EVと気候変動対策の岐路! 米大統領選がもたらす激変の予兆とは

トランプ銃撃、バイデン撤退の影響

EVのイメージ(画像:写真AC)

EVのイメージ(画像:写真AC)

 2024年11月5日に行われる米大統領選挙、7月にトランプ前大統領が銃撃され、その後バイデン大統領が選挙戦から撤退し、カマラ・ハリス副大統領が民主党の候補に差し替えられるなど、本選を前に大きな動きが起こっている。

 この選挙の結果は、ウクライナやガザなどの国際情勢に大きな影響を与えそうだが、それだけでなく今後の世界の気候変動対策にも大きな影響を及ぼすと思われる。

 今回紹介する上野貴弘『グリーン戦争』(中央公論新社)は、パリ協定以降の気候変動対策をめぐる国際政治の動きを分析したもので、

・先進国と新興国の対立
・欧州連合(EU)の国境炭素調整の仕組みや問題点
・脱炭素に向けた日本のかじ取り

など、さまざまな問題を論じているが、ここでは本書に書かれている米国の動きを追いながら、米大統領選挙が気候変動対策に与える影響を考えてみたい。

脱炭素投資で温暖化対策が進化

ペンシルベニア州バトラーで行われた集会で、共和党大統領候補ドナルド・トランプ元大統領が壇上から急襲された。(画像:AFP=時事)

ペンシルベニア州バトラーで行われた集会で、共和党大統領候補ドナルド・トランプ元大統領が壇上から急襲された。(画像:AFP=時事)

 まず、トランプ前大統領が返り咲けばパリ協定からの再度の脱退は確実だと思われる。
 前回の就任時は、娘のイヴァンカ、イヴァンカの夫でもある大統領上級顧問のジャレッド・クシュナー、ティラーソン国務長官の反対などもありトランプ大統領も一時は残留に傾いたといわれるが、スティーブ・バノン首席戦略官やスコット・プルイット環境保護庁長官らが反対し、最終的にはトランプ大統領は2017年の6月1日にパリ協定からの脱退を表明した。

 今回は選挙戦のために立ち上げたウェブサイトでもパリ協定からの脱退をうたっており、就任と同時にパリ協定からの脱退を宣言する可能性が極めて高い。

 ただし、前回のパリ協定脱退が他の国の脱退を引き起こすような負の連鎖を起こすことはなかった。それはなぜなのだろうか。

 トランプ大統領が脱退を表明しても、締結国が国連へ脱退を通告できるのは協定発効から3年目以降で、さらに脱退通告が効力を持つのは通告から1年後という取り決めがあった。つまり、協定発効が2016年11月4日だったために最短で脱退できるのはその4年後の2020年11月4日であり、それは2020年の大統領選の翌日だった。ここでバイデンが勝利したために米国はすぐにパリ協定に復帰することになった。

 また、パリ協定は各国が独自に目標を設定するもので、米国が脱退したからといって自分たちの目標を下げよう、あるいは脱退しようとはなりにくい仕組みだった。さらに、パリ協定以降、温暖化対策を成長への足かせではなく

「脱炭素」

という新たな成長産業への投資という見方が強まっており、負の連鎖は抑制されたのだ。

 一方、2021年に就任したバイデン大統領は気候変動対策に前向きだった。バイデン大統領は就任日の2021年1月20日にパリ協定への復帰を国連に通告する。さらに21年4月の気候首脳サミットに合わせて「2030年に、2005年比で50~52%の排出削減」という目標を打ち出した。

 米国の2021年の温室効果ガス排出量は2005年比で16%減、およそ1年で1ポイント減のペースで減少しているが、2050年で半減となると、年平均で3.8ポイントの削減が必要になる。

財政調整で進める脱炭素政策

米国議事堂(画像:写真AC)

米国議事堂(画像:写真AC)

 バイデン政権はこの目標をどのように達成しようとしたのか。

 ここで問題になるのが米国の特徴的な政治制度である。米国では大統領制をとっており、大統領と議会(上院・下院)の議員は別々に選ばれ、大統領は議会に法案を提出することができない。

 大統領の所属政党と議会の上院または下院の多数派が違えば(例えば、大統領が民主党で議会下院の多数が共和党)、大統領の望むような立法は期待できない。さらに上院には「フィリバスター」と呼ばれる議員の発言時間が無制限になっていることを利用して法案を廃案に追い込める仕組みがある。

