中東の航空会社がこぞって「欧州サッカーチーム」のスポンサーになっている根本理由

中東航空、欧州クラブへ浸透

現在の塗装のエミレーツ航空のエアバスA380(画像:Bahnfrend)

現在の塗装のエミレーツ航空のエアバスA380(画像:Bahnfrend)

 イングランドのプレミアリーグや欧州チャンピオンズリーグを見ていると、強豪チームのユニホームに「Fly Emirates」や「ETIHAD」、「Qatar Airways」といった中東の航空会社のロゴをよく見かける。

 これらのスポンサーシップは2000年代以降に始まり、現在では欧州全域に広がっており、単なるユニホームスポンサーにとどまらず、さまざまなキャンペーンも展開されるようになっている。

 では、中東の航空会社が欧州のビッグクラブを支援し始めた背景と、現在どれくらいの影響力を持っているのか。本稿で簡単に解説する。

サッカー界の支配力

海外サッカーのイメージ(画像:Pexels)

海外サッカーのイメージ(画像:Pexels)

 中東の航空会社がサッカーチームに対していかに大きな影響力を持っているかを示す例として、スペインのウェブメディア「Finance Football」に掲載された、2024~2025年シーズンのユニホームスポンサー金額ランキングを見てみよう。

・1位:エミレーツ航空とレアル・マドリード(約7600万ドル)★
・2位:スポティファイ(音楽配信)とバルセロナ(約7000万ドル)
・2位:スナップドラゴン(半導体)とマンチェスター・ユナイテッド(約7000万ドル)
・4位:カタール航空とパリ・サンジェルマン(約8000万ドル)★
・5位:エティハド航空とマンチェスター・シティ(約6850万ドル)★
・6位:スタンダード・チャータード(金融)とリバプール(約5850万ドル)
・6位:エミレーツ航空とアーセナル(約5850万ドル)★
・8位:Tモバイル(通信)とバイエルン・ミュンヘン(約5000万ドル)
・9位:AIA(保険)とトッテナム(約4500万ドル)
・10位:リヤド航空とアトレティコ・マドリード(約4000万ドル)★

上位10位のうち、実に五つが中東の航空会社による契約となっている(★。いずれも数年単位の複数年契約)。エミレーツ航空は唯一ふたつのクラブと契約しており、さらにイタリアのACミラン、ポルトガルのベンフィカ、フランスのオリンピック・リヨンともスポンサー契約を結んでおり、強い影響力を誇る。

 特にアーセナルとの契約は2006年から始まり、2028年まで続く長期契約となっている。この契約はプレミアリーグ全クラブの中で最も長いものであり、ホームスタジアムの名称にも影響を与えるほど重要な関係だ。

 本拠地のスタジアム名にもなっているのが、5位のエティハド航空だ。マンチェスター・シティはこの20年で力をつけ、欧州屈指のクラブに成長したが、2003年に設立されたエティハド航空とのタイアップは、両者の躍進を象徴する関係となっている。

 エミレーツ航空とエティハド航空のライバルであるカタール航空は、カタール政府が支援するパリ・サンジェルマンに巨額の資金を提供しており、同社はかつてFCバルセロナのユニホームスポンサーでもあった。また、現在では国際サッカー連盟(FIFA)ワールドカップのメインスポンサーのひとつとしても有名だ。

 さらに、10位にランクインしているリヤド航空は、サウジアラビア政府の改革プラン「ビジョン2030」に基づいて設立された航空会社で、2025年に就航予定だ。現時点では路線がないが、運航開始後には一気に知名度を上げ、ドバイやドーハに負けないハブを作ることを目的としている。そのため、数十億円規模の高額なスポンサー契約を結んでいる。

 また、トルコ航空も欧州サッカー連盟(UEFA) EUROや欧州チャンピオンズリーグのスポンサーとして知られている。

スタジアム命名権もクラブの収入源

カタール航空のエアバスA380(画像:Bahnfrend)

カタール航空のエアバスA380(画像:Bahnfrend)

 選手の移籍金や給与で膨大な金額が動く欧州のサッカークラブにとって、中東の航空会社からの巨額なスポンサー料は重要な財源となっている。

 特にアトレティコ・マドリードにとって、リヤド航空からのスポンサー料は大きな意味を持つ。同クラブは2019年に新スタジアム「メトロポリターノ」を開設し、中国企業とのスポンサー契約の不振も影響して、バルセロナやレアル・マドリードと比較して資金面で不利な立場にあった。

 しかし、2024年にはリヤド航空からの大規模なスポンサー料が後押しとなり、アルゼンチン代表のフリアン・アルバレス選手やイングランド代表のコナー・ギャラガー選手を獲得するなど、大型補強に成功した。

 また、イングランドやスペインの多くのクラブではスタジアムを自ら所有しているため、ネーミングライツによる収益もクラブの収入となる。このため、アーセナルやマンチェスター・シティはユニホームスポンサーだけでなく、スタジアムの命名権からも収益を上げている。

サッカーでブランド強化

海外サッカーのイメージ(画像:Pexels)

海外サッカーのイメージ(画像:Pexels)

 航空会社にとって、世界中にファンを持つ欧州のサッカークラブと提携することで、ブランドの認知度を大きく高めることができる。特に中東の航空会社にとって、欧州市場は重要であり、ドバイやアブダビ、ドーハからの乗り継ぎ需要を拡大するためには、欧州でのプレゼンスを強化することが不可欠だ。

