夜行列車が廃止された「5つの理由」 鉄道の旅が見直されれば、復活の可能性はあるのか?

自民党の1986年意見広告

上野駅に到着した「北斗星」。2015年3月2日、筆者撮影(画像:大塚良治)

上野駅に到着した「北斗星」。2015年3月2日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 国鉄分割民営化の前年の1986(昭和61)年5月22日、自民党は全国紙に意見広告を出した。それは、国鉄分割民営化後の懸案事項に関して不利益がないことを「公約」したものだった。意見広告に明記された公約は次の六つである。

●民営分割 ご期待ください。
・全国画一からローカル優先のサービスに徹します。
・明るく、親切な窓口に変身します。
・楽しい旅行をつぎつぎと企画します。

●民営分割 ご安心ください。
・会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません。運賃も高くなりません。
・ブルートレインなど長距離列車もなくなりません。
・ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません。

連載5回目となる本稿では、「ブルートレインなど長距離列車もなくなりません。」について、国鉄・JRの鉄道線(連絡航路・バスを除く)の夜行列車に焦点を当てて再考する。果たしてこの公約は守られているのだろうか。

 なお、本稿ではすべての夜行列車を網羅しているわけではなく、「現在」というのはこの記事が掲載された時点の情報であることをあらかじめ断っておく。

鉄路から消えた青い伝説

ダイヤ乱れにより越後湯沢駅に臨時停車したあけぼの。2013年11月8日、筆者撮影(画像:大塚良治)

ダイヤ乱れにより越後湯沢駅に臨時停車したあけぼの。2013年11月8日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 JRグループからブルートレインが姿を消して久しい――。

 ブルートレインとは、JRの前身である日本国有鉄道(国鉄)からJR各社に引き継がれた青色塗装の客車による寝台列車のことである。2015年3月14日のダイヤ改正で、最後まで残っていた「北斗星」(上野~札幌)が定期運行を終了した。また、同じ区間を走っていた「カシオペア」も、2016年3月20日に定期運行を終了し、現在は団体専用列車(募集型企画旅行)として運行されている。

 ただし、北斗星はJR発足後の1988(昭和63)年3月13日に、カシオペアは1999(平成11)年7月16日にそれぞれ運行を開始している。現在、定期夜行列車として唯一残っている「サンライズ出雲・瀬戸」(定期列車の運行区間:東京~出雲市・高松)も、運行開始は1998年7月10日である(前身の寝台特急「出雲」「瀬戸」は国鉄時代から運行)。JR初期には、まだ各社に夜行列車の運行を続ける意欲があったといえる。

 国鉄からJRに引き継がれたブルートレインの最後は、2014年3月15日のダイヤ改正で定期運行を終了した「あけぼの」(上野~青森)だった。あけぼのは、東北新幹線新青森開業によって廃止が危惧されたが、開業後も存続した。これは、

・新潟県北部・山形県・秋田県・青森県の各都市を、乗り換えなしで首都圏と結ぶ利便性
・2段式開放型B寝台の設備を、乗車券と指定席特急券だけで利用できる「ゴロンとシート」
・女性専用の「レディースゴロンとシート」(浴衣、枕、掛け布団、シーツは省略)

といった設定があったため、一定の支持を集めていたと考えられる。

夜行列車の歴史的役割

札幌駅に到着した「はまなす」。2011年8月22日、筆者撮影(画像:大塚良治)

札幌駅に到着した「はまなす」。2011年8月22日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 急行「はまなす」(運行区間:青森~札幌)は、2016年3月21日まで存続していた。この列車は青函トンネル開業にともない、JRが発足した1988年3月13日に運行を開始した。筆者(大塚良治、経営学者)が青森発の列車に乗った際、函館到着時に多くの乗客が下車するのを見て、国鉄の象徴のひとつである青函連絡船を補完する役割を果たしていると感じた。

 583系電車で運行された急行「きたぐに」(大阪~新潟)は、2012(平成24)年3月17日のダイヤ改正にともない、寝台特急「日本海」とともに定期列車としての運行を終えた。きたぐにのB寝台は3段式の開放型だった。

 また、自動車の積載が可能な「カートレイン」(「カートレイン九州」(運行終了時の区間は浜松町~東小倉)など)や、二輪車を搭載できた「MOTOトレイン」(急行「八甲田」および快速「海峡」に連結して、上野~函館で運行)も国鉄からJRに引き継がれたが(1988年に開始された「モトとレール」は日本海に連結して、大阪~函館で運行)、いずれも1990年代に姿を消している。

 国鉄からJRへ継承された夜行普通・快速列車には、

・阪和線・紀勢本線経由の夜行普通列車、大垣夜行(1996年3月16日ダイヤ改正以降は「ムーンライトながら」)
・「ムーンライト」(同日以降は「ムーンライトえちご」)
・土讃本線(現・土讃線)の夜行普通列車
・中央東線の夜行普通列車

があった。さらに、JR発足後には「ムーンライト九州」(京都~博多)や「ムーンライト信州」(新宿~白馬)なども誕生した。

 このように、国鉄からJRに継承された夜行列車のほか、JR発足後に新たに創設された夜行列車もあったが、大半は消えてしまった。現在、定期夜行列車として残っているのは「サンライズ出雲・瀬戸」のみである。また、国鉄からJRへ夜行急行列車もいくつも引き継がれたが、すべて姿を消した。ブルートレインはJRから完全に消滅し、現在では保存車両を見ることができるのみである。

