東京メトロの上場、果たして成功か? 多角化進むも「鉄道収入依存」高いまま、有価証券報告書が記す「事業リスク」とは
東京メトロ新たな飛躍
東京地下鉄(東京メトロ)は10月23日、東証プライム市場に上場した。初値は1株1630円で、売り出し価格の1200円を35.8%上回り、時価総額は9470億円に達した。初日は1株1739円で取引を終えた。
そんな東京メトロの上場が実現したのは、ふたつの延伸計画が具体化しているからだ。
●有楽町線延伸計画
区間:豊洲駅~住吉駅
延長:4.8km
新設駅:(仮称)枝川駅、(仮称)千石駅
●南北線延伸計画
区間:白金高輪駅~品川駅
延長:2.5km
これらの新線計画は、2030年代半ばの開業を目指しており、2025年にも着工が見込まれている。この計画が上場実現の大きな理由となった。
東京メトロは2008(平成20)年の副都心線開業以降、新線建設を行わない方針を採っていた。しかし、2010年代に入ると、国が東京の国際競争力強化を目指して鉄道ネットワークの整備を進めるなかで、この方針が見直されることになった。
そのなかで、上記の2路線の建設計画が進展し、国による地下高速鉄道整備事業費の補助や財政投融資を通じて資金調達が行われ、東京メトロは新線建設を決断するに至った。
株式売却の狙い
こうしたなか、国土交通省では2021年3月に「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等について」の取りまとめを公表、ここでは、新線建設にあたっての東京メトロの役割を示した上で、株式売却に関して次のような方針が示された。
このような状況のなか、国土交通省は2021年3月に「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等について」の取りまとめを発表した。ここでは、新線建設における東京メトロの役割を明示し、株式売却に関する方針が示された。
「東京メトロの完全民営化の方針は、既にこれまでの累次の閣議決定や東京地下鉄株式会社法において規定されているところである。東京メトロ株式の上場は、東京メトロ完全民営化の効果を最大限発現させるためのものであり、より多様な株主を受け入れることによる多角的な事業運営を通じて、利用者サービスの更なる向上を図る観点や、経営のレジリエンスを高める観点、そして企業価値の向上を図る観点からも進めていく必要がある。また、復興財源確保法において国が保有する東京メトロ株式の売却収入を復興債の償還費用への充当期限が令和9年度と規定されているところ、復興財源を確保し、将来世代に負担を先送りしないためにも、株式売却を早期に進めていく必要がある」
ここでは、国と東京都が当面の間、株式の半分を保持し、影響力を維持することが保証されている。この方針は、公共性を保ちながら経営の効率化を図る巧妙な戦略を示している。国と東京都が株式の50%を持つことで、公共交通としての責任を果たしつつ、民間の経営手法を取り入れて効率化を目指している。
同時に、東京メトロは新規株式発行による資金調達を行い、新線建設を債務を増やさずに進める体制を整えた。これにより、事業の拡大と財務の健全性を両立させることができる。
さらに、現在の株式市場の好調は、国と東京都にとって株式売却の絶好のチャンスとなっている。これは
・公共資産の効率的な運用
・震災復興資金の確保
というふたつの課題を同時に解決する機会となっている。
ロンドン地下鉄の教訓
東京メトロの株式上場は、公共性の維持と経営効率化を両立させるという野心的な試みだ。しかし、公共交通の民営化が必ずしも成功するわけではない。果たして東京メトロの上場はどのような結果をもたらすのだろうか。この問いに答えるために、他国の事例を見てみよう。
公共交通の民営化の結果は、国や地域によって大きく異なる。例えば、英国のロンドン地下鉄の事例は、民営化の難しさを示している。2003年、ロンドンでは運営を公共機関が続ける一方で、施設の建設と維持をパブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)という形で民間が行う制度が導入された。
この制度はインフラと運行を分ける特殊な形態だったが、コスト管理の失敗によって早々に破綻し、2010年には元の公共主体の制度に戻された。この失敗例は、公共交通における官民連携の難しさを浮き彫りにしている。
一方、成功例として挙げられるのが香港のMTR(Mass Transit Railway)だ。2000年に民営化されたMTRは、鉄道事業と不動産開発を
「一体化」
させた経営モデルを確立した。不動産収入を運営費に充てることで経営の安定を実現しているが、この成功は香港の高い人口密度という特殊な環境による部分が大きい。
東京メトロは、これらの事例とは異なる独自のアプローチを取っている。公共部門の影響力を一定程度維持しながら、民間の資金と経営手法を段階的に導入する民営化を目指している。この手法が成功するかどうかは、
・公共性の維持
・経営効率化
のバランスをどう取るかにかかっている。また、東京メトロは香港MTRのように不動産開発との一体化も模索しているが、東京の都市構造や法規制の違いを考慮する必要がある。
さらに、ロンドンの事例から学べることは、インフラの維持と運営の一体性の重要性だ。これらの海外の事例は、公共交通の民営化には「正解」がなく、各都市の特性に合わせたアプローチが必要であることを示している。
収益減少の影響
現在、黒字経営を続けている東京メトロは「成功」しているといえる。
しかし、最も懸念される点は、依然として鉄道収入に依存していることだ。多角化を進めているものの、その収益は全体の約1割にすぎない。また、コロナ禍以降、収益自体も減少傾向にある。以下は、最近の決算数値だ。
●2020年3月決算
・営業収益:4331億4700万円
・自己資本比率:40.9%
●2024年3月決算
・営業収益:3892億6700万円
・自己資本比率:33.0%
東京メトロは依然として東京の交通の大動脈として多くの利用者に利用されているが、コロナ禍以降の需要の変化により、状況は深刻さを増している。特に、自己資本比率が
「年間平均で約2ポイント」
低下している点は気になるところだ。東京メトロもこの事実を認識しており、2024年3月期の有価証券報告書では
「事業等のリスク」
としてその旨を記載している。
「首都圏の人口動向については、中長期的には減少傾向となることが予想されています。また、首都圏における就業・就学人口の減少、高齢化の進展等による人口構造の変化や、テレワークやウェブ会議の進展・定着とこれに伴う通勤・移動需要の減少等の社会構造の変化が進んだ場合、さらには今後、首都圏における経済情勢の大きな変化、大企業の本社機能又は政府機関の東京都区部からの移転等が生じた場合には、当社グループの業績等に影響を及ぼす可能性があります」
つまり、東京メトロは今後も東京の人口が維持されるか、あるいは拡大しなければ業績を維持できない企業なのだ。
人口減少時代の挑戦
現在、首都圏で新線建設が進められている背景のひとつは、2016年に国土交通省が出した答申「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」だ。
この答申では、人口減少と高齢化という長期的な社会変化に適応しつつ、国際競争力を維持・強化し、災害に強い都市を造り、他の交通インフラとの連携を図るという複合的な目的が示されている。
東京メトロを含む交通インフラ整備は、単なる移動手段の提供にとどまらず、都市の価値を高めるための戦略的な取り組みと考えるべきだ。
東京メトロが掲げる
・配当性向40%という高水準の株主還元
・乗車証を含む株主優待制度
は、こうした戦略的価値が市場で評価されていることを示している。
人口減少時代を見据えた新線建設と、積極的な株主還元策を両立させることは、公共交通機関としての使命と、上場企業としての株主価値向上の両方を目指す東京メトロの挑戦の始まりを意味している。この試みの成否は、日本における公共交通の未来を占う重要な指標になるだろう。
10/24 05:41
Merkmal