 しかし、2000年代のテロ事件が影響し、アラブ諸国のイメージは悪化し、ビジネスにも影響を及ぼした。例えば、UAEの公営企業が米国の港湾運営権を買収しようとした際、米国大統領の賛成を得ていたにもかかわらず、安全保障上の懸念から議会の反対を受け、最終的に断念した。このような背景から、

「欧米諸国の世論を味方につける」

ことが重要になり、スポーツインフラへの投資が活発になった。その一環として、航空会社とサッカークラブは単なるユニホームスポンサーシップにとどまらず、共同で大規模なキャンペーンを展開するようになった。

 例えば、エミレーツ航空はアーセナルのサポーター向けに「グローバル・ガナーズ」キャンペーンを実施し、無料の航空券や観戦チケットを提供する抽選会を行った。このようなアクションで、アーセナルの世界中のファンにアピールすることに成功している。

 さらに、航空会社だけでなく、就航している国や地域にとっても、ブランド力のあるサッカーチームとの提携は大きな意味を持つ。例えば、レアル・マドリードはドバイ政府の観光キャンペーン「Visit Dubai」のスポンサーとなり、ドバイを「オフィシャル・ディスティネーション」として宣伝している。

 さらに、同クラブの本拠地スタジアムで「Visit Dubai」の看板を掲げるとともに、ドバイにレアル・マドリードのテーマパークを開業する計画も発表しており、双方にとって重要なビジネス関係となっている。

サッカー戦略で観光客増加

エティハド航空のエアバスA380(画像:Richard Vandervord)

エティハド航空のエアバスA380(画像:Richard Vandervord)

 中東の航空会社や政府の取り組みを受け、他の地域の航空会社や政府も同様の戦略を取るようになっている。

 例えば、ルワンダ政府の観光キャンペーン「Visit Rwanda」は、バイエルン・ミュンヘン、アーセナル、パリ・サンジェルマンといったビッグクラブで実施されている。2018年にアーセナルで実施した際、ルワンダへの旅行者数が前年比で5%増加し、投資額をわずか1年で回収する効果を上げた。

 日本では、JALがイングランドの名門リバプールFCのオフィシャルスポンサーとなっている。JALはマイル会員向けに観戦チケットをプレゼントするキャンペーンを行ったり、リバプールFCの本拠地アンフィールドに「JAPAN AIRLINES LOUNGE」を設けたりしている。また、米国ツアー中にはユース世代向けのサッカークリニックも開催し、リバプールFCの活動に積極的に関わっている。

 さらに、JALは国内でも清水エスパルスやコンサドーレ札幌など、いくつかのクラブのスポンサーを務めており、その影響力は国内外に広がっている。サッカーを通じて、

「どれだけ多くの国内外のファンにアピールできるか」

が注目されている。

航空会社の政治リスク、クラブに痛手

海外サッカーのイメージ(画像:Pexels)

海外サッカーのイメージ(画像:Pexels)

 航空会社は経済や世界情勢の影響を受けやすく、ときにはサッカークラブに

「予期しない損失」

をもたらすことがある。例えば、マンチェスター・ユナイテッドは2017年にロシアのアエロフロートとスポンサー契約を結び、2023年までの6年間で約4000万ポンド(当時のレートで約61億円)の契約を締結していた。

 この契約額は、アトレティコ・マドリードとリヤド航空の契約とほぼ同じ規模で、年数に違いがあるものの(リヤド航空の契約は2024年から2027年まで)、かなりの大型契約だった。

 しかし、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻により状況は一変。マンチェスター・ユナイテッドの株価は侵攻後、約2週間で7%も下落し、クラブは契約を途中で破棄せざるを得なくなった。その結果、約12億円の損失を被ることとなった。

 航空会社は、依然として本拠地を置く国や地域の象徴と見なされることが多いため、カントリーリスクが問題となるケースもある。

サッカーで広がる広告戦略

リヤド航空のボーイング787-9、2023年ドバイ航空ショーにて(画像:Mztourist)

リヤド航空のボーイング787-9、2023年ドバイ航空ショーにて(画像:Mztourist)

 中東のエミレーツ航空、カタール航空、エティハド航空などの航空会社によるスポンサーシップは、資金力の豊富さやキャンペーンの実施面で、今や欧州の有名クラブにとって欠かせない存在となっている。

 アエロフロートのようにカントリーリスクの懸念もあるが、移籍金の高騰や補強費用の増加といった要因を考えると、航空会社とのスポンサーシップはますます重要なものになるだろう。

 特に、ルワンダやドバイの観光キャンペーンが欧州の有名サッカークラブのスポンサーになっている事例は、観光立国を目指す日本にとっても注目すべきポイントだ。欧州のクラブのVIP席に座るファンは、富裕層や有名人が多いため、広告としての効果が期待できる可能性もある。

 また、サッカーファンなら、応援しているクラブのスポンサーに注目するのも面白いかもしれない。補強の動向やリーグ観戦、オフシーズンの補強活動に関心を持つことで、さらに楽しめる要素が増えるだろう。興味があれば、一度調べてみるといいだろう。

●参考文献
“Top 10 Biggest Shirt Sponsorship Deals 2024-2025” FINANCE FOOTBALL, August 26,2024(2024年11月3日参照)

“Ten of the biggest airline sponsorships in football” Airport Technologies、November 29, 2023(2024年11月3日参照)

“Real Madrid nets Visit Dubai tourism sponsorship agreement” Sportcal, October 5, 2023(2024年11月3日参照)

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