蒲タコハイ駅「看板撤去」の"納得できなさ"の正体

サントリー・タコハイの写真

NPO法人などからの抗議で看板が撤去と決まるなど、「京急蒲タコハイ駅」キャンペーンが話題に。モヤモヤ感の理由はどこにあるのでしょうか?(編集部撮影)

京急蒲田駅(東京都大田区)で開催中の「京急蒲タコハイ駅」キャンペーンが話題になっている。人気缶チューハイとのコラボレーション施策で、駅看板も「タコハイ」仕様となったものの、NPO法人などからの抗議を受けて、撤去を決めた。

この話題が報じられたことで、SNS上では「公共空間における酒類広告は、どうあるべきか」といった観点から、賛否両論が出ている。そこで今回は、どういう論点が出ているかを見つつ、「町おこし」の観点もまじえて考えていきたい。

「京急蒲タコハイ駅」企画にNPO法人が抗議

一連の「京急蒲タコハイ駅」企画は、京急(京浜急行電鉄)と、缶チューハイ商品「こだわり酒場のタコハイ」を販売するサントリー、そして地元の大田区商店街連合会によるコラボで行われている。

【画像】京急蒲田駅での施策が物議を醸したサントリー「タコハイ」。「北斗の拳」「QTTA」など、京急による、過去のコラボ施策の画像を見る(7枚)

2024年5月18日から6月16日にかけて、京急蒲田駅とその周辺エリアでさまざまな施策を行うもので、その一環で駅名看板の「京急蒲田駅」が「京急蒲タコハイ駅(京急蒲田駅)」の表記に変更された。

あわせて、京急蒲田駅の2番線ホームでは「タコハイ」と、蒲田名物のギョーザを楽しめるグルメイベント「京急蒲タコハイ駅酒場」が、5月18・19日、6月8・9日の土日に開催される。ホームに停車する列車を「飲食スペース」として利用できるのが特徴だ。

なお駅構内では、商品キャラクターである元TBSアナウンサーで俳優の田中みな実さんによるアナウンスも流される。また期間中は、京急蒲田エリアの参加店舗で「タコハイ」の1杯分が半額になるキャンペーンも行われている。

タコハイの動画

タコハイのプロモーション動画。田中みな実さんが出演している(出所:サントリーYouTube)

梅沢富美男

梅沢富美男さんも出演している(出所:サントリーYouTube)

田中みな実と梅沢富美男

「多幸ハイ⇒タコハイ」という意味を込めているそうだ(出所:サントリーYouTube)

そんなキャンペーンの発表当日である5月17日、NPO法人「ASK」と主婦連合会が連名で公表したのが、「『京急蒲タコハイ駅』への駅呼称変更とホームでの酒場開店の中止を求める申し入れ書」だった。ASKはアルコールや薬物などの依存関連問題の予防に取り組んでいる団体だ。

アルコールの危険性を訴える

書面で両団体は、エチルアルコールには「致酔性・依存性・発がん性・胎児毒性などさまざまなリスクがある」として、法整備やWHO(世界保健機関)の動きを紹介しつつ、「今回のようなマーケティング手法をとることに愕然として」いると表明した。

加えて、「酒類の交通広告」には自主規制などが定められている一方、まだ問題があると指摘し、「不特定多数が利用する極めて公共性が強い場」である駅への広告出稿を非難する。

そして「乗客には、20歳未満、ドクターストップで禁酒・断酒中の人や飲めない体質の人もいます。また、早朝からの通勤・通学や勤務の移動時に酒類広告はなじみません」と主張しつつ、「公共性を完全に無視した愚行です。絶対にやるべきではありません」と断じた。

上記の申し入れ書をめぐる報道が、小学館の「NEWSポストセブン」に報じられた5月27日ごろから、この話題が注目を集めるようになった。

同記事ではサントリー広報部の回答も掲載され、駅構内に掲出予定だった広告を縮小したと明かされた。加えて28日には、新聞各社が「29日には撤去」と報道。なお6月の「京急蒲タコハイ駅酒場」については、引き続き開催予定だと伝えられている。

「過剰反応なのでは?」との声も

一連の報道を受けて、SNS上では酒類広告の問題点を挙げる反応がある一方、どちらかと言えば「過剰反応なのではないか」との指摘が多く見られる。なかには地元住民と思われるユーザーから「蒲田らしさがあったのに残念」といった肯定的な意見もある。

アルコール飲料に依存性があり、人体に影響をおよぼすとの主張には、理解を示す余地はある。ただ筆者は、医療の専門家ではないため、ここでは深掘りせず、別の側面から「タコハイ騒動」を眺めてみたい。

筆者は10年ちょっと、ネットメディア編集者を仕事にしている。その経験から「炎上ウォッチャー」を自称しているが、一番長く在籍したのは、地域情報サイトだった。交通も観光も扱う媒体で、最終的には編集長も担当した経験から、「地域活性化」の観点を交えて考える。

