自衛隊「職務中の死亡事故」はなぜ止まらないのか?4月のヘリ墜落で8人死亡、背後に潜む人災の実態とは

避けられた自衛官の死

SH60K(画像:写真AC)

SH60K(画像:写真AC)

 近年、自衛官の殉職事故が相次いでいる。

 自衛隊の任務は過酷であり、どんなに注意を払っても訓練中に一定の確率で事故が起こるのは避けられない。しかし、適切な対策を講じれば、多くの事故は未然に防げるのも事実だ。

 それにもかかわらず、自衛隊がこれらの殉職事故に対して真剣に反省し、十分な対策をとっているようには思えない。多くの事故では、直接的な原因にしか触れられず、もっと

「根本的な問題」

が放置されているように感じられる。自衛隊の殉職事故には、背景に人災がなかったのだろうか。

 自衛隊の任務は過酷で、訓練中には防ぎようのない不運な事故もあるだろう。しかし、最近の殉職事故には、人為的な過失が疑われるケースも見られる。例えば、

「手りゅう弾訓練事故」

のように、人災の可能性がある事故でも、公開されている事故報告書にはその点が十分に触れられていないように感じる。

衝突事故の背後に潜むリスク

2024年7月9日、海上幕僚監部「海上自衛隊のヘリコプター墜落事故について」(画像:海上自衛隊)

2024年7月9日、海上幕僚監部「海上自衛隊のヘリコプター墜落事故について」(画像:海上自衛隊)

 2024年4月20日22時半すぎ、伊豆諸島の鳥島東方海域で海上自衛隊の作戦能力を評価する「査閲」の一環として行われた潜水艦の探知・追尾訓練中、現場付近を飛行していた哨戒ヘリ3機のうち、SH60K型の2機が衝突し、乗員計8人が死亡した。

 事故調査報告書によると、原因は安全運航の基本である

「乗員の見張りが不適切」

だったことにある。視認した目標についての機長への報告や乗員間の情報共有が十分ではなく、それぞれが相手機との距離を誤認していた可能性が指摘されている。また、高度管理も不十分だったとされている。2機はそれぞれ異なる指揮官の下で訓練に参加しており、指揮官は衝突回避のために高度差を確保するように指示していなかった。

 この調査結果は、事故原因の「川下」だけを見ており、「上流」にある構造的な問題には触れていない。例えば、他国の海軍の哨戒ヘリは一般にソノブイ(音を探知し電波で伝える小型ブイ)を海に投下して目標を特定し、その後ヘリからデッピングソナーを使用して潜水艦を探知する。しかし、海上自衛隊の哨戒ヘリではソノブイをほとんど使用せず、デッピングソナーを多く使用している。

 デッピングソナーを使用する場合は低空でホバリングをしなければならず、クルーは細心の注意が求められる。そのため、クルーの疲労が大きくなる可能性がある。本来はソノブイを投下すれば済むところを、デッピングソナーの過度な使用が事故を引き起こしたのではないか。

 また、ソノブイを投下する場合は両機が同じ高度で飛行する必要はないが、デッピングソナーを使用する場合は同じ高度で飛ぶことになり、接触事故が起きやすくなる。特に夜間であれば、そのリスクはさらに高まる。さらに、海上自衛隊が調達しているソノブイの数は、米海軍と比べて極端に少ない。

改善ゼロの国産ソノブイ

 海自がソノブイを使用しない理由は、国産のソノブイが米国製の何倍も高価でありながら、性能が劣っているからだ。その低性能のソノブイは、海自が誇る哨戒機P-1でも使用されている。10年以上前に聞いた話では、海自が米国主催の演習「リムパック」に参加する際には、国産のソノブイでは太刀打ちできないため、米国製のものを使っている。

 国産ソノブイにはパッシブとアクティブの2種類があり、

・沖電気
・NEC

がそれぞれ役割を分担している。しかし、輸出は行っておらず、国内市場は小さいため競争がない。一般的な国であれば、一社で完結する仕事を二社で分け合っているため、開発研究費は半分になり、同じ研究が重複して行われている。

 さらに、規模が小さいため、両社とも音響工学の博士号を持つ社員がいないというのは、欧米のメーカーでは考えられないことだ。ちなみに、P-1用のソノブイの解析装置は国産では十分な性能が出せず、外国製をライセンス導入している。

 両社はソナーも製造しているが、性能はやはり低い。海自のイージス艦は、イージスシステムの一部として米国製のソナーを使用しており、基本設計は古いものの、最新型の国産ソナーでは太刀打ちできない。イージス艦のソナーで探知できる潜水艦が、国産ソナーを搭載した汎用(はんよう)護衛艦では探知できないことが多い。米国製は素子などに最新型を使用しているが、ソフトの面で大きく劣っている。

 米海軍が使用するソノブイは随時改良が加えられているが、海自が使用している国産ソノブイは長年改良されていない。これは、顧客が海自だけであり、同じ市場を二社で分け合っているため、開発費が投じられないからだ。

止まらない税金の浪費

2024年4月、陸上自衛隊自衛官候補生による発砲事案調査委員会「陸上自衛隊自衛官候補生による発砲事案調査報告書について」(画像:陸上自衛隊)

