「MTより速いスポーツAT」の出来栄えとは? 異例の進化を遂げたトヨタ“改良型”「GRヤリス」は公道でも“走る歓び”が濃密です

今春、商品改良を受けて進化したトヨタ“改良型”「GRヤリス」。バンパー回りやダッシュボードの構造刷新など異例の進化を遂げたモデルですが、やはり一番の注目は“スポーツAT”の新設定。モータースポーツの現場で鍛え抜かれたこのトランスミッションは、果たしてどんな実力の持ち主なのでしょう? MTと乗り比べてみました。

モータースポーツで鍛え抜かれてさらに進化

 トヨタ「GRヤリス」は、ラリーで戦うことを前提に開発されたスポーツカー。バリバリの武闘派です。でも、そんな「GRヤリス」の最新モデルには、意外なメカが追加されました。それがATことオートマチックトランスミッションです。

 ATといえば、多くの人はイージードライブのためのアイテムと思うでしょう。そんなメカがなぜ「GRヤリス」に設定されたのか? AT仕様はどんな人とマッチングがいいのか? 最新のMTモデルと比較試乗しながら考えてみました。

市販車としてはありえないような進化を遂げたトヨタ“改良型”「GRヤリス」

市販車としてはありえないような進化を遂げたトヨタ“改良型”「GRヤリス」

「GRヤリス」はそもそも、フツーの市販車とはベクトルが大きく異なるクルマです。ネーミングこそ「ヤリス」の名を冠していますが、ボディは3ドアになっているだけでなく、空力向上のためルーフが後方へいくに連れて下がっているなど、キャビンの形状も全く異なります。内部のボディ補強も同様。また、ルーフは軽量化のためカーボン製となるなど、構造も使われている素材も全くの別物です。

 同じことはエンジンにもいえます。フツーの「ヤリス」には設定されていない1.6リッター3気筒ターボは、精度を高めるべくピストンなど回転系パーツの重量の誤差が少ないものを選んで使用。これは、エンジン性能を高める“バランス取り”というチューニングと同じ手法です。それを、職人が手作業で組み立てるなど、一般的な市販車では考えられない、まるでスーパーカーや超高級車のような製造をおこなっているのです。

「GRヤリス」のために完全新設計された4WDシステムは、トヨタとしては「セリカGT-FOUR」以来25年ぶりに復活した“速く走るための4WD”。とにかく「GRヤリス」にはこだわりが凝縮されているのです。それが349万円〜選べるのですから、奇跡とすらいっていいでしょう。

 さらに、今春に登場した“進化型”はさらにスゴさを増しています。

 エンジンは、従来の272psから1割以上もパワーアップした304psへ。ついに300psオーバーカーとなりました。

 スタイルは、フロントバンパーのデザインが変わったのが分かりやすい変化ですが、ポイントは、左右部分をそこだけ交換可能な分割式としたこと。理由は「ラリーなどでバンパーの“カド”を破損することが多いが、その際の修理費用を低減できるように」というモータースポーツ現場からのフィードバックなのだとか。パーツ点数が増えると製造の手間がかかるので、普通はやりたくないはずです。

 また、バンパー開口部のネットが樹脂製から金属製になったのも、「ラリーで石などが飛んできても破損しないで済むから」なのだとか。発想が普通のクルマとは大きく異なる点が面白いですね。

 そうした変化は、インテリアにも見て取れます。

“改良型”のドライバーズシートの着座位置は、従来モデルに対して25mmダウン。これは低重心を図ったというよりも、よりスポーティなドライビングフィールを実現するためですが、モデルチェンジではなくマイナーチェンジで着座位置を低くするなんて、これまで聞いたことがありません。

 単に設計上、低くすればいいだけでなく、衝突安全性も左右されることなので、“たかが25mm下げただけ”とはいえ、開発の手間も相当かかったことでしょう。

 併せて、視界確保のためにルームミラーの位置をこれまでより上部へ移すなど、細かい変更内容も異例中の異例です。

 その上、従来は標準の「ヤリス」と共通デザインだったダッシュボードは、今回の“改良型”から「GRヤリス」専用のものへと変更されました。まるでA80型「スープラ」のようにドライバーを囲むレイアウトは、運転中の操作性や視認性を重視した設計です。