今回のケースは「NPO法人の要請で看板撤去」といったインパクトのある事象のみが、ひとり歩きしている印象を受けるが、その色眼鏡を外すと「あらゆる先行事例の組み合わせ」と言える。

たとえば、「蒲田」を「蒲タコハイ」ともじったのは、京急のお家芸とも言える「ダジャレ駅名」の一環だ。三崎口駅(神奈川県三浦市)への企画乗車券を販促するべく、「三崎マグロ駅」に看板を掛け替えたり、京急蒲田駅自体も「北斗の拳」とのコラボレーションで「京急かぁまたたたたーっ駅」を称したりしていた。

三崎マグロ駅

2017年には、「みさきまぐろきっぷ」のリニューアルを記念し、三崎口駅の駅名看板も期間限定で「三崎マグロ駅」に変身している(編集部撮影)

京急かあまたたた~駅

子どもも驚いた(?)「京急かぁまたたたたーっ駅」(編集部撮影)

美作QTTA駅

ギャグとして成立しているかは別にして、今回の「蒲タコハイ駅」を聞いたとき、「また始めたのね」と感じたのは筆者だけではないだろう。

当然ながら、これらの駅名は、正式名称の改称で実現したわけではない。ただの広告出稿でなく、「副駅名への期間限定ネーミングライツ導入」として捉えると、運賃ばかりに頼れない鉄道会社においては、貴重な収益源にもなる。

実際に、ローカル鉄道においては、こうした収入を柱にしているケースもある。

また、駅ホームを「酒場化」する試みにも前例がある。味の素冷凍食品は2017年、JR両国駅でグルメイベント「ギョーザステーション」を開催した。ふだん使われていない「幻のホーム」で、客みずからがギョーザを焼きながら、ビールなどのドリンクを楽しめる内容で、コロナ禍の休止期間を経て、今年ひさびさに開催された人気イベントだ。こちらは、あくまで主役がギョーザであり、合わせる飲み物がアルコールとは限らなかったが、どこか今回の施策との近さを感じる。

そして、今回のイベントで、もっとも大きいポイントと感じるのは「地元商店会とのコラボ」だったことだ。地域を巻き込むことで、もはや営利企業の販促施策にとどまらず、「町おこし」の一環になっていたことは、しっかり考慮する必要があるだろう。

駅を起点にした「飲み歩き」イベントは、いまや珍しくない。筆者の地元である東京都杉並区においても、中央線沿線の立ち飲みやバー、居酒屋が参加した企画は、毎シーズンのように、各駅周辺で行われている。

本件に立ち返ると、きっかけは京急やサントリーのような有名企業発信だとしても、それに地元の商店が呼応した事実は大きい。公式サイトによると、大田区商店街連合会は、会員数7500店舗を有する。京急蒲田エリアのみならず、大田区全体に広がる地元団体が本腰を入れていたことは、少なくとも地域活性化の観点では、十分に評価するべきだろう(なお、先述の申し入れ書は、宛先が京急とサントリーで、商店街連合会は含まれていない)。

「うまい落としどころ」はなかったのか

こうした観点から見ると、「あっさり下げてしまったな」との印象は拭えない。もちろん最初にも書いた通り、アルコールが与える影響を肯定しているわけではない。ただ、それだけに「うまい落としどころはなかったのか」と感じるのだ。

申し入れ書で言及されているように、確かに酒類広告には自主規制がある。ただ、複数の酒類業界団体が共同で定めた「酒類の広告・宣伝及び酒類容器の表示に関する自主基準」をみると、公共交通機関において行わない広告としては、車体広告、車内独占広告、自動改札ステッカー広告、階段へのステッカー広告(駅改札内)、柱巻き広告(駅改札内)が挙げられており、この条文を忠実にとらえると、「駅名看板」の扱いは難しいところだ。

だからこそ書面では「これ以外にもさまざまな問題事例がある」と指摘し、ビール酒造組合や、その加盟社であるサントリーに「交通広告の全面自粛を含む抜本的な対策を求める要望書」を提出した過去に触れ、その要望書が抗議の趣旨だとしている。

今回のケースでは、最終的に看板撤去という着地点になったが、「広告出稿を下げれば、それでおしまい」ではない。トラブル発生時の対応には、必ず「なぜそうしたのか」の理由説明が、セットで求められる。

看板撤去によって「問題だ」と考える人々に対しては、一定程度の答えが出されたが、反対に「気にしすぎではないか」と感じる向きには現状、納得できる回答は示されていない。どこかの街で「第2のタコハイ駅騒動」が起きないためにも、論理的かつ客観的な対応が必要となるだろう。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)

ジャンルで探す