“F1ムラ”という閉鎖性 「アンドレッティ参戦」を巡る、米国・欧州の対立とは

エルメス・バーキンの抱き合わせ販売訴訟

2024年7月7日、イギリス中部のシルバーストン・サーキットで開催されたF1イギリスGPで優勝し、喜ぶメルセデスのルイス・ハミルトン(画像:AFP=時事)

2024年7月7日、イギリス中部のシルバーストン・サーキットで開催されたF1イギリスGPで優勝し、喜ぶメルセデスのルイス・ハミルトン(画像:AFP=時事)

 本連載「開かれたF1社会とその敵」では、F1の歴史と閉鎖的な構造に焦点を当て、変化の可能性を探る。F1の成長とともに形成された独自の「F1ムラ」における利益と利他の対立、新規チームの参入の難しさ、そしてオープンな社会への道筋を検証する。F1の未来と進化に向けた具体的な可能性を示し、閉鎖的な構造からの脱却戦略を提案する。

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 F1ファンやレーシングドライバーは、チーム数の増加を歓迎しているが、チーム経営者たちは分配金の減少を懸念して慎重な姿勢を見せている。

 現在、米アンドレッティ・グローバルがF1の11番目のチームとして参戦を目指している。しかし、F1の管理を行うフォーミュラ・ワン・マネジメント(FOM)は2026年までこれを認めていない。この問題は、閉鎖的な“F1ムラ”に対する米国からの挑戦であり、欧米の価値観の対立を反映している。

 さて、フランスのエルメスが誇るバーキンは、ハンドバッグ界の頂点に立つ存在で、サイズによっては100万円を超えることも珍しくなく、なかには1000万円を超えるものもある。

 2024年3月、ふたりの消費者がエルメスをカリフォルニア州で反トラスト法違反で提訴した。彼らは、バーキンを購入するためには他のエルメス製品を一定数購入する必要があり、これが違法な“抱き合わせ販売”だと主張している。

 バーキンは、ファッション界の知識がある人々には知られているとおり、VIP向けのアイテムであり、エルメスのような高級ブランドは意図的に供給を制限して商品の価値を高めている。

「どのレベルなれば買えるのかわからない = 明確なルールがない」

とされ、原告が敗訴しても商習慣の透明化が進む可能性は残されている。

制裁金を超える戦略

2002年に出版された「Mario Andretti (Racer Series) 」(画像:Motorbooks Intl)

2002年に出版された「Mario Andretti (Racer Series) 」(画像:Motorbooks Intl)

 米国での話をもうひとつ。

 プロバスケットボールのNBAには「サラリーキャップ」という年俸の上限があるが、それを超えると「エプロン」と呼ばれる、お金では解決できない制限が課せられる。

 なぜなら、上限を超える制裁金を支払ってでも、年俸の多い優秀な選手を集めて試合に勝とうとするチームが増えているからだ。

 NBAは資金力のあるビッグチームが結成され、そのうちの数チームが優勝争いをすることを懸念し、制裁金に加え、トレードやドラフトの制限を認める「セカンドエプロン」も導入し、競技場の均衡を図っている。

 つまり、ウィリアムズでも勝てる状況を作ろう、レッドブルのような「4強」ではなく「10強」を目指そう、というのが米国の基本的な考え方である。

 欧州サッカーでもレアル・マドリード、マンチェスター・シティ、バイエルン・ミュンヘンなどのビッグクラブだけが勝つことは不可能であり、F1でもサラリーキャップや風洞実験制限などを導入しているが、ビッグチームの存在にはそれほど気にしていない。

アンドレッティのF1再挑戦

マイケルが1993年のF1でドライブしたマクラーレンMP4/8(画像:Nuvolari72)

マイケルが1993年のF1でドライブしたマクラーレンMP4/8(画像:Nuvolari72)

 アンドレッティの話に戻ろう。

 米国チームとしてはハースがあるが、米国の大御所であるアンドレッティの参戦はそれとは意味が異なる。アンドレッティは以前からF1参戦の意志を示していたが、F1チームが新規参入を拒む理由は、前回で書いたように分配金の希薄化を恐れているからだ。また、過去の不安定なチーム運営やリーマンショック後のトラウマ(心的外傷)も影響している。

