニクスは、半導体向け、液晶向けともに、顧客の在庫調整や稼働率低下の影響を受け需要が軟調だった。しかし半導体材料での買収効果もあり売り上げ成長を維持できた。今年5月末には、キヤノンが手がけるナノインプリント半導体製造装置向けの材料、ナノインプリントレジストの販売を開始した。

ナノインプリント半導体製造装置には、既存の半導体露光と比べて圧倒的に少ない消費電力で微細な回路を描ける強みがある。満を持して、キヤノンが2023年10月に投入したばかりの半導体製造装置だ。(詳細は「キヤノンが10年越しで開発、「究極」の半導体露光」)

とはいえナノインプリントは、まだ市場に浸透するかは見通せない新技術。富士フイルムはナノインプリント半導体製造装置に期待し、従来のフォトレジストと大きく異なる専用材料の販売を決めた。

富士フイルムの提供する半導体材料の中では、約8割の世界シェアを誇るイメージセンサー用カラーフィルター材料が有名だ。現在、日本、台湾で製造をしている。2024年末には韓国でも製造設備が稼働予定だ。

しかし、同社の提供する半導体材料はそれだけではない。半導体の基板材料であるウェハーに回路を描く際に使われるフォトレジスト、研磨剤のCMPスラリー、保護膜の形成などに使われるポリイミドなどラインナップが幅広い。

M&Aで半導体材料を拡大

これまで富士フイルムは、買収を駆使して半導体材料事業を拡大してきた。半導体材料を手がける発端となったのは、1983年にアメリカのフィリップ・エー・ハントケミカル社と合弁設立で参入したフォトレジストの輸入販売だ。翌1984年から、国内企業向けに国産フォトレジストの製造を開始した。

稼ぎ頭のインスタントカメラ「チェキ」には、祖業である写真フィルムが使われている(撮影:尾形文繁)

2004年にはアーチケミカルズ社の電子材料事業を買収し、同事業に本格参入した。

続いて2010年には、CMPスラリーの専業メーカーを、2015年にはシリコンウェハーの洗浄などに使う高純度溶剤のメーカーを買収。2017年の和光純薬買収は、研磨後に使うポストCMPクリーナーなど半導体材料と、試薬などヘルスケア領域の二兎追う戦略だった。

長年、写真フィルムで培ってきた品質管理など化学の技術と資金とを生かし、買収企業の製品の改良と製造能力の拡大を進めてきた。2023年10月には、アメリカの半導体材料メーカーから半導体の製造工程で洗浄などに使われるプロセスケミカルの事業を買収。これにより複数の欧米拠点に加えて、東南アジアにも富士フイルムとしては初となる半導体材料の製造拠点を手に入れた。

分業と専門特化が進んでいる半導体業界のなかでも、材料分野はとくに「餅は餅屋」の傾向が強い。たとえば富士フイルムも製造しているフォトレジストでは、JSRと東京応化工業のシェアが高い。しかし富士フイルムは、幅広い製品ラインナップを持つことに意味があるという。

「半導体製造は分業が進んでいるといっても、そこには相互依存がある。製造工程が複雑化するなか、1つの材料だけで解決できる課題は限られる。ソリューションの変数を多く持つことが強みになる」と、石原来・エレクトロニクスマテリアルズ事業部統括マネージャーは説明する。

半導体材料を2030年度までに2.5倍

加えて、技術に明るい人材を育成するという観点からも有効という。技術革新は目下、あらゆる工程、材料において起きている。幅広い顧客とのやりとりを通じて、最新の技術動向を正しく理解する助けにもなる。今回のナノインプリントレジストの開発にも生かされている。

業界ではめずらしいマルチ戦略を武器に戦う富士フイルム。幅広い見識が先例のない工程への挑戦を可能にしたと同時に、新領域で先行してポジションを確立する狙いもある。

2024年3月期の半導体材料の売上高は1997億円だった。これを半導体市場の拡大と買収企業間のシナジー加速により、2031年3月期には5000億円まで成長させる計画を掲げる。マルチな半導体戦略の成否が、計画達成のカギとなりそうだ。

(吉野 月華 : 東洋経済 記者)

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