「富士山を黒幕で隠す」日本のダメダメ観光対策

(写真:ロイター/アフロ)

もし、フランスのモンサンミッシェルに日本人観光客が立ち入りを禁止されたらどう思うだろうか?あるいは、ルーブル美術館がモナリザに黒い幕を張って、観光客が集まるのを阻止したらどう思うだろうか?

富士河口湖町が5月下旬に行ったことは、まさにこれである。ローソンのコンビニと富士山を組み合わせた「インスタ映え」スポットに外国人観光客が集まることにいらだった富士河口湖町長は、「オーバーツーリズム」を理由に、そのスポットを黒いネットで覆うという行為を行った。

隠すよりほかにできることがある

それ以来、富士河口湖町長は外国人恐怖症と小心者という評判が広まっただけだ。外国人観光客は、ネットの穴から写真を撮ったり、近隣の他のスポットに移動して同じような状況を再現したりして、いまだにひっきりなしにやってきている。

富士河口湖町は、こんなことをして新しい客を罰しようとするよりも、新しい需要を前にして良識ある人間なら誰でもすることをすべきではなかったのか。黒幕を設けるのではなく、例えば隈研吾氏のような有名建築家によるスタイリッシュなカフェや旅館を作るスペースはなかったのだろうか。

「オーバーツーリズム 」は、2016年にビジネス旅行メディアSkiftのジャーナリストによって作られた造語である。当時、世界の観光客数は10億人を突破していた。この言葉は、低価格旅行、短期滞在、ホームシェアリングの3つの出現により、観光がネガティブなイメージで捉えられるようになったことでますます広まった。

「観光は、旅行者にとっても受け入れ側にとってもつねにポジティブなものだった。だが、2010年代以降、観光が悪い意味合いを持つようになったのは歴史上初めてのことだ」とグラスゴー大学のギエム・コロン・モンテロ教授は最近のポッドキャストで述べている。

同教授はスペインのマヨルカ島を例にあげ、同島が人口100万人に対して、年間1600万人の観光客を抱える、おそらく地球上で最も 「観光化」された場所だと説明する。

マヨルカ島では、観光は地域経済にとって欠かせないものではあるが、グローバリゼーションというよりは植民地化と同義語になっている。観光客が爆発的に増えるにつれ、島の地元人口は減少していった。

マヨルカ島はドイツ人の間でも人気が高く、たとえばドイツの新聞では、天気予報の全国ニュースにマヨルカ島が挿入されることもある。「外国人観光客は拒否するが、難民は受け入れる!」モンテロ教授が気づいたマヨルカの落書きにはそう書かれていたという。

外国人観光客に全責任を押し付ける日本

オーバーツーリズムに対する日本の最近の反応は予想通りである。日本への観光客は2013年年間1030万人だったのが、コロナが明けた昨年は2500万人、今年は3300万人に迫るとみられている。これほど短期間に急増した国はなく、その結果、日本では通常の観光客が増える経緯を経ずにオーバーツーリズムが発生している状態にある。

残念なことに、国内当局とメディアは外国人観光客にすべての責任を押し付けるという最悪の反応を示している。岸田文雄首相は昨年、オーバーツーリズムとの闘いを、あたかも新型コロナウイルスや、エイズ(AIDS=後天性免疫不全症候群)のように国家的な大義名分として掲げた。

しかし、数字はこの論調を正当化するものではない。インバウンド観光客は日本ではまだ少数派だ。観光庁によれば、日本の旅行の72%は国内旅行客によるものである。

正確に言えば、世界はオーバーツーリズムよりも「観光の不均衡」に苦しんでいるようだ。観光客の95%が地球の5%に当たる部分しか旅していない。例えば、フランスでは80%の観光客が国土の20%しか訪れていない。

日本に関して言えば、メディアで常に紹介される数少ないスポットに集まる観光客に対して怒りが集中しているーー京都の祇園、ハロウィーンの渋谷、富士河口湖......。

「日本で取り組むべき本当の問題は、観光スポットのごくわずか、おそらく0.1%程度を占める約20の特定の場所(おそらく半分が京都)で、観光客のピークをどう管理するかだ」と、旅行会社ジャパン・エクスペリエンスのティエリー・マインセントCEOは言う。

特に時期的な偏りがある日本の観光

日本は地域的な不均衡に苦しんでおり、最近ではインバウンドの観光客がそれに拍車をかけている。

「日本人は長期休暇を取らず、週末や正月、ゴールデンウィーク、お盆などの祝日に小旅行に出かける。加えて、円安によって日本人も外国人も日本を旅行先に選ぶようになっている」とマインセントCEOは指摘する。観光の重要性を考えれば、政府は旅行需要をより分散させるために、学校の休暇に柔軟性を持たせるようなこともできるだろう。