2024年4月、陸上自衛隊自衛官候補生による発砲事案調査委員会「陸上自衛隊自衛官候補生による発砲事案調査報告書について」(画像:陸上自衛隊)

 両社を維持するために無駄な調達も行われている。ヘリコプター搭載護衛艦「いずも」級の2隻には、不要なNEC製のバウソナーが装備された。初めの計画では、艦隊の旗艦として艦隊の中央に位置するいずも級にはバウソナーは必要ないとされていたが、

「大人の事情」

で1基100億円以上のソナーが装備されることになった。このソナーは表面がゴムで覆われており、数年おきに取り換える必要があるため、多額の費用がかかる。また、不要なソナー要員も必要となる。イージス艦ですら充足率が6割程度にすぎないのに、不要なソナー要員を配備しなければならない。これほどまでに売り上げを増やさなければならないのなら、両社の事業統合を行うべきだろう。

 しかし、防衛省は両社の事業を統合して能力や生産性を高めようとはしない。筆者(清谷信一、防衛ジャーナリスト)は2024年、木原稔防衛大臣にこの問題をただしたが、

「事業統合は民間の問題」

との認識を示した。唯一のユーザーである自衛隊が調達側としての意識を欠いているため、将来も低性能で高価格のソノブイやソナーを調達し続けて税金を浪費しても構わないと公言しているのと同じだ。もちろん、ソノブイの問題が直接的に事故の原因とはいわないが、原因をさかのぼれば関係がないともいえない。「川下」の問題だけを見れば、同様の事故は今後も起こるだろう。

 2023年6月、岐阜市の陸上自衛隊の射撃場で、実弾射撃の訓練中に隊員が小銃で銃撃され、ふたりが死亡、ひとりが重傷を負った事件が発生した。犯人の19歳の元自衛官候補生は、弾薬を奪おうと考え小銃を発射したとして、強盗殺人などの罪で起訴されている。

 2024年4月、陸自は内部に設置した調査委員会の報告書を公表した。これによると、元自衛官候補生が所属していた部隊では、規則に基づいて適切な服務指導が行われていたが、

「武器を持つことの自覚と心構え」

が元候補生には養成されていなかったとされている。

現場任せの危険性

陸上自衛隊(画像:写真AC)

陸上自衛隊(画像:写真AC)

 だが、これは現場に責任を押し付けているだけではないか。

 他国の軍隊では、射撃訓練の際に教官が不測の事態に備えてヘルメットや防弾ベストを着用しているが、これがなかった。また、救急車も用意されておらず、衛生支援計画も立てていなかった。このような安全措置をとっていれば、

「助かる命」

があった可能性が高い。陸幕はこうした基本的な安全対策を怠ってきたといえる。

 これらの事案に共通しているのは、現場だけを見て、

「現場に責任を押し付けようとしている」

点だ。事故の直接的な原因だけでなく、その「川上」に構造的な問題が存在しているにもかかわらず、それを無視している。これを直視すると、組織全体の見直しが必要になるからだろう。

 さらにさかのぼると人員不足の問題もある。部隊や各種機関では充足率が非常に低い状態だ。人員が不足し、長時間労働を強いられる現場も多く、疲労が蓄積したり、目が届かずにミスが多発したりするのは当然のことだ。

 事故を起こした海自の護衛艦搭載ヘリのクルーになるのは非常に難しい。海上の揺れる護衛艦からの離着艦、特に夜間や悪天候での離発着は厳しい。さらに、狭い艦内での長期の勤務に耐える必要もある。このため、地上のヘリ部隊よりも厳しい適性が求められる。その艦載ヘリのクルーも不足しており、現場にかかる負担は大きくなっている。

医官不足で部隊崩壊危機

海上自衛隊(画像:写真AC)

海上自衛隊(画像:写真AC)

 海自では、イージス艦の乗員は6割程度しかいない。乗組員の負担を軽減するために、もがみ級では本来3隻に4組のクルーを用意する予定だったが、実際にはそれが実現していない。

 筆者は、会見で当時の酒井海幕長や木原大臣にその理由を尋ねたが、回答は得られなかった。陸自の北部部隊では、定員の約45%しか充足されていない部隊もあり、その結果、部隊としての機能が崩壊している。

 医官についても、部隊の医官の充足率は2割強にとどまり、護衛艦や潜水艦には本来定員としている医官が乗り組んでいない。例外は海外派遣の場合のみで、航空医学や潜水医学といった自衛隊にとって重要な専門分野の医官は現在ひとりもいなくなっている。

 こうした状況に嫌気がさして自衛隊を去る隊員が非常に多い。組織の問題点や改善点を指摘すると、

「危険分子」

としていじめやパワハラ、セクハラの対象になることがある。それを理由に辞めようとすると問題視されるため、辞職理由を

「一身上の都合」

とする。だから防衛省は、大量に隊員が辞める理由を把握できていない。財務省から指摘されて渋々対策を講じるが、効果は上がっていない。

 その結果、残された隊員にはさらに負担がのしかかる。殉職事故の背景には、この

「病んだ組織文化」

があるのではないか。殉職事故を防ぐためには、その現場の原因だけでなく、背景や根本的な問題をしっかりと把握し、真摯(しんし)に反省することが重要だ。

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