62歳、貯金8000万円。「罪悪感」や「恐怖心」で貯めた資金が使えない

62歳、現在は無職の女性。早くしてご主人を亡くし、懸命に働きながら、お子さんを育てました。しかし、これから人生を楽しむ時期となって、貯めた資金を使うことができないと言います。ファイナンシャル・プランナーの深野康彦さんがアドバイスします。

人生の残りを安心して楽しむためにはどうすればいい?

皆さんから寄せられた家計の悩みにお答えする、その名も「マネープランクリニック」。

今回のご相談者は62歳、現在は無職の女性です。早くしてご主人を亡くし、懸命に働きながら、お子さんを育てました。しかし、これから人生を楽しむ時期となって、貯めた資金を使うことができないと言います。ファイナンシャル・プランナーの深野康彦さんがアドバイスします。

相談者

Aさん(仮名)
女性/無職/62歳
九州/持ち家・一戸建て

家族構成

母親(84歳)

相談内容

29歳の時、1歳の娘を残して夫が突然死しました。私は仕事に熱中することで、その寂しさを紛らわせて生き延びてきました。現在8000万円の貯蓄がありますが、65歳までは無収入のため、それを切り崩しながら生活しています。

65歳からは月20万円の公的年金を受け取ることができます。その頃は、家の修理費と3年間の生活費を除いた7000万円の預金が残っている予定です。家は持ち家で、今のところ大きなリフォームも必要ないと思われます。

実は、私はお金が減っていくことへの恐怖心が大きく、なかなかお金を使うことができないという悩みを抱えています。これまで死に物狂いで働いて子どもを育て、貯蓄もしてきました。子どもも自立し、仕事もなくなった今、これまで自分の人生を楽しむことを全くしてこなかったことだけは後悔しています。

最近、『DIE WITH ZERO』という本を読み、死ぬ時にお金を残して後悔するより有意義に使ったほうがよいということは頭では分かったつもりなのですが、どうしてもお金を使うことへの罪悪感や恐怖感が拭えません。

自分の残りの人生を楽しみ、なおかつ老後を安心して暮らすためにはどうすればよいか、どうぞアドバイスをよろしくお願いいたします。

家計収支データ

Aさんの家計収支データは図表のとおりです。

相談者「A」さんの家計収支データ



家計収支データ補足

(1)保険商品の保障内容
・がん保険(終身保障、診断給付金150万円、通院特約1万円)=毎月の保険料6000円
・医療保険(終身保障、入院1万円、先進医療等の特約)=毎月の保険料6000円

(2)クルマの買い替え
7年後に予算300万円。それも含めて買い替え回数は2回を予定。

(3)趣味娯楽費について
一応、予算として「趣味娯楽費5万円」を組んでいるが、毎月1万円くらいしか使えない。

(4)相談者自身の「したいこと」
実際は旅行や食べ歩きなど、人生を楽しむことに使いたいが、「いつかお金に困るのではないか」と心配になり、お金を減らすことが怖くなる。あと、自身の孫(2人)には100万円ずつ使う予定あり。

FP深野康彦の3つのアドバイス

アドバイス1:このままの生活費なら95歳の時点で老後資金は5700万円が残る
アドバイス2:半年間、「月5万円」の支出経験を
アドバイス3:自身を追い込まず、ゆっくり「楽しみ」を探す

アドバイス1:このままの生活費なら95歳の時点で老後資金は5700万円が残る

難しいご相談と感じています。

ご主人を30年以上前に亡くされ、仕事に没頭されてこられた。その努力のかいあって、娘さんを育てられ、十分な資金も築かれました。

そして、現在はリタイアされて、公的年金の支給まで貯蓄を取り崩して生活されている。収入がなく、手持ち資金が日々減っていくことは、むしろ当然のことですが、そのことが「恐怖感」「罪悪感」となって、基本生活費以外にお金を使うことができなくなってしまったと考えます。

ともあれ、すでに自身で試算されているでしょうが、この場で改めてざっくりと試算をしてみます。

その前に、加入されているがん保険と医療保険は共に不要と考えます。おそらく共に終身払いと思いますし、今後かかる医療費は貯蓄からカバーしたほうが合理的だからです。

それを踏まえると、毎月の生活費は19万円となり、65歳に達する時期をちょうど3年後とすれば、684万円。合わせて、クルマの買い替えを前倒しで2回分、600万円。他に、住宅設備(給湯器、エアコンなど)の修理、買い替えがあるとして、予算を100万円。これらを貯蓄から取り崩すと、65歳の時点での手持ち資金=老後資金は、ざっと6600万円となります。

65歳以降、年金が額面で月20万円なら、手取り額は17万円ほどでしょうか。生活費が今と変わらない(社会保険料は先に天引き)とすれば、収支は月1万円のマイナス。老後の予備費として、住宅のリフォームや医療費、介護費を500万円程度差し引いても、30年後でざっと5700万円が残る計算となります。

