新開発の「自然吸気V12エンジン」は鮮烈! アグレッシブなデザインが斬新なフェラーリの新たな最高峰「ドーディチ チリンドリ」の走りは古典的!?
絶滅が危惧されていた自然吸気V12エンジンですが、フェラーリは新たなユニットを新開発。それをフロントミッドに搭載した同ブランドの新フラッグシップ「ドーディチ チリンドリ」をひと足先にドライブしたモータージャーナリストの島下泰久さんが、その魅力とスゴさをレポートします。
「デイトナ」がモチーフであることが一目瞭然のフロントマスク
フェラーリの名を冠した初のモデルとして1947年に登場した「125S」に搭載されて以来、ブランドを象徴する絶対的な存在として崇(あが)められてきたV型12気筒の自然吸気エンジン。
その最新版を心臓にいただくフェラーリの新しいフラッグシップ、その名も「ドーディチ チリンドリ(12 Cilindri)」に試乗すべく訪れたのは、自分(島下泰久)にとって初めて訪れる土地となるルクセンブルク。試乗会の拠点となったシャトーの裏庭にズラリと並ぶその姿は、やはり特別な存在感を放っていました。
「だってフェラーリのフラッグシップだもの」といわれそうですが、理由はそれだけではありません。守りに入らずアグレッシブに攻めたそのデザインも、強い存在感の大きな要因です。
「1950〜’60年代の伝説的グランドツアラーにインスピレーションを受けた」というフェラーリの説明は、単なる外形的な意味にとどまらず、実際に念頭にあったのはむしろその精神性の部分だったようです。
フロント周辺が「365GTB/4」、つまりは「デイトナ」をモチーフにしているのは一目瞭然ですが、聞けばその真のねらいは「ヘッドライトで表情をつくらないこと」だったといいます。
実はまさに「デイトナ」も、初期のプロトタイプで使っていた伝統的な丸型2灯式ヘッドライトを土壇場でキャンセルし、あの特徴的なフロントマスクを組み合わせることでデザインを一気に未来志向のものに変身させた、という経緯があります。要するに、その精神性を今に再現したいという話なのです。
キャビン後方の造形も、ルーフからリアウインドウ、その先の左右の可動式ウイングまでを一体化する特徴的な“デルタウイングシェイプ”は、相当に斬新な印象です。どこか宇宙船っぽい感じも漂わせているといってもいいでしょう。
実は今回の試乗中、撮影のためにクルマを停めた街角で、老紳士に話しかけられました。「これは最新の電気自動車かい?」と。おそらくフェラーリのねらいも、そんなところにあったのではないでしょうか? フェラーリのクールな未来を想起させるデザインというわけですね。
肝心の走りの印象は、逆にいい意味でオーセンティックだったといっていいかもしれません。
まず何より印象が鮮烈なのが、“F140HD”のコードネームを持つ6.5リッターのV型12気筒自然吸気エンジンです。
低速域から力感にあふれ、アクセルペダルを踏み込めばよどみなく回転が高まっていき、リニアに、しかし刺激いっぱいにパワーをかさ上げしながら、実に9500rpmという高みまで一瞬のためらいもなく到達する。まさにドラマチックと形容したいフィーリングを味わわせてくれます。
それこそ、100rpm刻みに変化していくハイトーンのサウンドも絶品で、まさしく自然吸気のマルチシリンダーでなければ味わえない世界に誘います。
興味深いのは、必ずしも爆音が炸裂するというタイプではないこと。これは厳しさを増す騒音規制への対応という側面もありますが、実は強く念頭に置かれていたのは、快適なGTとして使われることも多いため闇雲に音量を追わない、ということだったそうです。
結果として、それが音圧による迫力ばかりでなく、音色そのものに浸ることができるサウンドにつながっていたといえるでしょう。正直いって個人的には、前作「812スーパーファスト」以上にこの音、気に入りました。
新たに採用された8速DCT(デュアルクラッチ式トランスミッション)の切れ味鋭い変速も、そんなエンジンを味わい尽くすことに大いに貢献しています。
何しろ変速スピードは30%も向上しているということで、パドルを弾けばアップもダウンも変速は一気。エンジンの愉悦が途切れることはありません。
3速、4速へとシフトアップしていっても、迫力ある加速感をもたらす“ATS(アスピレーテッド・トルク・シェーピング)”が効果を発揮しているのでしょう。どこまでも突き抜けるような吹け上がりにはアクセルを戻すのが惜しい……そんな気持ちにさせられてしまいます。
アルミ鋳造部品の大型化などにより、ねじり剛性を15%向上させたアルミスペースフレームシャシーは、ホイールベースの20mm短縮もあり、確実に剛性感を高めています。左右独立してのコントロールが可能な最新の後輪操舵機構も採用。おかげでハンドリングは操舵に対して間髪入れずに反応するシャープさを持ちつつも、決してナーバスではなく直進性も良好です。
まさに、攻めれば前作「812スーパーファスト」よりもシャープな挙動を見せるのに、リラックスして走らせたいときには落ち着いた走りに終始して、いついかなるときも走りを楽しめる。そんな仕上がりといえそうです。
まさにフェラーリのコアを体現する1台
さらに試乗当日は、標準装着タイヤのうちの1銘柄であるグッドイヤーのテストコースにて、全開走行に挑むこともできました。
実際、そのパフォーマンスはすさまじく、ストレートでは余裕で300km/hオーバーに到達したかと思えば、コーナリングではリアを適度にスライドさせながらニュートラルステアで駆け抜けることも可能と、跳ね馬を駆る愉悦を思い切り堪能することができました。
そうそう、今回からブレーキ・バイ・ワイヤーを採用したことで、制動力そしてフィーリングも文句のないものになっています。
実は300km/h到達後、次のコーナーへ向けて相当なハードブレーキングが必要となったのですが、剛性感あるペダルフィールとみるみる速度を殺していく素晴らしい制動力に、まさに減速まで楽しむことができたのでした。
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走り味はオーセンティックだと上記しましたが、それは退屈という意味ではありません。こんな風に古典的ともいえる走りの歓びを最先端の技術によって磨き上げ、新たな地平に到達させているのが「ドーディチ チリンドリ」なのです。
現状、内燃エンジンの将来を見とおすことは難しいですが、フェラーリは自然吸気V12ユニットを今後も可能な限り維持したいと表明しています。
そんなフェラーリによってズバリ“12気筒”という車名が与えられたこのモデルは、まさにフェラーリのコアを体現した1台だといっていいでしょう。
10/02 07:30
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