F1ムラの逆襲! 米国での人気急上昇と高騰するチケット価格の真実とは

予算上限で変わるF1の勢力図

2024年7月7日、イギリス中部のシルバーストン・サーキットで開催されたF1イギリスGPで優勝し、喜ぶメルセデスのルイス・ハミルトン(画像:AFP=時事)

2024年7月7日、イギリス中部のシルバーストン・サーキットで開催されたF1イギリスGPで優勝し、喜ぶメルセデスのルイス・ハミルトン(画像:AFP=時事)

 本連載「開かれたF1社会とその敵」では、F1の歴史と閉鎖的な構造に焦点を当て、変化の可能性を探る。F1の成長とともに形成された独自の「F1ムラ」における利益と利他の対立、新規チームの参入の難しさ、そしてオープンな社会への道筋を検証する。F1の未来と進化に向けた具体的な可能性を示し、閉鎖的な構造からの脱却戦略を提案する。

※ ※ ※

 F1のことを「F1サーカス」と呼ぶことが多いが、本連載では、実際に閉鎖的な面があるため「F1ムラ」と表現している。ファンに見放された場合、たとえモータースポーツの最高峰であっても存続できるかは不明だ。

 一方で、F1はプロスポーツとしてファンに支えられており、ファンの支持を得るために、より開かれた存在に変革しようと努力してきた。では、これまでにどんな取り組みがあり、どのような影響をもたらしたのか。

 F1も一般企業と同じで、持続可能なビジネスモデルを構築しなければ未来はない。そのことはF1関係者も理解しており、自ら変わる努力をしてきた。近年の大きな変革のひとつとして、

「予算上限の導入」

が挙げられる。F1は世界最先端の技術を駆使し、大量の資金が必要な競技だ。無制限にすればチーム間の格差が広がり、一部のチームは存続が難しくなる可能性があった。

 その結果、2024年のF1開幕戦バーレーンGPでは、予選Q1でトップから最下位までのタイム差が約1秒という接戦が実現し、少しのミスで順位が2、3番下がるほどマシン性能の差が縮まった。功罪の「功」が罪を上回った。

 パワーユニット(PU)のレギュレーション変更も同様で、F1はその時代に応じた安全性や要請に基づいて、エンジンやPUのルールを頻繁に見直してきた。

新規制で加速する電動化

FIAのウェブサイト(画像:FIA)

FIAのウェブサイト(画像:FIA)

 現代では、温暖化対策として二酸化炭素の排出削減が求められている。

 国際自動車連盟(FIA)は2019年に、2030年までにカーボン・ゼロを目指す方針を発表した。この目標に基づき、2026年からのPUでは、電動化の割合が約2割から5割に引き上げられる予定だ。また、内燃機関(ICE)への燃料供給量は2020年の100キロから、60~70キロに制限される見通しだ。

 ガソリンの消費量が減るという事実は大きな意味を持つ。世界の自動車メーカーが電気自動車(EV)の販売戦略を見直しているとはいえ、依然としてガソリンを燃やして二酸化炭素を排出する内燃機関(ICE)中心のレギュレーションでは、モータースポーツの最高峰としてサステナビリティへの取り組みが不十分だと批判されかねない。これは時代が求めた新しいレギュレーションだ。

 かつて、

「走る実験室」

と呼ばれ、モータースポーツで培った技術が量産車に反映されてきた。しかし、F1が速さを追求するあまり、量産車に応用できる技術が少なくなり、その存在意義が薄れつつあった。しかし新たな規定は、量産車に必要な技術に焦点を当てているため、F1が「走る実験室」としての役割を取り戻し、自動車メーカーからの関心も高まっている。これにより、ICEとバッテリー技術の進化が加速し、量産車にフィードバックされるという好循環が生まれる。

 ただし、100%電動化についてはフォーミュラEという別のカテゴリーがあるため、F1からICEが完全になくなることはない。そのため、ハイブリッド技術がさらに進化する可能性が高い。

米国で高まるF1人気

ネットフリックス「栄光のグランプリ」(画像:ネットフリックス)

ネットフリックス「栄光のグランプリ」(画像:ネットフリックス)

