インド航空市場の覇権を失った「ジェットエアウェイズ」 かつての国内シェア1位が辿った破綻劇の裏側とは?

インド航空市場の激闘

2010年にシンガポール・チャンギ空港にアプローチするジェット航空のボーイング737-800型機(画像:Aldo Bidini)

2010年にシンガポール・チャンギ空港にアプローチするジェット航空のボーイング737-800型機(画像:Aldo Bidini)

 経済成長が著しいインドでは、広大な国土と多くの人口を背景に、航空業界の果たす役割が非常に重要だ。実際、インドの航空市場は世界的にも高い成長が期待され、投資家の注目を集めている。

 しかし、同国の航空市場は競争が激しく、シェア1位の航空会社でも倒産する事例が相次いでいる。その一例が、以前

「インドのビール王が築いた「キングフィッシャー航空」はなぜ破綻したのか? 設立6年でシェア20%獲得も、まさかの「給料未払い」に陥った理由とは?」(2024年10月17日配信)

という記事で紹介したキングフィッシャー航空だ。もうひとつの例が、今回取り上げるジェットエアウェイズだ。

 同社は多くの長距離国際線を運航していて、一時はエア・インディアからナショナルフラッグキャリアの地位を奪う勢いがあったが、2010年代に入ると急激に失速した。そして、2019年には運行を終了した。

 本稿では、ジェットエアウェイズがシェア1位を獲得しながらも急速に失速していった理由について述べる。

国内36都市、19都市へ展開

ジェットエアウェイズのロゴ

ジェットエアウェイズのロゴ

 ジェットエアウェイズは1992年、ナラーシュ・ゴーヤル氏によって設立された。

 同社は高品質なサービスと効率的な運行を提供し、国営のエア・インディアが抱えていた欠航や遅延のトラブルに挑みながら、ムンバイを拠点にインド国内での地位を徐々に高めていった。特に、時間の正確さを重視する

・ビジネスマン
・富裕層

から高く評価され、一時はシェアトップの座に君臨した。

 2000年代に入ると、中東、東南アジア、欧州などへの国際線にも進出した。ニューヨーク行きのベルギー・ブリュッセル経由路線や、上海経由のサンフランシスコ行きなど、最盛期には

・国内36都市
・海外19都市

を結ぶ広範なネットワークを構築していた。これらの長距離路線は、同社にとって大きな強みとなっていた。

 さらに、2006年には格安航空会社(LCC)であるエアサハラを500万ドルで買収し、「ジェットライト」と改名。急成長するLCC市場に真っ向から挑む姿勢を見せていた。また、日本への就航はなかったものの、ANAのインド路線とのコードシェアが行われており、公式ウェブサイトには日本語のページも用意されていた。

 このことから、日本市場への関心があったことは間違いない。羽田空港や成田空港の発着枠の拡大にともない、航空ファンのなかにはジェットエアウェイズが日本に初めて就航することを予想していた人も多かった。

LCC台頭で急落

新しい塗装を施したジェットエアウェイズのボーイング737型機(画像:Magentic Manifestations)

新しい塗装を施したジェットエアウェイズのボーイング737型機(画像:Magentic Manifestations)

 インディーゴやスパイスジェットなどのLCCが台頭してきた2010年代以降、ジェットエアウェイズの経営は急激に悪化した。LCCとの値下げ競争に巻き込まれ、国内線を中心に収益性が低下していく。これにより同社の体力は徐々に失われ、強みであった国際線ネットワークも年々縮小していった。

 2018年頃からは経営不安の声が聞こえ始め、2019年3月には4分の1の機体が

「リース料の未払い」

により停止しているとの報告があった。そして2019年4月17日には、国際航空運送協会(IATA)から除名され、アブダビのエティハド航空との提携交渉も破談となった。銀行からの支援も受けられず、同日より破産手続きを開始することになった。

 負債総額は1500億ルピーに達し、1万6558人の正社員が職を失う結果となった。また、123機の飛行機が飛べない事態に陥り、同日深夜には全ての国内線と国際線の運航を翌日から停止すると発表した。

 この突然のキャンセルに対し、エールフランスやKLMオランダ航空はムンバイに向けて臨時便を出すなどして対応した。

マネジメントの迷走と影響

ジェットエアウェイズのボーイング737型機の機内(画像:Paul Hamilton)

ジェットエアウェイズのボーイング737型機の機内(画像:Paul Hamilton)

 では、ジェットエアウェイズはなぜこのような悲惨な末路をたどることになったのだろうか。

 まず、LCCの台頭や燃料費の高騰といった外部要因が考えられる。キングフィッシャー航空の記事でも触れたように、インドではLCCを中心とした競争が激化していた。一方で、地方自治体が燃料費を設定できるルールのため、燃料費が高騰しやすく、航空会社にとって厳しい環境だった。このように、外部要因は大きな影響を与えていたことは間違いない。

 しかし、ジェットエアウェイズの破綻は外部要因だけでなく、内部要因も含まれていた。まず、LCCに参入するために買収したエアサハラについて、当時500万ドルという買収額が高すぎるとの批判が相次いでいた。この買収は創業者のゴーヤル氏が専門家からの警告を無視して進めたもので、先行きに対する不安が広がっていた。結局、エアサハラを引き継いだジェットライトは赤字を垂れ流し、2015年には投資を打ち切られ、同社を苦しめる要因となった。

 さらに、ゴーヤル氏のマネジメントも問題視されていた。エアサハラのように過大な投資を行って負債を増やし、財務状況の悪化を招いていた。また、ビジネスモデルが異なるLCCとフルサービス部門を同時に管理していたため、現場の戦略策定に悪影響を与えていた。

 このため、LCCとフルサービスの顧客層を明確に分けて戦略を描いていたカンタス航空とジェットスター、シンガポール航空とスクートのような成功例に倣えず、どちらの方でも中途半端な戦略に終始してしまった。

市場は世界最大級規模

2012年、ロンドン・ヒースロー空港への進入中のジェットエアウェイズのボーイング777-300ER(画像:Robert Underwood)

2012年、ロンドン・ヒースロー空港への進入中のジェットエアウェイズのボーイング777-300ER(画像:Robert Underwood)

 人口大国のインドは、経済成長が著しく、航空業界もその影響を受けている。IATAの予測によれば、2030年までに中国と米国を抜いて最大の航空旅客市場になる見込みだ。

 しかし、かつて社会主義国家を目指していたインドでは、企業への規制が依然として厳しい。例えば、航空会社が国際線に進出するためには、

・5年以上の就航期間
・20機以上の機材

が必要で、燃料費の税金も州ごとに異なり、地域によっては世界一高い場合もある。このような厳しい規制が、キングフィッシャー航空やジェットエアウェイズなど、かつては市場のトップシェアを誇った企業を倒産に追い込んだ。

 現在、インドを拠点とする長距離国際線は、中東や東南アジアのエアラインに比べ、ハブアンドスポークシステムや高水準のサービスという強みを持つため、競争が難しい。国内市場は成長しているが、海外発着の需要を取りにくく、これが成長の阻害要因となっている。しかし、大型倒産が相次いだことで、ケーススタディーが豊富に存在するのはひとつのプラス要因といえるだろう。

 果たして、世界最大級の航空市場を持つインドから、グローバルで競争力のある航空会社が誕生するのだろうか。今後の展開が注目される市場のひとつだ。

ジャンルで探す