物流倉庫バイトのリアル! 「パワハラ」「セクハラ」少ないのに、人材流出が止まらないワケ

会話なしの快適職場

物流倉庫のイメージ(画像:写真AC)

物流倉庫のイメージ(画像:写真AC)

 ぼく(綿野恵太、文筆家)は文筆業のかたわら、地方の物流倉庫でアルバイトをしている。この記事では、働いている人間のリアルな視点で、この仕事のよい点と悪い点を伝えたいと思う。といっても、個人的な体験に基づくので、あくまでも一例だと捉えてもらいたい。

 倉庫で働くメリットは、

「コミュニケーションの必要があまりない」

ことだと感じている。具体的な作業を説明すると、商品のピッキングと発送準備をしている。手持ちのハンディターミナル(携帯端末)の指示にしたがって商品を運んでくる。ダンボールで梱包して運送業者に引き渡すまでが、メインの作業だ。

 この間、だれとも話さずにひとりで作業を進められるようになっている。ひとつの作業を分担したり、お互いに協力したりする必要がない。だから、会話をしなくて済むのだ。同じフロアでは十数人のバイトが働いていて、みな忙しく歩き回っているが、シーンとしている。ときおりパレットを床に置く音が響いて、トラックやフォークリフトの走行音が遠くから聞こえてくる。そんな静かな職場である。

 ぼくは高校生のころ、ひきこもりだった。昔ほどではないが、いまでも他人と会話するのが苦手だ。

「なんで見ず知らずの人間に頭さげなあかんねん」

とムカつく性分なので、接客業なんてもってのほか。そんなぼくにとって、会話の少ない物流倉庫はとても働きやすい職場だった。

無言の職場に潜む絆

物流倉庫のイメージ(画像:写真AC)

物流倉庫のイメージ(画像:写真AC)

 どうやら、一緒に働いているバイトの方たちを見てみても、あまり会話をしたくない、もしくは、話すのが苦手というタイプが多い。ぼくも基本的に話しかけないので、名前すらわからない人もいる。「おはようございます」とあいさつしても、無視する人もいる。そのときはさびしい気持ちにはなるけれど、その点が気にならなければ、コミュニケーションが苦手な人にとって働きやすい仕事だと思う。

 例えば、最近では「パラハラ」や「セクハラ」への対策が必要となっている。その点でも、物流倉庫のバイトは優れている点がある。

 少しの間だけ、田中さん(仮名)という人と一緒に働いたことがあった。別の仕事を定年退職したあと、繁忙期の短期バイトで採用されたおじさんだった。田中さんはおしゃべりが大好きで、休憩中によく話しかけてきた。ピッキング作業中でも田中さんは話したそうにしていた。けれども、みんな忙しく立ち回っているので話しかけることができず、フラストレーションをためているようだった。こっちに聞こえるように独り言をよくいっていた。

 その日はめずらしくピッキングの仕事がなかった。ならべられた商品にタグをつける、というイレギュラーな業務だった。その作業中、同じテーブルの20代の女性のバイトさんが、あやまって指先をきずつけてしまった。普段は会話がない職場でも、そんな緊急事態では助け合う。手分けして、血を止めるためのティッシュを用意したり、消毒液やバンドエイドをとりに行ったりした。

 幸いにも、ケガは大したことなく、すぐに作業が再開されたのだが、例によって田中さんがその女性にむかっておしゃべりを始めた。スーパーで働いていたとき、足を滑らせて骨にヒビが入った、という話だった。

「けれども、もう骨折は完治したけどね、完治完治完治」

と田中さんは笑っていた。そして、しばらくのあいだ「完治完治完治」と連呼していた。女性のほうは「はあ……?」と戸惑っている様子だったが、田中さんはかまわずしゃべり続けていた。

「完治、なんちゃって。完治って知らないかな、いまの若い子は。かーんちって」

セクハラ・パワハラなしの裏側

物流倉庫のイメージ(画像:写真AC)

物流倉庫のイメージ(画像:写真AC)

