人類の将来に影響、プラスチック汚染条約の焦点

2023年11月のケニア・ナイロビでの政府間交渉を前に、強力な条約制定を求める環境活動家と市民  (c)Natanya Harrington/Greenpeace)
「プラスチック汚染」を終わらせるための条約制定に向けた政府間交渉が、山場を迎えようとしている。2024年4月23日から29日にかけてカナダの首都オタワで、プラスチックの生産削減や有害プラスチック対策など重要なテーマについての議論が行われる。条約の主だった内容について、年内の合意を目指す。
海洋への流出など拡大が続く一途のプラスチックによる環境汚染に歯止めをかけられるのか――。議論の争点やあるべき条約の姿について検証する。

プラスチック汚染への対処が世界レベルで取り組むべき課題として持ち上がったのは、2010年代半ばのことだ。「2050年には海の中のプラスチックの重量が、魚の重量よりも多くなる」というエレン・マッカーサー財団による2016年の報告書が契機の1つになった。

その後、G7(先進7カ国)やG20(主要20カ国・地域)会合でもプラスチック汚染問題での国際的な合意がなされたが、この時点では主に海洋中のプラスチックごみ対策に焦点が当てられた。

難航するプラスチック条約交渉

しかし近年は、海のプラスチックごみ問題のみならず、地球環境全体や人間の健康への影響を含む、より幅広い課題への対処が必要だとの認識が広がっている。2022年3月の第5回国連環境総会において、法的拘束力のある国際条約を制定することが決議されたのは、プラスチック汚染に対する各国の危機感が一段と高まっていることの表れだ。

ただ、条約交渉は難航している。これまでに3度にわたって「政府間交渉委員会」(INC=Intergovernmental Negotiating Committee)が開催されたが、「生産制限など主要な論点についての各国の主張の隔たりは大きく、実質的な議論に入ることができていない」(環境省の大井通博海洋環境課長)。このままでは、年内取りまとめを目指す条約交渉が暗礁に乗り上げる恐れもある。いったい、何が問題になっているのか。

まず初めにプラスチックごみ問題の現状について見てみたい。

経済協力開発機構(OECD)が2022年2月に発表した報告書によれば、2019年の全世界でのプラスチックごみの発生量は約3億5300万トンと、約20年前の2倍以上に増大している。これに対して、プラスチック廃棄物のうちリサイクルされているものはわずか9%にとどまっている。

全体の約50%が埋め立て処分に回され、約19%が焼却される一方、残る約22%は適切に管理されていないごみ捨て場に持ち込まれたり、環境中に直接漏れ出したりしているという。

このOECD報告書によれば、2019年には約780万トンが川や海などに流出したと推定。約3000万トンのプラスチックごみが海の中に存在し、約1億0900万トンが河川に蓄積されているという。

また、同報告書によれば、不適切なプラスチックごみ処理量については、OECD諸国では排出量全体の約6%であるのに対して、開発途上国など非OECD諸国においては39%に達している。開発途上国ではごみ収集の仕組みが整っておらず、適切な処理システムが構築できていないことに原因がある。

途上国に負荷が集中する理由

ただし、その責任のすべてを途上国に帰すことはできない。

国際環境NGO(非政府組織)のWWFが2023年11月に発表した報告書によれば、低所得者の多い開発途上国の国民は、先進国の国民と比べて、プラスチックがもたらす負の影響を金額換算で10倍以上も受けている(下図)。

「途上国で消費されるプラスチック製品の多くは先進国の企業が設計・生産したものだ。さらに途上国は多くのプラスチック廃棄物を先進国から輸入している。こちらは途上国で適正に処理できる能力を大幅に超えている。つまり、途上国の国民は、プラスチックの使用や廃棄に伴い莫大な社会的な費用を負う一方、先進国のメーカーなどはコスト負担をしないという構図になっている」(WWFジャパンの三沢行弘プラスチック政策マネージャー)

