「悪夢再び」 小泉進次郎の規制緩和は「トラック業界」を再び破壊するのか? 親子二代にわたる労働環境悪化の辛らつ現実

進次郎改革で再燃する過当競争の懸念

自民党総裁選に立候補し、所見発表演説をする小泉進次郎氏=9月12日午後、東京・永田町の同党本部(画像:時事)

自民党総裁選に立候補し、所見発表演説をする小泉進次郎氏=9月12日午後、東京・永田町の同党本部(画像:時事)

 奇矯な発言で注目を集めてきた小泉進次郎氏が、次期総理候補として名乗りを上げた。彼のスローガン「聖域なき改革」は、父・純一郎氏の政治手法を思い起こさせるものだ。

 純一郎氏の規制緩和政策は

「トラック業界」

に大きな影響を及ぼした。その結果、

・過当競争
・運賃のダンピング
・労働条件の悪化

が引き起こされ、

・事故率の増加
・労働時間の延長

といった具体的な問題が明らかになった。業界は今もその“後遺症”に苦しんでいる。進次郎氏の政策も、父親の「改革」の“負の側面”を再び浮かび上がらせるのではないかと懸念される。

規制緩和の影響と弊害

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 2001(平成13)年4月に誕生した小泉純一郎内閣は

「構造改革なくして景気回復なし」

をスローガンに掲げ、郵政民営化をはじめ、道路関係四公団や石油公団、住宅金融公庫、交通営団などの特殊法人の民営化を進めた。そして“小さな政府”を目指し、国民から圧倒的な支持を受けるなか、改革に抵抗する勢力は「抵抗勢力」として位置づけられ、その意見は軽視された。

 トラック業界にも規制緩和の影響が及んだ。1990年代から始まっていた規制緩和は、小泉政権下でさらに進められた。

 1990(平成2)年に貨物自動車運送事業法が施行され、トラック業界の規制緩和が進行。主な施策として、事業参入が免許制から許可制に、車両数が認可制から事前届出制に変更された。この規制緩和により、新規参入事業者が急増した。1996年には4万8629者だった事業者数が、2006年には

「6万2567者」まで増加した(29%増)。

 膨大な事業者数の増加によって、業界は過当競争に苦しむことになった。荷主からの運賃の値下げ要求が厳しくなり、トラック業界は少ない利益で過重労働を強いられた。利益を上げるために、ドライバーは疲労を抱えながら法定制限速度を超えて運転することが常態化した。安全軽視がまん延し、事故も増加。2003年には高速道路でトラック絡みの事故が増え、特に6月にはトラック絡みの死亡事故が7件も続けて発生し、規制緩和による安全軽視の問題が浮き彫りになった。

 ドライバーの過重労働が問題視され、「働き方改革」の流れが始まったのは2010年代後半からだが、小泉政権が規制緩和を推進していた時点で、既に問題は顕在化していたのだ。

 しかし、当時は規制緩和に対する批判がさまざまな「抵抗勢力」とひとくくりにされ、全く顧みられることはなかった。むしろ、小泉政権の下でトラック業界はさらに過酷な状況に追い込まれた。2003年4月には自動車運送事業法の改正が実施され、営業区域制度が廃止され、最低車両数が各地域5~15両から全国一律5両に削減された。運賃についても、30日以内の事後届け出が可能となり、さらなる大幅な規制緩和が行われた。この結果、新規参入はさらに増え続け、2011年には最大6万3082者に達した。

競争激化が招いた悪循環

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 小泉政権の「改革」は、新規参入の促進を通じて競争が激化することを経済活性化の証しと見なしていた。しかし、それ以前から過当競争に苦しんでいたトラック業界の実態は無視されていた。

 その結果、運転手の労働環境が悪化し、安全性が低下することになった。長期的には、トラック業界が

「就職先として敬遠」

され、人手不足を招く一因となった。小泉政権には、さまざまな面で長期的な悪影響が論評されているが、物流という社会の重要な部分を脆弱(ぜいじゃく)化させたという考え方もある。

 この影響はトラック業界だけにとどまらず、小泉政権は多くの分野で既存の制度を「敵」と見なし、自らをそれらと戦う

「改革者」

として演出して支持を集めていた。しかし、その政策がもたらしたのは、結局のところ過度な競争と多くの人々にとっての過酷で不安定な労働環境だった。一部の成功者が生まれた一方で、大多数の国民にとっては恩恵が少なく、むしろさまざまな困難を引き起こしたという批判的な見方が強い。

