「脱炭素の次は水」。企業が迫られるリスク対応

世界各地で「水リスク」が大きな問題になっている(写真はチュニジア・イシュケル国立公園。干ばつにより、乾燥・湖の縮小が起きている(c)Michel Gunther/WWF)

2023年は、世界中で「水リスク」が問題になった年だった。

日本では新潟県などで高温・渇水による稲の枯死や品質低下が生じ、コメ作りに大きな被害が発生した。オレンジジュース販売の一時休止に追い込まれた飲料企業もある。ブラジルのオレンジ生産地で洪水が多発したためで、輸入量の約6割を依存する日本は大きな影響を受けた。

製造業も水リスクとは無縁ではない。2020年から2021年にかけては、製造過程で膨大な水を使用する半導体生産の世界シェア6割が集中する台湾で、降雨量の減少などによる水不足が発生。その年の半導体生産に甚大な影響を及ぼした。

食品・飲料の原料となる農産物生産、半導体など精密機器製造、衣料品の製造など、あらゆる企業活動が「水」に依存している。その一方で、世界各地で「水リスク」が増大している。

元々リスクの高い地域で降雨パターンが変化し、さらなる負荷をかける形で企業活動が行われ、水や水環境を支える淡水生態系が損なわれている例も少なくない。

世界で顕在化する水リスク

日本は水が豊富な国だと言われているが、私たちの食や暮らしは海外の水なしに維持できない。つまり、膨大な「バーチャルウォーター」に支えられているのである。

バーチャルウォーターとは、農作物や工業製品を輸入している国(=消費国)において、もしそれらを生産するとしたら、どの程度の水が必要か推定したものだ。輸入大国である日本が輸入する農作物や工業製品の原材料の生産過程では、膨大な水が不可欠だ。間接的に、日本は水を世界各地から輸入していると言える 。

本記事では、水と生態系、そして人との関係をひもとくとともに、企業はどのような水戦略・目標を立て、持続可能なビジネスを目指すことができるのかを、事例を交えて紹介する。

地球上に存在する「水(H2O)」の大半は海水が占めており、その他氷床・氷河などを除くと、人がアクセス可能で、かつ再生可能な淡水は全体の0.19%程度と言われている。

そんなわずか0.19%の水が、現在、渇水や洪水、水質汚染などさまざまなリスクにさらされている。さらに、健全な水環境の維持にとって大切な淡水生態系もまた、水量の減少や汚染、水辺環境の改変によって、減少・劣化の一途をたどっている。

水資源の有限性は、決してひとごとではない。経済活動において、原材料の多くを輸入に頼る日本は、原材料生産地での水や淡水生態系に、大きく依存している。将来にわたり持続可能なビジネスを展開していくためにも、また、人々の衣食住を継続的に確保するためにも、生産地の「水」と、それを育む自然環境に責任があると筆者は考える 。 そして世界を見渡すと、すでに責任ある水利用管理に動き出している企業も実際に存在する。

ドイツ大手流通企業の先進的な取り組み

バリューチェーン、特に原材料生産地の「水」に責任を持ち、企業が取り組んでいる先行事例として、ドイツ最大規模のスーパーマーケットEDEKA(エデカ)の活動が挙げられる。

EDEKAは、サステナビリティの主要テーマの一つに水を掲げている。

同社の水担当者は、「将来にわたって自社のサプライチェーンとビジネスモデルを継続していくために、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を超えない形での事業展開が不可欠だ。自社の環境負荷を削減し、ビジネスの変容を実現するうえで、水への取り組みは重要となる」と述べる。

EDEKAはスペインや南アフリカ、ドイツ国内などさまざまな地域で、水問題の解決に向けてのプログラムを展開している。代表的な取り組みのひとつに、南米のバナナ・プロジェクトが挙げられる。

同社では、上の写真のように消費者向けのチラシを作成し、バナナの生産現場でどのように水が使用され、どのように節水できたのかなどの取り組み内容を消費者に向けて丁寧に説明している。

同社は、取り組むべき品目と生産地を検討するにあたり、最初のステップとして輸入に依存する主力農産物の品目と、その生産地の流域における将来の水リスクを分析した。その結果、バナナを対象に取り組みを始める必要性が高いことがわかった。

というのも、バナナは、最も売上量の多い産品のひとつだが輸入に依存していること、主要な産地の南米では、流域レベルで見ると洪水や渇水などの水リスクがあること、栽培過程で多量の水を使用すること、廃棄物処理や負荷の高い労働環境など社会課題があること、などが背景にある。

バナナは未加工のまま輸入するので、比較的、調達地を特定しやすい点も、理由のひとつだ。

南米コロンビアでのバナナ・プロジェクトは、2015年から現在まで継続している息の長い取り組みだ。

コロンビアの湿地「シエナガ・グランデ・デ・サンタ・マルタ」。多様な水鳥が生息する(写真:WWFジャパン)

コロンビアのカリブ海沿岸地域、マグダレナ県。シエラ・ネバダ山地が水源となり、フリオ川やセビリア川など5つの河川が形成され、カリブ海に注がれる。沿岸部には、ラムサール条約湿地が広がり、鳥類や魚類の楽園となっている。

上流の山地では主にコーヒー豆が、中下流ではバナナやパーム(アブラヤシ)が栽培されている。農業は現地の人々にとって大きな収入源だ。

しかし、当地はもともと渇水リスクの高い地域だ。そればかりか、農業用水の過剰な灌漑や、観光業での水の需要増加、気候変動の影響により、ますます渇水が深刻化している。すでに地域コミュニティや河口部の湿地生態系にも、水不足や汚染、生物多様性の損失などの影響が及んでいる。

