「観光客は自宅に帰れ」 地元住民がプラカードで抗議デモ! スペインの現実は「京都」にも迫るのか? 行き過ぎた“観光公害”を考える

バルセロナの観光限界

バルセロナ(画像:Pexels)

バルセロナ(画像:Pexels)

 スペインのバルセロナ市は、日本の京都やイタリアのヴェネツィアと同じく、オーバーツーリズム(観光公害)に苦しんでいる。観光客はもはや住民からヘイトを集める存在となっている。6月にはF1スペイングランプリを前に、地元住民が「観光客は自宅に帰れ」と書かれたプラカードを掲げてデモを行い、話題になった。

 7月には約2700人が参加するデモが行われ、目抜き通りのランブラス通りを行進する人々が、並ぶレストランで食事をしている観光客を水鉄砲でずぶぬれにしたり、レストランの出入口を封鎖したりする騒ぎが起きた。

 こうした状況のなか、ジャウマ・コルボニ市長が打ち出したのが、2028年11月までに

「約1万戸の民泊施設を段階的に廃止する」

という抜本的な対策だ。市長は、バルセロナ市の居住用賃貸物件を休暇目的で利用することを完全に禁止し、それらの住宅を賃貸や売買を通じてバルセロナ市民が住めるようにすると宣言した。

 バルセロナ市はこれまでも、2017年に観光用宿泊施設特別都市計画(Special Urban Plan for Holiday Accommodation:PEUAT)を制定。ホリデーフラット(日本でいうアパートの短期レンタル)をカテゴリーから外し、許可の更新を拒否するなど、抑制策を進めてきた。今回、市はさらに住民の生活を守るため、アパートなどを利用する民泊を完全に排除する方向に動き出した。

外国人リモートワーカーが生む住宅格差

京都(画像:Pexels)

京都(画像:Pexels)

 最近、東京では観光客の増加でビジネスホテルの宿泊費が1~2万円と高止まりしているのが問題になっているが、バルセロナ市の状況はさらに深刻だ。観光客向けに収益性の高い民泊や短期レンタルが増えたことで、

「市民向けの賃貸住宅」

が減り、深刻な住宅不足が起きている。観光客向け物件の増加で住宅市場がゆがみ、すでに市民生活に大きな影響を及ぼしている。過去10年で市内は

・賃貸価格:68%増
・住宅購入費:38%増

となった。特に若い世代への負担が大きく、国家統計局(INE)のデータでは、住宅総数約81万戸のうち約8万戸が空き家になっている一方で、適正価格の賃貸住宅は年々アクセスが難しくなっている。

 さらに、スペイン政府が産業振興のために始めたデジタルノマドビザも、バルセロナに悪影響を及ぼしている。

 デジタルノマドビザとは、リモートワークを行う外国人に対して発行されるビザの一種であり、特定の国に居住しながらオンラインで働くことを許可する制度で、主に観光ビザより長期間滞在できる点が特徴だ。結果、外国人リモートワーカーの増加により、2023年1~9月の外国人による住宅購入件数は全体の

「22%」

を占め、2019年と比べて7ポイント増加した。日本でもオーバーツーリズムは宿泊費の上昇などの問題を引き起こしているが、バルセロナ市では都市の社会基盤そのものを揺るがす深刻な危機に発展している。

 こうした危機に対応するため、バルセロナ市は民泊規制、実質的には廃止に踏み切った。この規制は単なる観光抑制策を超え、都市の持続可能性と市民の基本的権利を守るための包括的な政策といえる。

観光客の浪費と市民の負担

バルセロナ(画像:Pexels)

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 バルセロナ市が民泊を規制する意義は大きく三つある。

 ひとつめは、ゆがんだ住宅市場を正常化することだ。観光客向けの短期賃貸は高収益なため、長期賃貸物件の供給を圧迫し、市民の居住権が脅かされている。約1万戸の民泊物件を通常の賃貸市場に戻すことで、特に都心部での供給増加が見込まれ、賃料の適正化が期待されている。確かに、民泊物件は住宅総数の0.77%にすぎないという指摘もあるが、都心部への影響は無視できない。

 ふたつめは、都市インフラの持続可能性を確保することだ。オーバーツーリズムの問題は、住民の生活に必要なインフラを圧迫する点にある。例えば、バルセロナ市では観光客の1日当たりの水の消費量が163Lなのに対し、住民は99Lしか使っていない。

 このように観光客は膨大な水資源を浪費し、環境にも負荷をかけている。交通インフラも混雑が常態化しており、市当局は観光客の利用を減らすためにGoogleマップから一部のバスルートを削除する対策まで講じている。

 三つめは、地域コミュニティーを維持し再生することだ。バルセロナ市では賃貸物件の約80%が最長11か月の短期賃貸として提供されており、長期的な居住を希望する若者たちの選択肢を大きく制限している。地域コミュニティーを守るためにも、民泊の急増は防ぐべきだ。

 このように、バルセロナ市の民泊規制は住宅市場の正常化、都市インフラの持続可能性、地域コミュニティーの維持という三つの重要な目的を持った包括的な政策だ。

経済効果を巡る激しい対立

京都(画像:Pexels)

京都(画像:Pexels)