 今、この「改革」の遺産を受け継ぐかのように、小泉純一郎氏の息子、進次郎氏が政界で頭角を現している。冒頭でも書いたが、彼は父親をも超える奇矯な発言で注目を集めており、そのスローガンのひとつである「聖域なき規制改革」は、父の政策をほうふつとさせるものだ。

過労を招く労働環境の懸念

規制緩和のイメージ(画像:写真AC)

規制緩和のイメージ(画像:写真AC)

 では、進次郎氏は具体的にどのような規制を改革しようとしているのだろうか。これまで氏は次のような政策を掲げている。

●解雇規制の緩和
 進次郎氏は、大企業の解雇ルールを見直し、人材の流動性を高めることを提案している。具体的には、解雇が認められる要件を変更し、企業が解雇に踏み切る前に希望退職者を募集したり配置転換を行ったりする義務を、大企業に限って撤廃することを考えている。その代わりに、リスキリングや再就職支援を企業に義務付けるとしている。

●労働時間規制の緩和
 進次郎氏は、希望者に対して労働時間の上限を緩和する考えを示している。これは、労働者の多様な働き方を支援するという名目で提案されているが、実際には長時間労働を助長する可能性が高い。

 さらに、地方の移動の不便を解消するために、

「ライドシェアの全面解禁」

を実施することも示している。筆者(樋口信太郎、バス・トラック評論家)は、これらの政策提案が

・トラック業界
・交通関係全体

に深刻な影響を与える可能性があると考えている。解雇規制の緩和は、厳しい労働環境にあるトラック運転手の雇用をさらに不安定にする恐れがある。労働時間規制の緩和は、過労運転による事故リスクを高める可能性がある。ライドシェアの全面解禁は、既存のタクシー業界やバス業界に大きな打撃を与え、地方の公共交通システムを崩壊させる危険性もある。

 これらの政策は、一見すると経済の活性化や利便性の向上をうたっているが、実際には労働者の権利を脅かし、安全性を低下させ、地方の交通インフラを弱体化させる可能性が高い。

 進次郎氏の政策提案を詳しく見ていくと、父・純一郎氏の政策との類似性が浮かび上がる。親子に共通しているのは、“小さな政府”を実現し、規制緩和を通じて経済を活性化させるという方針だ。つまり、進次郎氏は父の政策理念を踏襲しつつ、新たな分野へと拡大しようとしている。

政策手法の類似点

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 ここで、小泉親子の政策手法の類似点を詳しく整理してみる。

●改革の手法
 純一郎氏は「聖域なき構造改革」を掲げ、郵政民営化や特殊法人改革など、既得権益に切り込む改革を推進した。進次郎氏も労働市場や企業の既存ルールに切り込もうとしている。両者とも、既存の制度や慣行を詳細に分析せず、すべてを「岩盤規制」と見なし、これを打破することで経済を活性化させようとしている。

●改革の対象
 純一郎氏の改革は主に公的部門(郵政、道路公団など)を対象にしていたのに対し、進次郎氏は民間企業の労働規制に焦点を当てている。しかし、どちらも「規制緩和」を通じて市場原理を導入し、効率化を図る点で共通している。

●労働者への影響
 純一郎氏の改革後には、非正規雇用の増加や賃金の低下が指摘され、労働者の処遇が悪化した。進次郎氏の提案する解雇規制の緩和や労働時間規制の緩和も、同様に労働者の権利を脅かす可能性が高い。

●経済効果の捉え方
 両者は、規制緩和による短期的な経済効果を重視する傾向がある。しかし、純一郎氏の改革後の経験からわかるように、短期的な効果は必ずしも持続可能ではなく、長期的には労働者の生活の質の低下や産業基盤の弱体化につながる可能性がある。

競争社会の厳しさ

投資のイメージ(画像:写真AC)

投資のイメージ(画像:写真AC)

 このように、小泉親子の政策は短期的には経済指標の改善などの効果を上げる可能性があるが、長期的には戦後の日本社会の基盤となってきた社会制度や労働者の権利を脅かす可能性がある。この政策理念は、労働市場の規制緩和にとどまらず、個人の経済活動全般にも影響を及ぼしている。

 例えば、純一郎氏の数々の政策のなかで特異なもののひとつが投資の奨励だ。これは『骨太の方針』に示された

「貯蓄から投資へ」

のスローガンに基づいている。この方針により、2003(平成15)年から個人投資家に対する税制優遇が実施された。個人が投資で利益を得ること自体には問題がないが、懸念されるのは、この政策が現在の新NISAにまで発展し、継続している点だ。結果として、国が社会保障を削減し、