 F1は「世界選手権」を名乗っているが、米国では長年、インディカーやNASCARといった独自のモータースポーツ文化が根付いてきた。そのため、米国GPが開催されても、F1はあまり受け入れられてこなかった。

 そんな状況を憂慮した米国企業のリバティ・メディアは、F1人気を高めるために一計を案じ、ネットフリックスでドキュメンタリー「Survive to Drive(邦題・栄光のグランプリ)」を制作した。これが大ヒットし、米国でF1ブームが到来。2024年には米国国内で三つのF1レースが開催されることになった。

「1国1レース」

という原則が事実上崩れているとはいえ、米国で3レースも開催されるのは、その人気の高さと米国市場の大きさを示している。これにより、F1が「世界選手権」として名乗りやすくなった。

 リバティ・メディアはさらに手を緩めず、次にブラッド・ピット主演の「F1」映画の製作に着手し、2025年6月に公開が決まった。今度はハリウッドの力を借りて、世界中でファンを増やそうと狙っている。これはリバティ・メディアが米国企業だからこそ実現できたことだ。

南アフリカのF1再開可能性

上空から見た南アフリカ・キヤラミサーキット(画像:Ossewa)

上空から見た南アフリカ・キヤラミサーキット(画像:Ossewa)

 また、リバティ・メディアはアフリカでのレース復活も視野に入れている。アフリカでF1が開催されていないのは、“喉にささった小骨”そのものだった。いくつかの国が開催を希望しているが、過去にF1やサッカー、ラグビーワールドカップを開催した実績のある

「南アフリカ」

が有力候補だ。しかし、南アフリカはロシアとの政治的な関係があり、そのためF1開催は見送られている。スポーツと政治は切り離されるべきといわれるが、実際には深く結びついており、ウクライナ戦争が終わらない限り南アフリカでの開催は難しいかもしれない。

 さらに、真の「世界選手権」を名乗るためには、

「インドGP」

の復活も重要だ。インドは人口で中国を抜き、民主国家でもあるため、F1開催には大きな意義がある。MotoGPは2023年に初めてインドで開催されたが、2024年は中止され、2025年から2027年までの開催契約を結んでいる。リバティ・メディアはMotoGPを買収することに合意しており、MotoGPのインドGPの成功次第では、F1開催への道も開けてくるだろう。

 日本では大阪観光局がF1誘致に乗り出しており、2024年7月に

「大阪モータースポーツ推進協議会」

が設立されると発表した。かつて日本でF1が2レース開催されたこともあったが、現在の日本経済力では再び盛り上がるかどうかは疑問視されている。特に、世界的に評価の高い鈴鹿サーキットとの兼ね合いもあり、解決すべき課題は多い。

富裕層ターゲットのF1戦略

鈴鹿サーキット(画像:写真AC)

鈴鹿サーキット(画像:写真AC)

 ファンの拡大を目指すF1だが、気になるのはチケット価格の上昇だ。

 2024年の3日間のチケットの平均価格は、日本で約5万1000円、ラスベガスでは

「25万1000円」

に達している。2025年の日本GPのチケットは10月13日に販売されるが、V1席は前年の8万円から9万円に、V2席の一部は10万円から12万円に値上がりしている。また、一番安い西エリアのチケットも1万2000円から1万6000円と、3割以上の値上げが行われた。

 F1のビジネスモデルは最近、特に

「富裕層」

をターゲットにしたものにシフトしている。フェラーリやエルメスなどの富裕層ビジネスは、景気の動向に影響されにくく、利益率も高い。そのため、全体的な方向性としては間違っていないかもしれない。

 しかし、ドキュメンタリーや映画を通じて一般層を広げようとしている事実もある。現時点では、一般の人々がチケットが高いと思ってもF1観戦に足を運んでいるが、今後さらにチケットが高いと判断されると、運営側の価格設定との乖離(かいり)が生まれ、サーキットに空席が目立つようになる可能性がある。

 今後、F1が多くの人々に開かれたイベントであり続けるためには、その価格と価値のバランスをどう保つかが課題となるだろう。

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