【テルモ】新1000円札の顔・北里柴三郎創業企業のM&A戦略は?

2024年7月3日に発行された新1000円札の顔となった北里柴三郎。彼が中心となって設立したのが医療機器大手のテルモ<4543>だ。1921年に体温計の国産化を目的に創業した「100年企業」でもある。これまでM&Aで事業を拡大してきた同社だが、今後の戦略は?

体温計で創業し、使い捨て注射器、カテーテルへ

テルモは赤線検温器として産声を上げ、設立翌年の1922年に「仁丹の体温計」を発売した。同社が医療機器メーカーとして頭角を現したのは、1963年のこと。この年から翌年にかけて、国内初のディスポーザブル(使い捨て)の注射筒と注射針を発売した。これにより注射針を通じた感染症が激減し、医療の安全性が飛躍的に高まる。

1969年に国内初となる血液バッグを発売し、日本の血液事業を支えた。1977年にホローファイバー型人工腎臓(ダイアライザー)を発売し、人工臓器分野に進出。1982年には世界初となる多孔質ホローファイバー型人工肺を発売した。

1985年に現在の主力製品である血管造影用カテーテルシステムを発売し、血管内カテーテル診断・治療分野に参入。1988年に腹膜透析システムを発売し、在宅医療分野へ進出している。1990年代半ばには手首から挿入するカテーテル治療のTRI(Transradial Intervention=経橈骨動脈インターベンション)の普及に取り組んだ。

こうした技術を応用してテルモの収益を支えているのが、心臓カテーテル治療関連機器。血管内にカテーテルを挿入し、心臓周辺の血管の詰まりなどを解消したり改善する治療法で、開胸のバイパス手術に比べると患者の身体的負荷が小さい。手術期間も短縮でき、医療費も抑えられるため、世界中で普及している。

自前主義からM&Aで事業拡大

テルモは1999年に米スリーエム(3M)から人工心肺事業を譲受し、テルモカーディオバスキュラーシステムズを設立したのを皮切りに、M&Aにも乗り出した。同社の「買い」は人工血管やカテーテル手術関連の海外企業をターゲットにしたクロスボーダーM&Aが中心。一方、「売り」は人工腎臓や在宅医療機器、セラミックス人工骨などのカテーテル手術とは関係がない事業を国内企業に譲渡している。

2008年にエーザイの子会社であるクリニカル・サプライの全株式84.8%を取得し、子会社化した。クリニカル・サプライはカテーテル商品に強みを持ち、テルモの成長事業の一つであるカテーテル分野の強化を図る狙いがあった。2009年には社名を「テルモ・クリニカルサプライ」に変更している。

2011年には、米輸血関連機器大手の米CaridianBCTを約2160億円で買収。テルモとしては現時点でも最高額の買収だ。成分採血システムを主力とする同社の買収により、テルモは輸血関連事業分野で業界トップとなり、米欧、中南米での事業基盤を強化した。

同年には米Harvest Technologiesの全株式を約57億円で取得し、完全子会社化している。同社は血液や骨髄から成分を分離・採取する製品を開発しており、テルモはその開発・生産過程を取り込み、製品の普及とシェア拡大を目指した。

「選択と集中」のM&A

一方、2013年に在宅酸素事業と在宅輸液ポンプ事業をエア・ウォーターに売却。テルモは在宅医療分野から撤退し、他の成長分野に経営資源を集中させる戦略を取った。

2016年には米医療機器メーカーのSt. Jude MedicalとAbbott Laboratoriesから血管内カテーテル術関連事業を約1160億円で取得。これにより、テルモは大腿動脈穿刺部止血デバイスや心臓用カテーテルイントロデューサーキットの事業を強化している。

最近の動きでは、2023年にオリンパスとの共同出資会社オリンパステルモバイオマテリアルの持ち分33.4%をオリンパスに売却。テルモは再生医療やセラミックス人工骨事業から撤退し、他の事業に集中することにした。

このようにテルモのM&A戦略は「非中核事業の整理」と「成長分野への集中」、いわゆる「選択と集中」を通じて、事業の多角化と市場シェアの拡大を図るものだ。

とりわけ、主力事業でもあるカテーテルや輸血関連機器などは成長が見込めるとして積極的な買収で技術力と市場シェアの強化を図る一方で、在宅医療や再生医療といった分野の事業は売却して撤退。経営資源を集中させることで、効率的な事業運営を目指しているのだ。

オープンイノベーションで持続的成長を目指す

テルモのM&Aは、次世代医療で新たな価値創出を目指す案件がほとんど。同社はディスポーザブル注射器をはじめとする「ホスピタル製品」、カテーテルシステムなどの「心臓血管製品」、「血液システム」の3事業が柱だが、今後もこれらの事業の先端医療分野で欧米企業をターゲットにしたM&Aを積極的に進めることになるだろう。

事実、同社は2027年3月期にスタートする次期中期経営計画に向けて、主力の血管内治療や脳血管疾患をはじめとした注力分野でのM&Aを積極化する姿勢を示している。

創業時の体温計のように、テルモは米国をはじめとする医療技術先進国から持ち込んだ製品や技術を国産化することで成長してきた歴史を持つ。これからも自前主義ではなくM&Aによるオープンイノベーションで、成長を加速することになりそうだ。

テルモのM&A年表

公表日取得金額(億円)内 容
1999年7月
米3Mから人工心肺事業を譲受し、テルモカーディオバスキュラーシステムズを設立
2001年9月
住友ベークライトから在宅酸素事業と濃縮酸素器製造販売業を譲受し、テルモメディカルケアを設立
2002年5月
ホローファイバー型人工腎臓(ダイアライザー)事業を旭メディカルに譲渡
2002年11月
人工血管製造販売の英バスクテックを買収
2006年2月
脳血管内治療デバイス製造販売の米マイクロベンションを買収
2008年6月
エーザイ<4523>からカテーテルを介したがんの化学療法「インターベンショナル・オンコロジー」(IO)領域の製造販売を手がけるクリニカル・サプライを買収し、「テルモ・クリニカルサプライ」を設立
2011年3月
2,159
輸血関連事業の米カリディアンBCTを買収
2011年5月
57
細胞採取装置製造の米Harvest Technologiesを子会社化
2012年1月
心臓血管のカテーテル治療に用いる大口径シース技術を持つ米Onset Medical Corporationを完全子会社化
2013年1月
在宅酸素事業と在宅輸液ポンプ事業をエア・ウォーター<4088>に譲渡
2016年10月
1,160
米国のセント・ジュード・メディカルとアボットラボラトリーズから血管内カテーテル手術用止血デバイス事業を取得
2017年1月
ステントグラフト製造販売の米ボルトンメディカルを買収
2023年8月
セラミックス人工骨や再生医療を手がけるオリンパステルモバイオマテリアルの持ち分33.4%の株式をオリンパス<7733>に譲渡

文・糸永正行編集委員

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