・個人の才覚
・自己責任

で経済的安定を確保することを強いる社会構造が形成されつつある。

 この政策が進めば、

・優れた才能を持つ人
・上昇志向のある人

にとっては、成功のチャンスが増える魅力的な世の中になるかもしれない。しかし、すべての人が常に上を目指し、競争することを強いられる社会は、あまりにも過酷ではないだろうか。

競争社会の厳しさ

能力主義のイメージ(画像:写真AC)

能力主義のイメージ(画像:写真AC)

 これはメリトクラシー(能力主義、功績主義)そのものである――。

 メリトクラシーとは、個人の能力や業績に基づいて地位や報酬が決まる社会システムを指す。この考え方では、努力や才能が評価され、成功した人が認められるため、理論上は公平だとされている。メリトクラシーが進むと社会に与える影響は、次のとおりだ。

●格差の拡大
 メリトクラシーが強化されると、成功した人とそうでない人の格差が広がる可能性がある。特に教育や機会に不平等がある社会では、もともと恵まれた環境にいる人がさらに成功しやすく、結果的に社会的・経済的な格差が拡大する。

●競争の激化
 個人の成果が重視されるため、社会全体での競争が激化する。このため、個人のストレスや精神的なプレッシャーが増え、健康や福祉に悪影響を及ぼす可能性がある。

●共同体の弱体化
 メリトクラシーが進むと、個人主義が強調され、社会全体の結束力が低下することがある。共同体意識が薄れ、他者との協力や支援の重要性が軽視される恐れがある。

●多様性の喪失
 成果や能力に基づく評価が優先されると、特定のスキルや才能が重視され、他の価値観や多様な背景が軽視されることがある。その結果、社会の多様性が損なわれる可能性がある。

●政策の偏り
 政府や企業がメリトクラシーを強化するための政策を導入すると、特定の業界や職業が優遇されることがある。これにより、他の重要な分野や職業が見落とされ、バランスの取れた社会の構築が難しくなるかもしれない。

メリトクラシーは理想的に見えるが、その実施が進むとさまざまな社会的な問題が浮上する可能性がある。

 これまで述べてきた小泉親子の政策理念は、戦後日本の経済政策の流れのなかでは異質だ。さまざまな評価があるだろうが、戦後の経済成長の過程で、歴代の自民党政権は

「国民に痛みを与えないように」

できる限り努力してきた。少なくとも、三公社五現業の民営化を進めた中曽根政権まではそうだった。田中角栄が残した

「人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ」

という言葉は、まさにそのことを表している。

池田政策の成功と影響

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 1960(昭和35)年に成立した池田勇人内閣では、「所得倍増計画」が掲げられ、

・完全雇用の達成
・所得格差の是正

が目指された。この政策では、民間の活力を引き出すことが重要視された。池田政権下では、

・農業基本法
・中小企業基本法
・沿岸漁業振興法
・林業基本法

の四大産業基本法が策定され、経済の活性化が図られた。一方で、池田政権は社会保障にも重点を置き、

・児童扶養手当法
・老人福祉法

が成立したほか、義務教育での教科書無償化や国民皆保険が実現した。

 これらの政策は、長期的に国民全体の生活安定と経済成長を目指していた。しかし、小泉親子の政策は対照的で、一部の成功者を生む可能性はあるものの、多くの人々の生活基盤を不安定にする恐れがある。特に解雇規制の緩和は、労働者の生活を脅かすだけでなく、長期的には従業員の技能低下を通じて日本の産業競争力を損なう可能性もある。

 私たちは、魅力的なスローガンに惑わされず、政策の本質を見極める必要がある。小泉親子の改革が、日本の社会構造や労働環境に深刻な影響を与える可能性があることを認識しなければならない。

 最後に、京都大学大学院工学研究科の藤井聡教授が9月6日に『現代ビジネス』に寄稿した文章を抜粋して、本稿を締めくくることにしよう。

「そもそも小泉進次郎氏は、彼自身がどこまで自認しているかはさておき、「アメリカのジャパンハンドラー達の意向にそって、アメリカの国益のために日本を積極的に傷付ける政治」を実際に展開してきた人物なのだ。多くの国民が認識していないところだろうが、進次郎氏は日本を代表する親米政治家であった父・小泉純一郎氏の差配の下、アメリカのCSIS(戦略国際問題研究所」)の研究員を勉めていた人物なのだ。CSISは「アメリカの国益」を最大化するために設立されたシンクタンクだ。つまりそれは定義上、アメリカの国益のためには日本の国益を毀損することを全く厭わない研究を進めるシンクタンクだ」

 悪夢、再びか。

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