 そのときになって、ぼくはようやく気づいた。田中さんが連呼していたのは、

「かーんち、セックスしよ」

の「かーんち」だ、と。『東京ラブストーリー』(フジテレビ、1991年)で鈴木保奈美が織田裕二にいうあの有名なセリフだ(厳密にはそんなセリフではないらしいが)。このおっさん、なにいうてんねん、とぼくはびっくりしてしまった。

 ジョークが通じないとわかったらしく、さすがの田中さんもしゃべらなくなった。女性のほうはどうやら本当に気づいてない様子だった。何か発言すれば、田中さんがはっきりと「かーんち、セックスしよ」と種明かしして、さらに事態を悪化させかねない。

 そう考えてぼくはそのまま黙っていたが、正直、どうすればよかったかわからない。もし女性が田中さんのジョークに気づいていたとしたら、なにもいえずに申し訳なかったと思う。とはいえ、これはイレギュラーなケースで、普段のピッキング作業中ではさすがの田中さんもおしゃべりできなかった。

 そもそも他人とやり取りしなければ、ハラスメントは存在しない。逆説めいているけど、コミュニケーションが少ない物流倉庫は、セクハラやパワハラを受けずに安全で快適に働ける可能性が高いと思う。また、職場の人間関係で悩まされることも少ないだろう。だって、あいさつすらしないわけだし、一緒に働いている人の名前もわからないぐらいなのだから。人間関係がそもそもないんだから、悩む必要なんてない。

 とはいえ、厳しいいい方になるが、物流倉庫のバイトのメリットは

「その点」

にしかないとも思っている。夏は暑いし、冬は寒い。空調が効かないフロアでは屋外と大して変わらない。いや、それ以上の気温になることもある。2024年の夏は熱中症で途中帰宅する人がいた。

 また、ドライバーがトラックに積み込んでくれるものの、それでも重いダンボール箱を運んだり、積み上げたりする作業がある。ぼくはまず腰を痛めた。腰をかばおうとして、次は膝を痛めた。そして、繁忙期など特別な時期以外は、時給は最低賃金レベル。しんどいわりには大して稼げない。

 逆にいえば、ぼくがさっきあげた不満を改善すれば、簡単に人は集まって定着すると思う。賃金をベースアップする、アシストスーツや空調冷却服の支給などなどだ。

定着率低下の悪循環

物流倉庫のイメージ(画像:写真AC)

物流倉庫のイメージ(画像:写真AC)

 片手間にバイトしているやつが、なに文句ばっかりいうてるねん。そう思った読者も多いかもしれない。けれども、同じ時期に一緒に働き始めた、フルタイムのバイトの人たちはみんな辞めてしまったのだ。体力的にしんどいので、なかなか続かないのである。人が定着しない。新しい人が入っては辞めていくのを繰り返している。その結果、とても効率の悪い悪循環を生んでいる。

 コミュニケーションをとる必要があまりない。これが物流倉庫のバイトで働くこと、特にピッキング作業の利点だと書いた。けれども、コミュニケーションがまったくないというわけではない。特に新人さんに対しては、ハンディターミナルの操作を教えたりする必要がある。

 けれども、どうも倉庫で働く人には、コミュニケーションが上手でない人が多い。はっきりいうと、教え方が下手なのだ。なにを指示しているのかわからない。そして、教わる側もコミュニケーションが下手な人が多い。わからないことがあっても、質問しないまま、勝手に作業を進めてしまう。結局、ミスを連発して、最初から作業はやり直し。働き始めたころ、ぼく自身も何度か体験した。実際、同じ理由で、指導役のおばさんと新人のおばさんが怒鳴り合いのケンカになったこともある。

 とはいえ、教える側のベテランもあまり丁寧に指導したがらない理由もわかる。だって、教えてもみんなすぐ辞めてしまうんだもの。最近では人手が足りないので、スマホアプリで応募してきたスマホバイトの人が働いている。丁寧に教えても、次は来ないかもしれないわけである。その結果、非効率な悪循環がさらにひどくなって、作業効率が極端に落ちている、と感じている。

 労働環境を改善すれば、働く人がもう少し定着するはずだ。

「スキマバイトの仲介業者に中抜きされるお金」

をこっちに回したほうが、作業効率もアップするのではないか。物流倉庫で働く人間としてリアルに感じる実感である。

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