1960年代以降、フランスは国土を3つのゾーンに分け、祝祭日の時期を少しずつ異ならせている。これにより、交通量とホスピタリティの需要が均等に分散され、ホテルや鉄道会社は需要に応えやすくなり、価格も柔軟に設定できるため、家庭の経済的負担が軽減される。

クリスマスのような重要な休暇は変更されていないが、日本がこうした施策を導入すれば、例えばゴールデンウィーク中のオーバーツーリズムを緩和することが可能だろう。

海外の観光地では、さまざまな方法で需要をコントロールしている。1つは、ベネチアのように入島する際に料金を徴収する方法。もう1つは、旅行者数に制限を設ける方法だ。3つ目は、人気のスポットにオンライン予約システムを導入し、需要を管理しやすくする方法である。

このほか、各都市それぞれのアプローチで観光客数の制限をしている。例えば、アムステルダムは土産物店を買い戻し、地元の人々のためのアパートに改装した。ニューヨークはAirbnbを制限している。バルセロナは、何十万人もの外国人観光客を乗せていたクルーズにストップをかけた。

モンサンミッシェルの需要管理

フランスでは、日本人に大人気のモンサンミッシェルがいいモデルかもしれない。観光はこの街にとって大きな現金収入源となっている。また、ビジネスも生み出している。地元のビスケットブランド 「Galettes du Mont Saint Michel 」は、年間8000万ユーロの売り上げがある。

ピーク時には、需要に対応するため、地元当局は高速道路に、午前11時前か午後3時以降に来るよう勧める看板を設置している。交通の流れを管理するために、モンサンミッシェルの近くに巨大な駐車場を建設した。観光客は事前に駐車スペースを予約することができる。冬はピークシーズンより30%安くなる。

駐車場からはシャトルバスが運行され、市は観光客の流れを調整することができる。こうした施作の結果、「オーバーツーリズムになるのは、年間10〜15日程度だ」と、モンサンミッシェルの管理事務所の責任者であるトーマス・ヴェルターは言う。

日本の地方自治体は、外国人観光客を非難する前に自分たちにできていないことがないのかを考えるべきである。京都では、メディアは外国人観光客が地元のバスに荷物を詰め込んでいることに焦点を当てるが、京都の公共交通システムがいかに機能不全に陥っているかには触れない。

地方財政のために観光客を切実に必要としている都市としては信じられないことに、京都の地下鉄はほとんどの観光客が行きたい場所まで通っていない。バスに関しては、初めて利用する人には理解しがたい時代遅れの運賃システムがいまだに使われている。

国家レベルで最も重要なことは、日本は観光客の需要を閑散とした田舎に向けなければならないということだ。

悲しいことに、メディアの注目が一部の過密スポットに集中する一方で、日本の準一等地は「アンダーツリズム」に苦しんでいる。東京の島々から群馬の温泉まで、斑尾高原から福井の永平寺まで、日本には素晴らしい場所が少なくない。

地方はいまだに観光対応ができていない

例えば、4月に訪れた熊野古道の場合、外国人観光客を必要としているにもかかわらず、バスはいまだに現金と国内居住者しか使えないペイペイのみで、多忙なバスの運転手は英語を話すことができない。

また、昨年9月に能登を訪れたが、この時、日本のこの素晴らしい地域の将来が外需にかかっていることは明らかだと感じた。1月のこの地域を襲った地震により多くの住民が今も苦しむ中、観光の話をすることは不適切と思われるかもしれないが、この美しい地域の経済にとって観光が非常に重要であることは変わりがない。復興の計画にあたっては、ぜひこのことを十分に考慮してほしい。

外国で運転する人が運転するために必要な国際免許を日本で得るのは簡単ではない。そのため、ほとんどの観光客が日本でレンタカーを借りようとは思わない。だが、政府が外国人に地方を訪れてもらいたいのであれば、日本での運転を積極的に推進しなければならない。自由に歩き回れる唯一の方法であり、特に家族連れには便利だ。

昨年9月に石川県と福井県を車で訪れた者としては、観光客がそのためにこうした素晴らしい場所を訪れにくいという状況は残念に思う。滞在中、私が出会ったのは外国人観光客を歓迎してくれる人々だけで、外国人観光客はもうたくさんだ、という人には出会わなかった。

本来、富士河口湖のような場所では、オーバーツーリズムと戦うのではなく、より大きな問題であるアンダーツーリズムと戦うべきなのである。

(レジス・アルノー : 『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員)

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