 このフィリバスターを無効にするには全議員の5分の3以上(60議席以上)の賛成が必要であり、大統領が自分の思い通りの法案を通すには下院の過半数+上院の5分の3以上という高いハードルをクリアしなければならない。

 パリ協定を締結したオバマ大統領は、上下両院で民主党が多数であったことから排出権取引制度を導入する新規立法を試みたが、上院の60議席のハードルをクリアできなかった。その後、オバマ政権は既存の大気浄化法を使って火力発電所からの温室効果ガスの排出を規制しようとしたが、これは連邦最高裁によって止められてしまった。

 そこでバイデン政権は、連邦政府の収入や支出に限定した法案であれば上院の単純過半数で可決できるという「財政調整」と呼ばれる手続きに注目し、脱炭素を進めようとした。

 当時の民主党は民主党と連携する独立系の議員と合わせて上院の半数の50議席を確保しており、本会議で賛否が同数であれば上院議長を務めるカマラ・ハリス副大統領の1票で通すことができる状況だった。ただし、財政調整では新たな規制や新たな制度の創出はできないため、脱炭素技術を導入する企業や消費者に減税措置や補助金の交付を行うことによって脱炭素を進める法案が準備された。

IRA法案成立の背景と影響

EVのイメージ(画像:写真AC)

EVのイメージ(画像:写真AC)

 石炭を産出するウェストバージニア州選出の民主党のマンチン上院議員の反対もあり、法案は紆余(うよ)曲折の末、法人税の最低税率の設定なども盛り込んだ「インフレ抑制法(IRA)」として成立することになる。

 IRAによって、例えば、電気自動車(EV)では一般消費者は最大7500ドルの税額控除を受けることができる。ただし、この減税を受けるには完成車の最終組み立てが「北米」(米国、カナダ、メキシコ)であり、さらにバッテリーに関しても、その一定割合が金額ベースで「米国」または「米国と自由貿易協定を締結している国」で抽出・処理されたか、北米で再利用されたものであることが必要になる。

 さらに2024年以降は、懸念国の事業体(中国やロシア政府の管轄・指導下にある企業)がバッテリーの部品を一部でも製造していると購入者は減税を受けられないなど、「経済安全保障」の色彩も強くなっている。つまり、IRAは脱炭素とともに、米国国内の雇用の確保、経済安全保障なども一挙に進めていこうという法律なのである。

 では、もしトランプ前大統領が返り咲けば、IRAは撤廃されてしまうのだろうか。著者は必ずしもそうなるとは限らないと考えている。IRAの撤回には議会の賛成が必要になるが、IRAの恩恵を受けている地域から選出されている共和党の議員が撤廃に賛成するとは限らず、たとえ、上下両院の多数を共和党が握ったとしても、IRAの撤廃は一筋縄ではいかないというのである。

 過去には共和党がオバマケアの撤廃を主張したものの、結局は党内のコンセンサスを得ることができず、上下両院で多数を握りながら撤廃できなかったこともあった。議員個人の独立性が強い米国では、一度決まった法律を撤廃させるのは非常に難しいのである。

共和党の気候対策阻害の恐れ

上野貴弘『グリーン戦争』(画像:中央公論新社)

上野貴弘『グリーン戦争』(画像:中央公論新社)

 ただし、2017年に成立したトランプ減税のうち、所得減税と基礎控除の拡大が2025年に期限切れになる予定であり、トランプ減税継続のためにIRAの一部が撤回される可能性も本書では指摘されている。その場合、EVへの大きな優遇措置などは終わるかもしれない。

 気候変動対策は米国では完全にイデオロギーの対立軸となっており、共和党が大統領選だけではなく、上院、下院の多数を獲得する「トリプルレッド」になれば米国の気候変動対策に大きなブレーキが掛かる可能性もある。例えば、

・環境(Environment)
・社会(Social)
・ガバナンス(Governance)

に配慮する企業に投資しようとする「ESG投資」の動きがあるが、共和党の主導するフロリダ州では包括的な反ESGの州法が成立し、テキサス州ではESGを推進する金融機関との取引を制限する州法がつくられている。パリ協定の脱退についても前回は脱退の表明から実際の脱退まで3年かかったが、次は脱退の表明から1年で脱退できることになる。

 来月に迫った大統領選挙、そして同時に行われる上下両院の選挙は、今後の米国と世界の気候変動対策にとって大きな意味を持つものになると思われる。この選挙が気候変動対策にどのような影響を与えるのか。本書はそれを考える材料を与えてくれる本である。

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