青春18きっぷ“改悪”で失われる「豊かな旅」 ネットで不満大噴出、大幅ルール改変の裏にあるJRの狙いとは
遠のく鉄道利用
JRグループが格安乗車券「青春18きっぷ」の利用ルールを改変したことに、反発の声が高まっている。
従来は1枚当たり5回分の効力をばらばらの日に使ったり、複数人でシェアして同じ日に使ったりすることも可能だったが、新ルールでは連続した3日間または5日間に限られ、利用人数も1枚につきひとりに限定されることになった。
自由度の高さが売りで、「18」の名称に反し幅広い年齢層に受け入れられてきた青春18きっぷ。改変は鉄道による
「旅行のハードル」
を上げ、将来の鉄道利用の機運をも損じかねない。
鉄道利用促進の”メディア”
青春18きっぷは、JR旅客6社が年3回、春・夏・冬のシーズンに発売するお得な乗車券である。特急や新幹線など、特別料金を必要とする列車には原則として乗れない代わりに、普通列車(快速なども含む)ならば全国のJR全線に乗ることができ、工夫次第で普通運賃の数倍の距離を移動することもできる。
これまでの利用期間は、
・春季:3月1日~4月10日
・夏季:7月20日~9月10日
・冬季:12月10日~1月10日
で、価格は1万2050円。従来のルールでは、1枚で5回分の効力があり、使う際に駅の有人改札で日付のスタンプを押してもらう仕組みだった。ひとりで使うだけでなく、例えば
・5人グループで日帰りしたり
・ふたりで2日間の旅行に出て、残りの1回分をひとりが日帰りに使ったり
と、自在な利用方法があった。
その歴史は古く、国鉄時代の1982(昭和57)年3月にさかのぼる。名称や利用期間からもわかるように、長期休暇で時間に余裕のある学生に、所要時間のかかる普通列車で
「のんびり旅行してもらおう」
との狙いがあった。当時は既に長距離旅客は新幹線や特急にシフトしており、比較的空いていた普通列車の有効活用の側面もあったとされる。
一方で近年は、若い世代にとどまらず幅広い年齢層が利用しており、この二十数年は中高年の利用が多数を占めてきた。青春18きっぷのJR6社の発売枚数は、毎年60万~70万枚台で推移しているという。年間売り上げ70億円超の人気商品だ。
発売期間に全国のJRの駅に掲出されるポスターも、叙情的な写真と巧みなキャッチコピーで人気を集めてきた。
「はじめての一人旅を、人は一生、忘れない。」
「『ゆっくり行きましょう』と列車に言われた夏でした。」
「大人には、いい休暇をとる、という宿題があります。」
「冒険に、年齢制限はありません。」
などだ。
「旅情を誘うという」
意味では、青春18きっぷの存在は、ひとつのお得な乗車券にとどまらず、鉄道利用を促進する“メディア”の役割を果たしてきたといえるだろう。
自由度の減少に反発続出
ところが、10月24日にJR旅客6社が発表した冬季青春18きっぷのリリースによると、今度の冬季発売から、
「ひとりの連続利用」
に限られることになった。1か月の利用期間の好きな日に1日ずつ計5回利用したり、1枚を複数人で共用したりすることはできなくなる。
利用期間は変わらず12月10日から翌年1月10日までで、価格も5日分が1万2050円と従来通り。さらに、短期間の旅行にも使える「3日分」も1万円で新たに設定された。これまで使えなかった自動改札の使用が可能になるメリットもある。
とはいえ、今回のルール変更は、多くの利用者の旅行欲を喚起し、鉄道利用の自由度を担保してきた青春18きっぷの根幹に関わるものといえるだろう。発表直後から、SNS上には
「改悪」
「(今までとは)完全に別物」
など、否定的な意見が多く寄せられた。
「日帰り旅行ができなくなる」
「3日や5日を連続して休めない社会人には使いづらくなる」
など、端的な不便を挙げた意見や、
「(もともとの対象層である)高校生が2泊3日や4泊5日の旅が気軽にできるわけがない」
「高校生が複数人集まって日帰りみたいな利用方法ができなくなる」
など、若い世代の鉄道離れを懸念する声もあった。
「十人十色の使い方で楽しめたのに…」
「一番の魅力である自由さがなくなった」
と、従来の青春18きっぷの「趣旨」を踏まえた見解も提示された。
NHKなどのメディアも利用者の反応を報道したほか、元のルールに戻すようネットで署名を集める動きも表れた。「一商品」に対する反応としては異例といえる。