 これら数々の変更&進化メニューを見て感心させられるのは、「普通はここまでやらないよね」という領域に踏み込んでいること。個々の変更&進化はもちろんのこと、全体を見ても「普通のクルマとは気合の入り方が違うな」ということがひしひしと伝わってくる……それが「GRヤリス」というクルマなのです。

イージーで速いAT対クルマを操っている感覚が濃密なMT

 そんな“改良型”の「GRヤリス」、まずは従来からあるMTモデルに試乗します。

市販車としてはありえないような進化を遂げたトヨタ“改良型”「GRヤリス」

市販車としてはありえないような進化を遂げたトヨタ“改良型”「GRヤリス」

 MTモデルに乗って改めて感じたのは、「すべてが走りのための設計だな」ってこと。クラッチの踏力からシフトレバーの操作感、サスペンションのセッティング(でも、不思議と乗り心地は不快ではない)、そして路面からの入力から感じる車体の硬さまで、すべてが硬くてちょっとやり過ぎかと思うくらいカッチリしており、クルマの動きはすべて正確です。

 運転していると、車体とクルマが一体になれる感覚がすごぶる強く、そして速い。峠道でラインをトレースしながらとんでもなく速い速度でグイグイ曲がっていく感覚は、感動すら覚えます。

 一般的なクルマとの運転感覚の違いをひと言でいえば、「クルマを運転している感覚が強い」ということでしょう。また、手動変速ならではのコントロールの幅も広いクルマといえます。

 一方、ATモデルに乗り換えて感じたのは、やっぱりドライビングが楽だし快適だということ。走行モードが「ノーマル」であれば、フツーのAT車と同じようにスムーズに変速してくれます。

 しかし、「スポーツ」モードにすると豹変。アクセルペダルを踏み込んでのシフトアップがよりダイレクトなフィールとなり、シフトチェンジのたびに乗員の頭が前後に動くほどガツガツくるのです。

 トヨタはこのATの開発に際して、「モータースポーツで使うことを前提に変速速度やダイレクト感を詰めた」としていますが、確かに快適性だけを突き詰めたATとが違うことがよく分かります。

 ATだからといって「スベリ感があってユルい」のではなく、スポーツカーやスーパーカーにも多く用いられるDCT(デュアルクラッチトランスミッション)のような感覚です。ATだからといってダルくはありません。

 加えて、MTが6速なのに対してATは8速化されており、パワーが出るエンジン回転域を有効に使える植えることもポイント。シフトアップに要する時間も短いのは好印象です。停止状態からの加速では、MTをリードするに違いありません。

 そんなATとマッチングがいいのは、AT限定免許の人や普段は楽に移動したい人。市街地走行や渋滞において、ATはやっぱり楽です。

 加えて、サーキットや峠道などの走行において、シフト操作を気にしなくてもいい上に、アクセルとブレ—キ、そしてステアリング操作に集中できるというメリットもあります。

 そのため、ドライビングテクニック習得中の人にもおすすめですし、シフト操作を気にせず速く走りたい人とも好相性。タイムを削るような走りでもかなり楽しめます。レーシングカートなどと同様、限界走行時はシフト操作をしなくても楽しめますからね。

 ちなみに、モータースポーツ界においても、例えばラリーレイドの世界ではもはやATが当たり前。それはすべりやすい路面でトラクションとステアリング操作に集中するためであり、結果的にATの方が速いからです。

 イージードライブから限界走行の領域まで。間口が広いのがATモデルの魅力だと感じました。

 一方、MTモデルはひたすらストイックであり、サーキットなどではよりコントロールの幅が広いのが魅力です。

 でも、それだけではありません。速く走らなくてもシフトレバーを操ってクルマを操作している感覚をより強く味わえるのが、MTのいいところ。

 これだけAT(を含む2ペダル車)の性能がよくなると、速さでもドライバビリティでも、あえてMTを選ぶ必要性はどんどん低下しています。もしかしたら「MTの方が遅い」ってこともありえるため、シフト操作は“ムダな行為”となってくるでしょう。

 でも、そのムダを楽しむのがオツなのです。やはりMTはムダだけど楽しい……トヨタの“改良型”「GRヤリス」をMTとATで乗り比べてみて、改めてそんなことを実感しました。

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