EDEKAは、こうした土地で生産されたバナナを販売する企業として、流域の水リスクである渇水や水質汚染に対し、取り組むことにした。

具体的には、特定された重要な拠点や流域で責任ある水利用管理を始める際に、優れた指針のひとつとして参考にすることが可能な「AWS(Alliance for Water Stewardship)認証」 を複数のバナナ農地で取得した。責任ある水利用管理ができていることを、第三者機関による認証を得ることで証明し、透明性や信頼感の確保につなげている。

「流域」視点で考える協力の枠組みづくり

しかし、水リスクへの対応は、特定の農地・産品での生産改善や認証取得だけでは不十分だ。一農地や一事業所ではなく、「流域」という広い視点を持ち、協力体制を構築する必要がある。

例えば、自社拠点や特定の農園だけで水の取り組みを進めても、流域全体で見たときには、効果は非常に限定的になる。流量の確保や水質改善、淡水生態系への影響など、効果を生み出すには、流域全体で取り組まなければならない。

そこでEDEKAは筆者が所属する環境保全団体WWF(世界自然保護基金)と協力し、関連企業、農業者、行政、学術機関など複数のステークホルダーによる流域全体での協力の枠組みを立ち上げた。このような協同活動は、コレクティブアクション(Collective Action)と呼ばれる。

コロンビアでのコレクティブアクションは、流域全体で水や淡水生態系への正の影響を生み出すため、中下流域のバナナ農地だけでなく、より水への影響力が大きい上流で取り組むことに意義がある。

コレクティブアクションの取り組みは、現地の人々の暮らしにも貢献している。農業者にとっては、農薬・化学肥料の削減はコスト削減にもなり、この枠組みに参加することで、販路や取引価格が安定する。健全な水と淡水生態系を守ることで、水質の維持・改善につながり、下流の漁業対象種の保全にも貢献し得る。

「ローカルな知識を生かしながら、食料生産をよりサステナブルにしていくことは、現地コミュニティの食料供給の確保、ひいては流域に関わる人々同士の連携や信頼を深めることにもつながる」と、EDEKAの水担当者は述べる。

企業の目標設定に関してはいくつか指標がある。EDEKAが採用したのは、WWFが開発した「責任ある水利用管理/ウォーター・スチュワードシップ」というプログラムだ。

責任ある水利用管理のポイントは、自社拠点などでの水使用量や環境基準の順守といったマネジメントの枠を超え、バリューチェーンも含め企業にとって関わりのある流域での持続可能な水利用管理が求められる点にある。

とは言え、一足飛びに現場での取り組みを開始しようとすると、多くの障壁が想定される。企業にとって重要なサプライチェーンはどこなのか、トレーサビリティは確立できるのか、そこでの水リスクはどんな状況なのか、社内での共通理解を得られるのか、などについて見定める必要がある。 そこで責任ある水利用管理では、持続可能な水利用管理に向けて、5つの段階的なステップを提示している(下図)。

アパレル産業でも取り組みが始動

責任ある水利用管理は、食品産業だけの取り組みではない。

例えば、テキスタイル・アパレル産業では、綿花生産や染色工程などにおいて、淡水資源の過剰利用や汚染排出が問題視されてきた。

トルコ南西部を流れるブユック・メンデレス川流域では、染色工場や綿花農場が広がる中流から下流域までの地域を対象として、責任ある水利用管理の考え方に則った流域管理の取り組みが進められている。

綿花生産地で灌漑用水の削減に試験的に取り組んでいるほか、ステークホルダー間の協力により、下流の湖で水質や生物多様性の調査をしている。 現地の工場、農家、行政だけではなく、原料を調達している複数のヨーロッパのアパレル企業などが参画しているのが特徴だ。

気候変動の影響が増大していく中で、水の視点でサプライチェーン管理に向けた取り組みを開始する企業が増え始めている。

では、日本企業が取り組むうえでどういった課題があるのだろうか。

商社がからむことが多い日本のビジネス形態では、特にトレーサビリティの確保が困難になる。すべての輸入産品をトレースすることはほぼ不可能だが、バリューチェーンのどこで取り組むべきか、適切に優先順位付けすることが肝要だ。

第一歩はバリューチェーンの水リスク分析

第一歩として、自社の関わる水リスクの全体像をつかむために、重要品目の原材料調達を含めたバリューチェーンの水リスク分析を行うことが推奨される。そのために、Water Risk FilterやAqueductなどの無料で公開されているグローバル・ツールを使用し、どの流域にどのような水リスクがあるのか、自社ビジネスとの関わりを把握することを推奨したい 。

優先流域が絞られてきた段階では、 正確に現地の水リスクとそれを取り巻く環境を把握することも非常に重要なステップとなる。

近年、 サステナビリティ経営への関心も高まっている。目標設定の枠組みであるSBTs for Natureや、情報開示の枠組みであるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言に基づいて対応を開始していくことも投資家の信頼を得るきっかけの一つになるだろう。

グローバルに事業を展開する企業は、世界の水に事業を支えられている。事業の継続に不可欠な「水」への責任あるコミットメントが期待される。

(羽尾 芽生 : WWFジャパン 自然保護室淡水グループ)
(並木 崇 : WWFジャパン 淡水グループ長)

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