さて、Aさんがそのまま資産を遺されると、娘さんに相続されます。他に、不動産もありますので、相続人を子1人とすると、発生する相続税は400万~500万円。それでも娘さんに、5000万円超の金融資産が遺せるならばいいと思えるなら、それも一つの考え方かもしれません。

しかし、Aさんが後悔されている「自分の残りの人生を楽しむ」ことは、この試算では、ほぼ「されていない」ことになります。

アドバイス2:半年間、「月5万円」の支出経験を

では、どうすれば「恐怖感」や「罪悪感」なく、お金が使えるのか。

Aさんが手にした『DIE WITH ZERO』(ビル・パーキンス著)は、私も読みました。マネー関連の名著だと思っています。ただ、Aさんは、後悔しないため有意義に使おうと、頭では理解されているが、行動はできないでいる。

解決策となるかどうかは分かりませんが、一度「支出を経験」してみてはどうでしょうか。例えば、趣味娯楽費として月5万円の予算を組んでも、使うのは1万円。ならば、一定期間だけ使い切ることにする。

つまり毎月5万円を使う経験をする、ということです。仮に、その期間を半年間と決めれば、5万円×6カ月=30万円。この資金は貯蓄からわざわざ捻出するのではなく、そもそも「ないもの」と思い込んでください。先の試算では、5700万円超の資金が使えず残ります。そこから、30万円減ったところで、将来に何ら影響はありません。

何に使うかは、食べ歩きや旅行でも、Aさんの自由です。そして半年後、支出したことで得た何かの経験が「楽しい」「またしてみたい」と感じるかどうか。そう感じたなら、その経験は今後の人生を豊かにする、一つのヒントになるのではないでしょうか。

逆に、半年間、使うことが苦痛でしかなかったなら、無理に使う必要は少なくとも今はないと思います。

アドバイス3:自身を追い込まず、ゆっくり「楽しみ」を探す

もし半年間で30万円を使って楽しいと感じなくても、落胆したり、焦ったりする必要はありません。

Aさんには、自由な時間があります。今回は楽しさを得られなくても、まだ機会は十分にあります。今後、違う世界をのぞくことで、新たな発見や気付きがあるかもしれません。月5万円が多いなら、次回は2万円、3万円から始めてもいいでしょう。

ちなみに、毎月の趣味・娯楽費を1万円から5万円にすると、30年間でその費用は1440万円増えて、1800万円に。それでも老後資金は十分に余るでしょう。それは、Aさんが望む、楽しむだけでなく、資金的に安心した老後生活も確保できるということです。

一方、避けるべきは、Aさんには不要のアドバイスだとは思いますが、支出することに気持ちが追い込まれ、あるいは義務のように感じ、その結果、怪しい儲け話や投資話、詐欺まがいの物販、サービスに手を出してしまうことです。

自分の人生をより豊かにする目的のとき、支出は有意義となります。しかし、それでも支出に踏み出せないなら、それに日々苦しむことのほうが、人生にはマイナスかもしれません。今の生活も、決して不幸ではないはずです。後悔せず、自分を追い込まず、まずは自身のペースで、ゆっくりと「楽しめる経験」を探してみてはどうでしょうか。

相談者「A」さんから寄せられた感想

深野先生、今の私の悩みに寄り添ったご助言をいただき本当にありがとうございました。

「人生をより豊かにする目的のとき、支出は有意義となる」という先生のお言葉に感銘を受けました。私の悩みの場合、お金に対する考え方や使い方に対する自分の感じ方の問題なので、なかなかクリアできずにいました。母親の介護のため、60歳で退職してから仕事もしていなかったので、貯金がどんどん減っていくことへの恐怖感を拭えませんでした。

先生の試算では、このままだと私は5000万円近くを遺して死んでいくことになります。そこから、私は改めて人生の最後に悔いを残したくないと強く思いました。

まずは、先生のアドバイスのように、月5万円の趣味・娯楽費を使い切ることから始めようと思います。そして、旅行などの体験となることの計画を具体的に立ててみます。これからはいろいろな体験にお金を使うことで、豊かな人生を実現していきたいと思います。

先生のおかげで、お金に対する根本的な考え方を変えることができました。勇気を出して相談して本当によかったです。先生の温かいご助言に心より感謝いたします。ありがとうございました。

教えてくれたのは……深野 康彦さん

マネープランクリニックでもおなじみのベテランFPの1人。さまざまなメディアを通じて、家計管理の方法や投資の啓蒙などお金周り全般に関する情報を発信しています。All About貯蓄・投資信託ガイドとしても活躍中。

取材・文/清水京武
(文:あるじゃん 編集部)

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