トヨタ、台湾でミニバン生産へ 26年日本輸出開始も、想像以上にぶ厚い「台湾有事リスク」の壁

台湾リスクを抱えた生産体制

2022年10月31日撮影、東京都内の自動車ショールームに掲げられたトヨタのロゴマーク(画像:AFP=時事)

2022年10月31日撮影、東京都内の自動車ショールームに掲げられたトヨタのロゴマーク(画像:AFP=時事)

 トヨタ自動車が、ミニバンのノアとヴォクシーを2026年から台湾の車両生産工場で新たに生産し、日本に輸出する計画を検討していることがわかった。中部経済新聞が9月20日に報じた。

 ノアやヴォクシーは国内の工場でも生産されているが、安定的な車両の生産と供給を維持する観点から、国内と海外で同時並行で生産する体制を強化する狙いがあると見られる。

 国内向けの車両は国内の複数の工場で並行して生産されてきたが、日本向けの車両が国内と海外で並行して生産されるのは異例だ。この計画の狙いや背景について詳しいことは発表されていないが、ネット上では

・人手不足
・国内のおける大規模災害

などを意識しているのではとの意見が出ている。

 しかし、今日の安全保障環境に照らせば、台湾には大きなリスクが付きまとう。当然ながら、それは台湾有事をめぐる動向であり、中台関係はいっそう冷え込む方向にかじを切っている。

 台湾では2024年5月、蔡英文前政権で副総統を務めた頼清徳氏が新しい総統に就任したが、中国は頼総統を独立勢力として敵視している。頼氏は就任演説で

「中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)は互いに隷属しない」
「中国による軍事的脅威から台湾を守る」

などと発言し、中国は早速それへの対抗措置を取った。中国人民解放軍で台湾海峡を管轄する東部戦区は就任演説直後、台湾本島の北部や東部の海域、金門島や馬祖島などの離島周辺で大規模な軍事演習を実施し、打撃訓練や実戦訓練などを行った。

 こういった軍事演習は、2022年8月に当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した際にも実施されたが、その時は大陸側から弾道ミサイルも発射され、その一部は日本の排他的経済水域にも落下した。

頼総統の強硬発言

ノア(画像:トヨタ自動車)

ノア(画像:トヨタ自動車)

 頼総統の就任から5か月が過ぎるが、この間に中台関係で明るい兆しが見えたことは全くない。

 頼総統は10月10日、台湾で建国記念日と位置付けられる「双十節」の式典で演説し、

「中華人民共和国は台湾を代表する権利はなく、国家主権を堅持し、併合や侵犯などを許さない」

と主張し、「中華民国と中華人民共和国は隷属しない」と就任演説での発言を繰り返した。また、頼総統は10月5日に開かれたイベントでも、

「中華人民共和国は10月1日で75歳の誕生日を迎えたばかりだが、台湾は数日後に113歳の誕生日を迎える」

などと台湾の方が長い歴史があるとの認識を示しており、蔡英文前総統よりもっと踏み込んだ発言を繰り返しているようにも感じられる。

 中国は当然のようにこれに強く反発し、

「頼総統は台湾独立に対する頑固な姿勢を示し、政治的な私利私欲を得るために台湾海峡の緊張を高めてもお構いないという邪悪な意図を持っている」
「何をいおうがわれわれが主張するひとつの中国の原則は変えることはできず、最終的には統一される」

などと痛烈に批判した。台湾国防部は双十節に合わせて中国がロケットを発射する見通しだと発表していたが、同日夜、中国は四川省から衛星ロケットを発射し、台湾上空を通過したが被害などは確認されなかった。

通信遮断の恐怖

ヴォクシー(画像:トヨタ自動車)

ヴォクシー(画像:トヨタ自動車)

 無論、台湾統一に向けての選択肢で、台湾本島への軍事侵攻というオプションは最後のものとなろうが、それまでの間にさまざまな圧力が加えられることは想像に難くない。既に中国軍機による

・中台中間線超え
・台湾の防空識別圏への侵入

などは常態化しているが、中台関係の冷え込みが続けば、中国はもっと踏み込んだ措置を発動してくるだろう。

 ひとつに、「海底ケーブルの切断」がある。

 中国大陸が目の前に見える台湾離島の馬祖列島では2024年2月、台湾本島とつながる海底ケーブル2本が相次いで切断される出来事があった。馬祖列島につながる海底ケーブルは2本しかなく、切断されたことによって一時島外との連絡が一切取れなくなり、情報も入ってこないことから事実上の孤島になったと地元住民は不安の声を口にした。

 台湾政府は海底ケーブルの切断時の周辺海域の動向から、中国の貨物船や漁船が関与したとしているが、こういった海底ケーブルの切断はここ数年で30件あまり報告されており、中台関係の冷え込みの長期化によっては、台湾本島と離島だけでなく、

「台湾本島と日本がつながる海底ケーブル」

にも影響が及ぶことも考えられよう。

海上封鎖がビジネスに影

総統府(画像:写真AC)

総統府(画像:写真AC)

 また、「海上封鎖」も考えられる。

 日本同様、台湾も多くの輸出入品を海上貿易に依存しており、海上貿易が遮断されれば孤島に陥る。中国が台湾周辺の海域を封鎖すれば、諸外国から台湾へ向かう、台湾から諸外国へ向かう船舶の運航がストップするだけでなく、

「中東から日本へ向かう石油タンカー」

の安全な航行も阻害され、日本のシーレーンの安全も脅かされることになろう。日本のシーレーンは南シナ海から台湾とフィリピンを隔てるバシー海峡を通過し、台湾東部、日本に至る。

 トヨタが2026年から台湾の工場でミニバンを製造し、それを日本へ輸出する際には、こういったリスクが付きまとう。海上封鎖などが実施されれば、ミニバンを日本向けの船で輸送することも難しくなるだろう。

 今日、台湾への短期出張や旅行で大きなリスクがあるわけではないが、台湾に拠点を設ける、台湾でのビジネスを強化するといった場合には、トヨタだけでなく、日本企業としてはこういったリスクを常に念頭に置く必要がある。

ジャンルで探す