三セク乗車と省力化のはざま
今回のルール変更の問題点を三つに分けて整理したい。
1.利用者とJRの「改善要望」が一致していない。
2.既存のユーザーのニーズを反映した変更になっていない。
3.実質的な「値上げ」を含む変更について、理由や狙いが十分に説明されていない。
まず(1)について。青春18きっぷは自由度が高いとはいえ、実は近年は使いづらくなり、改善を求める声もあった。大きな理由のひとつが、整備新幹線の開業にともなう
「並行在来線の第3セクター鉄道化(JRからの経営分離)」
だ。北陸新幹線、東北新幹線、九州新幹線、北海道新幹線の開業にともない、並行する信越本線、北陸本線、東北本線、鹿児島本線、江差線がJRから地元の第3セクターに移管され、青春18きっぷの利用範囲から次々に除外されてきた。その総距離は
「800km」
を超える。一部では、三セク鉄道に囲まれ「飛び地」のように残されたJR区間に乗れるよう、三セク鉄道の通過を認めた区間もあるが、あくまで例外だ。
こうした状況が進むにつれ、青春18きっぷユーザーからは
「多少値段が高くなってもいいから、並行在来線の三セク鉄道にも乗れるようにしてほしい」
といった声が上がっていた。JRと三セクの共同利用には例があり、JR東日本が発売する「週末パス」が挙げられる。関東甲信越から南東北にかけてのJRと14の鉄道に乗れるフリー乗車券である。
JR以外の鉄道会社への運賃配分は明らかにされていないが、ある鉄道会社によると、1枚につき数円の売り上げが割り当てられるといわれる。正規の運賃に比べればわずかな額だが、その鉄道に乗らない人からも収入が得られることから、参画する会社にも十分メリットがあるという。こうした仕組みは青春18きっぷにも応用できるだろう。
しかしながら、今回のルール変更においては、こうした課題には全く対処されていない。むしろ、
「JR側の省力化」
を進めることが主眼だったといえる。具体的には、自動改札の通過を可能にすることで、有人改札の負担を軽減することだ。これまで青春18きっぷの利用期間に、有人改札を通ろうとする客が行列し、混雑が課題となっていたことは事実だ。
一方で、「一定の期間内から任意の5日を選ぶ」という利用方法は自動改札機になじまず、あらかじめ利用する日付と日数を決めておく必要が生じた。「連続3日」「連続5日」「複数人でなくひとり限定」の新ルールは、自動改札の機能に基づく。鉄道現場の人手不足もあり、有人改札の混雑解消のために青春18きっぷの自由度が犠牲になった形だ。
「(値段は上がっても)並行在来線の三セク鉄道に乗れるようにしてほしい」
というユーザーの要望と、駅などの現場の省力化を目指したいJR側の問題意識は、全く重ならなかった。商品開発・提供においては不幸なケースといえるだろう。
転売対策が利便性を阻害
もとより、青春18きっぷ利用期間の有人改札の混雑は、利用者にとっても解決してほしい課題だった。最も単純な解決法は、1枚で5日分でなく、1セット5枚にし、1回ずつバラして使えるようにすることだ。
とはいえ、これはかなわない。バラで転売される懸念があるからだ。長年の愛用者にはいうまでもないが、1995(平成7)~1996年冬季までの青春18きっぷは「5枚つづり」で発売され、1回の利用ごとに1枚の券を使う仕組みだった。明快な仕組みだったが、金券ショップなどが大量購入しバラ売りするケースが当時も多く、問題視されていた。
「1枚化」以降も、回数の余った青春18きっぷが金券ショップやネットオークション、フリマアプリなどで転売されるケースは相次ぎ、転売対策は青春18きっぷに付いて回った。一部ではクレジットカードで購入された青春18きっぷが安値で転売されることもあり、違法性の高いクレジットカードの現金化を助長する恐れもあった。
今回のルール変更は、一部の逸脱行為のために、
「正当な利用者の利便性」
が阻害された側面もある。とはいえ、利便性を損なうことなく転売対策も備える方法はあったのではないか。
例えば、ICカード乗車券の利用だ。青春18きっぷの利用者で有人改札が混雑するのは都市部の主要駅が多く、それらの大半はICカードに対応している。記名式ICカードに青春18きっぷの情報を搭載すれば、転売対策もより実効的になるだろう。こうした工夫がなされなかったことには、JR側の消極姿勢をうかがわせる。
果たされないJRの説明責任