 アンドレッティの代表であるマイケル・アンドレッティは、1993年のF1参戦では成果を上げられなかったが、インディカーではチャンピオンである。彼の父マリオは1978年のF1チャンピオンであり、マイケルにとっては一種の

「リベンジ」

マリオにとってルーツである欧州での成功は「故郷に錦を飾る」を意味する。また、歴史的に開拓者精神が旺盛な米国なのだから、海外進出は自然な流れである。そう考えれば、アンドレッティ家が欧州に行くことにためらいはないだろう。

 実際、アンドレッティ・グローバルはインディカーだけでなく、フォーミュラEやラリークロスなど多岐にわたる活動を展開し、世界トップクラスのレーシングチームとして成功を収めている。

 それでも、各チームからは「F1に価値をもたらさなければならない」との声があり、2023年1月に2028年からキャデラックと提携することを発表し、F1チームオーナーたちを驚かせた。

 2026年までのF1参戦が認められなかったものの、アンドレッティは2024年4月にシルバーストーンに新ファクトリーをオープン。元アルピーヌのニック・チェスターなどF1関連スタッフを雇い、風洞実験を開始した。また、インディアナ州には2億ドルをかけた巨大な工場を建設中で、2025年の完成を目指しており、レーシングカーの生産能力にも問題はない。

米国の財は欲しいが参戦は拒否

合衆国議会議事堂(画像:写真AC)

合衆国議会議事堂(画像:写真AC)

 マリオは意地を見せた。2024年5月、米国連邦議会を訪れ、議員たちに助けを求めた。これがロビー活動だとすれば、これも米国らしい手法で、結果として12人の議員がリバティ・メディアに「なぜ断ったのか」という書簡を送った。前述のエルメスではないが、反トラスト法調査の一環である。

 リバティ・メディアのグレッグ・マッフェイ最高経営責任者(CEO)が「全力でマイケルをF1に入れないようにする」といったという報道もあった。不思議なのは、彼も米国人でありながらアンドレッティ家と仲が悪いことだ。相性が悪いのかもしれない。

 マッフェイCEOは64歳で米国生まれだが、2026年に改定されるコンコルド協定ではNFLを手本にするようだ。レースではチーム間の競争があるものの、それ以外ではF1全体の利益を優先する戦略を描いている。基本的な考え方はNFLやNBAの幹部と同じで“米国人そのもの”だが、新規参入となると“F1ムラ”の人間に変質する。

 いずれにせよ、F1関係者には「米国の財は欲しいが、米国人の参戦は認めない」という、少々都合のよすぎる姿勢が見受けられる。議員たちもこの点に疑問を感じているのだろう。

“F1ムラ”と米欧文化の違い

欧州(画像:写真AC)

欧州(画像:写真AC)

 こうしてみると、閉鎖的な“F1ムラ”のなかでの論理に加えて、米国と欧州の国民性や文化の違いが浮き彫りになっている。

・「米国」は自由競争をうたいつつも、全ての人にトップになるチャンスを与えるために一定の制限を設ける。
・「欧州」は制限を最小限にし、できるだけ自由を認める結果、限られた人やチームだけがトップ争いをするのは仕方ないと考える。

この違いである。私たちは「欧米」「西洋人」をひとくくりにしがちだが、実際には異なる文化と考え方が存在するのだ。

 日本の例でいえば、最近のデータでは東京大学に進学する学生の親は高収入層が多いことがわかっている。これは、塾や家庭教師にお金をかける余裕があるためだが、それがいいことなのか悪いことなのかは容易に理解できる。

 その答えはそう遠くない将来に出るだろうが、2027年以降に彼らが参戦できるかどうかだ。アンドレッティが既存のチームを買収するにせよ、新規参入するにせよ、参戦が実現したら、米国議会の政治沙汰から“F1ムラ”から嫌われ、マイナスからのスタートとなることはほぼ避けられない。

 もしアンドレッティがF1に参戦できなければ、他の米国のレーシングチームも参戦できないだろう。世界中で政治的な分裂が起きており、世界情勢を揺るがしているが、もし欧米のレースでも同様のことが起きれば、レース界全体、そしてファンにとっても大きな悲劇である。

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