また、太平洋の小さな島国のように、莫大な量の海洋プラスチックごみが漂着し、被害を受けている国もある。

ブータンの首都ティンプー郊外にあるごみ埋立地。ティンプーで発生したごみの大部分が捨てられている(C)James Morgan / WWF-US

プラスチック汚染は今後、さらなる深刻化が予想されている。前出のエレン・マッカーサー財団の報告書によれば、2050年のプラスチック生産量は11億2400万トンと、2014年の2.6倍にも増大する。それに伴い、海中のプラスチックごみは魚の重量を上回ってしまうという。プラスチック生産で発生した二酸化炭素(CO2)は地球温暖化の主要因にもなる。

WWFは、プラスチック生産の総量削減にとどまらず、問題のあるプラスチックの禁止または段階的な禁止も主張している。具体的には、製品の特徴に応じてプラスチックをいくつかのカテゴリーに分類し、ほかに代替の可能な使い捨てプラスチックなどについては即時に使用禁止するといった規制を世界レベルで設けるべきだとしている。

プラスチック汚染が深刻化する中、条約交渉は世界各国の市民の期待を背負ってスタートした。しかし、最大の焦点である生産制限導入の是非をめぐり、各国間で大きな対立が生じている。

ヨーロッパやアフリカ、ラテンアメリカの多くの国や島しょ国などが世界共通での生産制限の必要性を主張する一方、サウジアラビアなどの産油国や中国は生産制限の条項を盛り込むことに強く反対してきた。これまで日本は生産制限について、「世界一律ではなく、各国の事情を踏まえ、ほかの対策が効果を生じない場合に各国で検討すべき」というスタンスを取ってきた(下表)。

しかし、こうした日本政府の姿勢について、WWFジャパンの三沢氏は批判的だ。「世界共通の規制を設けなければ、たとえ条約ができたとしても各国がばらばらに対応する状況は変わらず、汚染がさらに拡大することになる」 (三沢氏)。

日本は容器包装プラごみの大排出国

国連環境計画の報告書によれば、日本は容器包装プラスチックごみの1人当たり排出量では世界第2位の大量排出国だ(下図)。その点からも、プラスチックごみ問題で大きな責任を負っている。

その一方で、「プラスチックごみの多くを有効利用している日本は優等生だ」とプラスチック関連業界は主張している。一般社団法人プラスチック循環利用協会の2023年12月発行の報告書によれば、2022年の日本の廃プラスチック総排出量823万トンのうち有効利用できたものは717万トン、割合にして87%に達しているという。政府もこの見方を支持しており、日本はプラスチックごみの適正な管理ができているとの主張の論拠にしている。

ただし有効利用のうち7割以上を「サーマルリサイクル」(熱利用)という名の焼却が占めている。いわゆるごみ発電やごみ焼却場の熱を利用した温水の利用などだ。これに対して素材のリサイクル(マテリアルリサイクルおよびケミカルリサイクル)は208万トンにとどまり、生産量も長年足踏み状態が続く。しかも素材リサイクルのうちの3割近くを海外向け輸出が占めている。

海洋へのプラスチックごみの流出量についての民間研究者の推計では、日本の流出量は上位を占める中国やインドネシア、フィリピンなどと比べると桁違いに少ないとされる。

その点ではプラスチック汚染問題の深刻度に違いがあるものの、大量焼却によって矛盾を飲み込んでいるのが日本の実態だ。日本から輸出されたプラスチックごみが途上国で適切にリサイクルされているかについても疑問が持たれている。

もちろん、日本政府や産業界も手をこまぬいているわけではない。

2019年に政府は「プラスチック資源循環戦略」を策定。「2030年までにワンウェイ(使い捨て)プラスチックを累積25%排出抑制する」といった目標を設定した。レジ袋の有料化に続き、「プラスチック資源循環促進法」を制定し、製品設計時点でプラスチックの使用量を減らしたり、店頭での無償配付をやめる努力を促したりするなどの取り組みも始まった。いわゆるサーキュラーエコノミー(循環型経済)の考え方を取り入れたものだ。

レジ袋は有料化により国内流通量がその前と比べて約5割減少した。新法を機に、コンビニエンスストアなど流通業の一部企業は、使い捨てプラスチックの無償配付を取りやめるようにもなった。環境省の井上雄祐・容器包装・プラスチック資源循環室長は「企業の取り組みは着実に進んでいる。数年後には数字を伴って成果が現われる」と説明する。