ふたつ目の問題点は、既存のユーザーのニーズを反映した変更になっていないことである。上記の通り、三セク化への未対応など、いまだ実現されていないニーズもあるが、それにも増して、今回のルール変更は既存のニーズからも外れてしまった。
それが、再三述べた通り「期間内の任意の日程で利用できる」点だ。1か月ないし1か月半以上にわたる期間中、好きなタイミングで5回の鉄道旅行ができる。これは類例の少ないユニークな「商品」である。
例えば、こんな使い方をする人がいる。購入の時点では3日程度しか利用の予定は決まっていなくても、取りあえず青春18きっぷを手にし、残りの2回分を
「後から考える」
というものだ。予定があって乗車券を買うのではなく、既に買った乗車券を基に旅行の動機付けがなされる。ユーザーの商品に対する期待感や信頼度をよく表している。
こうした使い方を、JRは熟知しているはずである。というのも、青春18きっぷの購入者にアンケート用紙を配布し、利用日や利用区間、利用目的、性別、年齢などを問うているからだ。少なくとも二十数年分の蓄積が残されていると見られる。
しかしながら、これまでその結果が公表されたことはない。今回の「連続利用」「3日用の設定」というルール変更に、アンケート結果が反映されたのかどうかもわからない。利用者に協力を求めながら、
「不誠実」
だったといわざるを得ない。アンケート結果に誠実に向き合い分析していれば、今回のような反発は生まなかったかもしれない。
問題点の三つ目は、効力に制限が増え実質的な「値上げ」と捉えられるにもかかわらず、その理由や狙いが十分に説明されていないことだ。
JR各社のリリースには「リニューアルした『青春18きっぷ』と『青春18きっぷ北海道新幹線オプション券』で冬の鉄道旅をお楽しみください」とあるだけで、デメリットが生じたことには触れられていない。辛うじて括弧書きで
「1枚を複数人でご利用いただくことや、1枚購入してこどもふたりでご利用いただくことはできません」
とあるばかりである。
これでは今後も混乱を招きかねない。従来との変更点などを対照表にして詳説すべき大幅なルール変更にもかかわらず説明不足、不誠実さの感は否めない。
JR全体を象徴する商品
当然ながら青春18きっぷは数ある商品のひとつであり、営業実績などに従って改廃をともなうのも自然なことだ。しかし同時に40年超にわたって定着した商品ゆえ、扱いを軽んじれば今後の鉄道利用そのものにも響きかねない。
SNS上では利便性の悪化を嘆く声とともに、
「入門者のハードルを上げることが、将来の利用者の減少につながる」
と、長期的な視野に立った批判も見られる。近年のJR各社には、
「将来の鉄道ユーザーを育てる」
施策に欠けている。JR東日本の「大人の休日倶楽部」やJR各社の「ジパング倶楽部」など、手厚い中高年向けのサービスに対し、若い世代への優遇策は少ない。全年齢向けの青春18きっぷが「最後のとりで」になっているのが現状だ。
拙稿「「鉄道旅行」の少ない今の若者は、将来新幹線の“ヘビーユーザー”になってくれるのか? という根本疑問」(2024年4月6日配信)でも述べたように、現在、「ジパング倶楽部」の会員となり各地を旅行する人々は、若い頃に「周遊券」などの格安サービスを享受し、鉄道旅行の便利さと楽しさを経験できた世代だ。その「周遊券」も既になく、航空各社の割引制度や格安航空会社(LCC)、高速バスが充実した今、鉄道を利用する契機は相対的に低下した。
こうした状況にあって、安価な上に自由度の高い青春18きっぷは、鉄道に詳しくないライトユーザーにも鉄道利用の間口を広げる貴重な存在だ。知名度の高い青春18きっぷは、JR全体を象徴する貴重なブランドともいえる。
今回のルール変更を受け、青春18きっぷの最大の魅力が「安さ」にも増して
「自由度」
にある、との意見がSNSを中心に展開されたことは、注目に値する。青春18きっぷが実利にとどまらず、楽しみや文化までも提供してきた功績を、改めて認識したい。
課題とされてきた並行在来線の利用問題が解決されないまま、特長だったはずの自由度も低下しては、ユーザーが離反し、青春18きっぷが自然消滅することも視野に入る。そうなったとき、利用者はJRの新幹線や特急でなく、より楽しく柔軟性のある他交通機関に流れかねない、ということをJR各社は意識すべきだろう。
10/29 11:51
Merkmal