 こうした政策の転換は、既得権益を持つ関係者たちとのあつれきを引き起こしている。例えば、民泊事業者協会(APARTUR)は、民泊施設はバルセロナ市の住宅総数の0.77%にすぎないとして反発している。

 また、カタルーニャ・ツーリスト・アパート連盟なども集会を開き、市当局の規制に正面から異議を唱えている。彼らは、カタルーニャ州には観光用アパートが約10万戸あり、その多くは年に数日しか使われないセカンドハウスだと指摘。さらに、民泊を廃止したとしても自動的に賃貸住宅に切り替わるわけではないと主張している。市当局の対応を批判し、

「住宅不足を理由に観光客を犯罪者扱いするのはポピュリズムだ」

と非難している。規制反対派の最大の論点は、

「観光業がもたらす経済効果」

が失われることだ。観光客が減れば雇用機会が失われ、最終的に市民が貧困に陥ると警鐘を鳴らしている。

 では、バルセロナ市における観光の経済効果は実際どの程度なのか。市の統計によると、2023年の観光業の割合は全産業中15.7%に達しており、2018年の15.1%からさらに増加している。オーバーツーリズム対策が進んでいるなかでも、観光業への依存はむしろ深まっているのだ。

 さらに2023年の観光関連事業所数は1万1038か所に上り、全雇用者数は15万5104人で前年比8.1%増となっている。

 こうしたデータを見ると、たとえオーバーツーリズムが問題になったとしても、市内の雇用を支える観光産業を制限しようとする市当局の方針に反発が出るのは当然ともいえる。

観光業の影響、低賃金拡大

バルセロナ(画像:Pexels)

バルセロナ(画像:Pexels)

 実際、反発は非常に強い。

 先に述べた反論に加え、2024年9月には観光用賃貸物件の事業者団体が財産権侵害を理由に訴訟を起こした。また、Airbnbは

「バルセロナの短期賃貸物件に対する取り締まり戦争の唯一の勝者はホテル業界だ」

として、市に対して抗議している。このほか、2024年2月には国民党(PP)がカタルーニャ自治州政府の民泊規制に関する法律が憲法に違反しているとして、憲法裁判所に提訴し、現在も審理が続いている。カタルーニャ共和主義左翼(ERC)は、かつて独立をめぐる投票で話題になったが、民泊規制に賛成の立場だ。一方、ジャウマ・コルボニ市長が所属する社会党(PSC)は、国民党と同様に独立には反対しているが、民泊規制については意見が分かれている。ただし、国民党を除けば、ほとんどの政党は民泊規制を進める立場を取っている。

 その理由は、観光業に伴う貧困問題にある。バルセロナ市の統計によると、2022年の従業員の年間総給与は次のようになっている。

●バルセロナ市
・観光業の平均年収:2万2467ユーロ
・その他の業種の平均年収:3万3966ユーロ

●バルセロナ地域全体(県)
・観光業の平均年収:2万1746ユーロ
・その他の業種の平均年収:3万550ユーロ

●バルセロナ広域観光圏
・観光業の平均年収:2万5771ユーロ
・その他の業種の平均年収:2万9949ユーロ

 つまり、観光業は雇用を生み出す一方で、その依存度が高まるほど

「低賃金の労働者」

が増えるという結果を招いている。この観点から、民泊規制は単なる観光業の抑制策にとどまらず、ゆがんだ労働市場や住宅市場を是正するための

「包括的な都市政策」

として理解すべきだ。

 いずれにしても、オーバーツーリズム対策としてバルセロナ市で実施されている民泊規制強化の方針は、他の国々でも進められている。例えば、ポルトガルのリスボンでは観光用賃貸物件の増加によって住民が家賃の大幅な値上げに直面し、郊外への移住を余儀なくされているため、住民運動が活発になり規制を求める声が強まっている。

“インバウンド至上主義”の終息

京都(画像:Pexels)

京都(画像:Pexels)

 オーバーツーリズムが進行するなかで、宿泊施設の増加が問題視され、各地で危機感が高まっている。

 日本では、2018年に施行された住宅宿泊事業法により、民泊営業が年間180日までに制限され、さらに各自治体が独自の規制を導入することで、賃貸物件が民泊に転用されて家賃が高騰する問題を抑制できている。しかし、多くの国々では、オーバーツーリズムが混雑を引き起こすだけでなく、住む場所さえ奪う深刻な状況を生み出している。

 このような状況のなかで、バルセロナ市の民泊規制は、グローバル観光時代における都市のあり方を問う重要な問題となっている。住宅を投資商品ではなく

「生活インフラ」

として再定義する動きは、観光都市が直面する構造的な課題に対するひとつの答えといえる。しかし、その成否は単なる規制だけでなく、包括的な都市政策の展開にかかっている。

・観光による経済的利益
・市民の居住権

の両立は、多くの都市が今後直面する課題であろう。

 日本でも、京都の町家を宿泊施設に転用する動きや、東京のホテル代の高騰が問題となっている。観光業が見た目以上に大きな産業となり、低賃金や不安定な雇用を生み出していることは明らかだ。

 このような現状を踏まえ、他国の例を参考にして大胆な政策転換を行うべき時期が来ているのではないだろうか。今求められているのは“インバウンド至上主義”からの脱却と、

「この土地は誰のためのものか」

を再考することだ。

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