外国人観光客向けに二重価格、「おもてなし日本」での導入に賛否

 訪日外国人観光客に日本人より高い料金を払ってもらう「二重価格」。サービスの質を維持するために実施すべきだとの意見の一方、不公平になるとの声も根強いのが現状です。「おもてなし」を重視する日本で導入は進むのでしょうか。あなたはどのように考えますか?

[A論]訪日客への対策費 「観光公害」を抑制

 東京・渋谷で4月にオープンした飲食店「海鮮バイキング&浜焼きBBQ 玉手箱」では、平日ランチの食べ放題コースを、訪日客には税込み7678円で、国内在住者らには1100円安い6578円で提供しています。

 海鮮バイキングは訪日客に人気です。ただ、日本語が通じない場合、接客に時間がかかり、外国語を話せる従業員を雇うコストも必要になり、収益の負担になります。経営安定のため、二重価格を導入しました。

 米満尚悟社長(39)は「二重価格で、『外国人専門店』のような店よりも価格を抑えながら、英語を話せるスタッフを配置できている。店はコストを抑え、日本人は安く利用できる『三方よし』の価格設定だ」と話しています。

 京都の老舗料亭「菊乃井」では、最も低価格な1万4300円のコース料理を日本人客に限定しています。訪日客向けには英語で料理を説明するスタッフを雇ったり、宗教や信条のため食材を変えた特別な料理を作ったりすることもあり、日本人よりもコストがかかっているためです。

 二重価格が注目されるきっかけは、世界遺産・姫路城の入場料を巡る議論でした。姫路市の清元秀泰市長(60)は6月、入場料(18歳以上1000円)について、訪日客に限って30ドル(約4300円)への値上げを検討すると表明しました。城の補修費などに充てる狙いです。

 清元市長は「清掃ボランティアなど普段から城の保全に取り組んでいる市民には優しい料金、入場料を多く払う外国人にはおもてなしを検討したい」と説明しました。現在は市民以外を対象に値上げを検討しており、今後詳細な料金体系などを議論する見通しです。

 二重価格にはオーバーツーリズム(観光公害)を抑制する効果も期待されます。公共交通機関の混雑が住民の不満を生んでいる京都市は、観光客などのバス運賃を市民より高く設定できる制度を創設できるよう国土交通省に求めています。

 消費拡大への期待もあります。2023年の日本人の国内旅行額は19年と比べて17・8%も増えました。一方、訪日客1人あたりの消費額は、ドル換算で2・9%増にとどまります。もっとお金を使ってもらえば日本経済にプラスです。

 みずほリサーチ&テクノロジーズの坂中弥生・上席主任エコノミストは「同じサービスで価格を分けるのは理解が得づらいので、外国語での対応や『日本らしさ』などの付加価値を提供することで、結果的に価格差を生む方法が良い」と話しています。

[B論]会計トラブル心配 「差別」と受け取りも

 東京都中央区の築地場外市場は、新鮮な海鮮が食べられるスポットとして訪日客に人気です。近辺には飲食店など約400店舗がありますが、多くの店は二重価格に否定的です。

 築地市場時代から鮮魚店を営む斎藤又雄さん(68)は「提供する商品やサービスに差がないのに価格差はつけられない」と話します。カナダから訪れたコーワン・ステイシーさん(45)も「高い旅費をかけて来ているのに、外国人だからとさらに高い料金を取られるのは困る」と反対します。

 すし店を営む男性(45)は訪日客への対応について「外国語表記のメニューを用意するなど、コストはかかっている」と言います。一方で「旅行者なのか定住する外国人なのか区別のつけようがない。会計時のトラブルとなり、余計に負担が増すことになりそうだ」と心配します。

 多くの訪日客は日本の鉄道を利用します。JRグループは昨年10月、「安すぎる」と指摘されていた訪日客向けの割安乗車券「ジャパン・レール・パス(JRP)」を値上げしました。しかし、二重価格の導入には消極的です。

 JR西日本の長谷川一明社長(67)は6月の記者会見で「サービスは『一物一価』が基本。利用する人によって値段が変わるというのはなかなか難しい。二重価格が議論になること自体が、日本人の消費力が下がっているということで、非常に残念なことだ」と指摘しました。

 二重価格が店の収益増につながるとの見方に反対する声も上がります。もともと訪日客には消費税を免除して販売できる「免税」という制度があります。訪日客が多く訪れる小売り大手の担当者は「外国人向けには免税で商品を安くしているので、二重価格を設定すれば魅力が薄れてしまう」と、客離れにつながると考えています。

 オーバーツーリズム対策になるとの考えにも疑問を感じる人がいます。大手旅行会社の担当者は「無料で行ける範囲で満足する訪日客は結構いる。例えば、有名な京都の神社の鳥居が見られるだけで満足する。一部の施設で二重価格になっても、人が集中する現状は解消されないのではないか」と話します。

 立教大の西川亮・准教授(観光政策)は「二重価格の導入で『差別されている』という意識を持たれれば、長期的には日本のイメージ低下につながり、観光業にはマイナスになる」と警鐘を鳴らします。さらに「価格差をつけるなら外国人用ガイドツアーを設定するなど、納得できる理由が必要になる」と指摘します。

海外 身分証で区別

 海外では観光公害の防止などの観点から二重価格を導入する施設も珍しくありません。インドの世界遺産タージ・マハルでは、外国人の入場料をインド人の20倍以上に設定しています。カンボジアのアンコールワットでも、外国人観光客の1日入場券が37ドル(約5300円)に対し、国民は入場無料としています。こうした観光地では身分証などで外国人か在住者かを区別しているようです。

 外国人旅行者のみを対象にしており、差別的な待遇ともとられかねない制度です。外務省によると、国際的な貿易・サービスのルールを定める世界貿易機関(WTO)は、国籍によって差をつけない「内外無差別」の原則を掲げています。ただ、WTO協定に二重価格を明確に禁止する規定はありません。このため、日本でもあらかじめ価格を明示すれば問題は生じないそうです。

 日本国内の反応は様々です。共通ポイント「Ponta」を運営するロイヤリティマーケティングが7月にインターネットで実施した調査によると、博物館など文化施設での二重価格導入には半数が賛成するものの、飲食店や交通機関への導入には3割弱の賛成にとどまりました。「差別的な印象を与える」との回答も約3割に上りました。

 公共施設には税金が投入されており、地元住民と訪日客との間で価格差をつけることに理解が得やすい反面、飲食店など民間での導入には明確な理由が求められそうです。(経済部 鈴木瑠偉、岡田実優)

[情報的健康キーワード]コンテンツモデレーション

 偽情報や 誹謗ひぼう 中傷といったSNS上の不適切な投稿を監視し、削除やアカウントの停止などの対応を取ることを「コンテンツモデレーション」と呼びます。デジタル空間を健全なものにするため、近年、SNS運営事業者に対し、その徹底を求める声が上がっています。

 ただ、問題は単純ではありません。日本などの民主主義国が尊重する「表現の自由」とのバランスを考えなくてはいけないからです。例えば政治家を批判する投稿を何でもかんでも削除していたら、表現の自由を侵害することにつながりかねません。

 どんな投稿にどんな対応が必要か。国の関与はどうあるべきか。不適切な投稿が社会に与える悪影響を防ぐ観点と、表現の自由を守る観点の双方のバランスが取れた制度を作るために、有識者らを中心に議論が進んでいます。

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