ただし日本では、配付の禁止といった規制的な手法は、ごく一部の地方自治体を除き導入されていない。

ヨーロッパや韓国、アフリカなどは規制強化

これに対して、ヨーロッパ諸国や韓国、インド、アフリカ諸国などは、使い捨てプラスチック製品の禁止など、規制強化の動きを強めている。最大のプラスチック生産国である中国も、超薄型レジ袋など一部の製品に限ってではあるが、製造・販売禁止に踏み切った。

しかし、ヨーロッパなどではスプーンや皿、レジ袋など一部のプラスチックの使用禁止といったレベルの対策ではプラスチックごみの総量削減につながらないという問題も判明している。そこで、国ごとの個別の対策では不十分であるとし、分母となるプラスチック生産そのものに規制をかけるべきという声が強まってきている。

「プラスチック汚染を終わらせるための高野心連合」(High Ambition Coalition)は2022年3月の国連環境総会でのプラスチック条約制定を目指す決議を踏まえて結成された。同連合はオタワでの会議を前に、「一次プラスチックポリマーの生産と消費を持続可能なレベルまで抑制・削減するための拘束力のある規定を求める」という文言を含んだ65カ国の閣僚共同声明を発表した。65カ国のリストには日本も含まれている。

国際環境NGOグリーンピースがオタワでの会合を前に実施した、プラスチック条約に関する日本を含む19カ国の市民を対象とした意識調査でも、回答者全体の82%がプラスチック生産量削減の必要性に賛同すると答えている。日本の回答者の賛同率は19カ国のうちで最も低いものの、64%が「強く支持する」「ある程度支持する」と答えている。

グリーンピース・ジャパンの小池宏隆シニア政策渉外担当は、「世界で多くの人たちが、プラスチックの生産削減や使い捨てプラスチック包装の禁止などを支持している」と説明する。

日本では4月10日、環境問題に取り組む大学生・若者らの6団体が、世界共通の法的拘束力のあるルール構築を求める共同声明を、副環境相らに提出した。

メンバーの一人でNPO法人 国際ボランティア学生協会の32期学生代表の小熊日花氏は、「毎年、数百名規模で海岸清掃活動をし、数百トン規模のごみを拾っている」という。

日本でも大学生やユースらが、プラスチック汚染について、世界共通の法的拘束力のあるルール構築を求める共同声明を発表した(撮影:筆者)

取材に応じた小熊氏は次のように語った。「清掃から数か月後にはまた同じような状態になっている。発生したごみを拾うだけではプラスチック問題の解決は難しい。サプライチェーンの上流部分を見直し、大量生産・大量消費をやめる必要がある。日本政府は野心的な国際ルールのためにイニシアティブを発揮してほしい」。

有力企業も世界共通の義務的ルール求める

4月15日には、日本コカ・コーラ、キリンホールディングスなど10社の企業連合が、「世界共通の義務的ルールの構築」などを求める声明文を、環境省など条約交渉の関係省庁に提出した。

これまで日本政府はプラスチック関連の業界団体などの意見を重視し、生産規制には反対ないし慎重な立場を取ってきた。しかし、厳しい政策を求める市民の声はしだいに高まりつつある。サーキュラーエコノミーに取り組む企業からも賛同の声が上がり始めた。

「国ごとに事情が異なるので一律の生産規制に反対するという日本政府の姿勢は、世界の多くの国の支持を得られなくなりつつある」(グリーンピース・ジャパンの小池氏)

プラスチックは海に流出して海洋生物に被害を及ぼすだけでなく、紫外線によって微細化し、人間の体内にも取り込まれている。そのことによる健康への害についても懸念が高まっている。流出リスクの大きいプラスチック製品や有害な化学物質の規制、プラスチックごみの適正処理のための途上国への資金支援の仕組み作りも条約交渉での主要なテーマだ。

プラスチック条約交渉は、私たちの将来を大きく左右することになる。

(岡田 広行 : 東洋経済 解説部コラムニスト)

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