夜行列車が廃止された五つの理由

新宿駅で出発を待つ「ムーンライトえちご」新潟行き。2011年8月30日、筆者撮影(画像:大塚良治)

新宿駅で出発を待つ「ムーンライトえちご」新潟行き。2011年8月30日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 なぜ多くの夜行列車が廃止されたのか、筆者は次の五つの理由を考えている。

・新幹線網の拡大と高速化
・整備新幹線の開業による影響
・競合交通機関の発達
・ビジネスホテルの増加
・夜行列車運行にともなうコスト削減の思惑

早速ひとつずつ説明していこう。

 まずは「新幹線網の拡大と高速化」だ。整備新幹線やミニ新幹線の開業、さらに新幹線列車の高速化により、首都圏や近畿圏と新幹線開業地域との所要時間が大幅に短縮された。この結果、夜行列車の廃止が進むこととなった。

 次は、JR発足後の「整備新幹線の開業による影響」である。整備新幹線の開業にともない、並行在来線の経営分離や廃止が行われ、これが夜行列車の減少を促進した。

 三つ目の理由は「競合交通機関の発達」だ。高速道路網の拡充によって、高速バスが特急料金を徴収しない安価な料金や利便性を武器に支持を広げた。また、航空会社もサービス向上に努め、格安航空会社(LCC)の運航により低価格志向の消費者を引きつけることに成功した。これにより、夜行列車の競争力が低下した。

 四つ目は「ビジネスホテルの増加」である。ビジネスホテルは夜行列車にとって強力な競争相手となった。寝台特急を利用するには、乗車券や特急券に加え、寝台料金が必要だが、ビジネスホテルの宿泊料金はしばしばJRの寝台料金と同程度で、浴室や広いベッドが備わっているため、宿泊客は快適に過ごせる。一方、寝台列車にはシャワーがないものや、個室寝台よりプライバシーや防犯が劣る開放型寝台が中心で、消費者ニーズに対する対応が遅れた。このことも夜行列車の衰退に寄与したと考えられる。

 ただし、観光立国政策によるインバウンドの増加や宿泊事業者によるレベニューマネジメント(需要の繁閑に応じて価格を変動させる仕組み)の導入、物価上昇により宿泊料金は上昇傾向にあるため、寝台列車を復活させた場合、寝台料金の負担感は相対的に和らぐ可能性が高い。

コスト圧迫の夜行列車運行

新潟駅に到着した「きたぐに」。2012年2月29日、筆者撮影(画像:大塚良治)

新潟駅に到着した「きたぐに」。2012年2月29日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 五つ目は、JR各社にあった「夜行列車運行にともなうコスト削減の思惑」である。夜行列車の運行には、停車駅への駅係員の配置や、乗務員や運転司令員などの人員手配が必要で、これには手間と費用がかかる。しかし、これらのコストに見合った収益を得るのは難しい。JR会社間をまたぐ運行の場合、各社との協議や調整も求められる。筆者は以前、あるJR関係者から、

「JR会社間の直通列車を自社の管内で延長運転する際には、直通する他のJR会社の了解を得る必要があった」

と聞いたことがある。このような負担を自ら進んで引き受ける気持ちになりにくく、これがJR会社間を直通する夜行列車が衰退した一因と考えられる。

 また、夜行列車の運行があると、夜間の線路保守時間を確保するのも難しくなる。夜行列車の車両は日中に車両基地で滞留するが、車両基地のスペースを確保すること自体がコストとなる。不動産の固定資産税や、車両の留置スペース確保にともなう土地の機会費用も発生する。

 実際、夜行列車の廃止により余剰となった車両基地の空きスペースを不動産開発に転用したのが、JR東日本の高輪ゲートウェイである。さらに、夜行列車用の車両を保有するコストも無視できない。こうした有形無形のコストが、JR各社にとって負担となっていたことが推察される。

環境意識が導く復活劇

上野駅で出発を待つ「カシオペア」札幌行き。2011年6月24日、筆者撮影(画像:大塚良治)

上野駅で出発を待つ「カシオペア」札幌行き。2011年6月24日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 このように、複数の要因が重なり、夜行列車は衰退したと考えられる。復活を検討する際には、人手不足や働き方改革に対応する必要がある。寝台列車は、1列車あたりの輸送量が新幹線と比べて少ないため、採算性が低くなる(定員は、サンライズ出雲・瀬戸が300人程度であるのに対して、新幹線N700系は約1300人で約4倍)。その上、夜間労働がともなうため、要員確保が課題となっている。

 働き方改革により、2023年3月以降、従業員に月60時間を超える時間外労働を深夜の時間帯に行わせる場合、時間外割増賃金率50%を加えた75%の割増賃金が支払われることが義務化された。JRに限らず、人手不足が深刻化するなか、企業価値を高めるために、貴重な人材を収益性の高い事業に配置転換する判断が増えるのは自然な流れである。

 本稿では、「ブルートレインなど長距離列車もなくなりません。」という意見については守られていないと判定するが、消費者ニーズや環境の大きな変化が夜行列車の存続に逆風となったことを指摘したい。つまり、JRを批判するだけでは解決策は見いだせない。

 夜行列車には、表面的な採算性だけでは測れない価値がある。鉄道旅行の魅力を高め、鉄道ファンの裾野を広げる効果や地域活性化による経済効果が期待できる。欧州では、

「飛び恥(Flight Shame)」(環境負荷の大きい航空旅行に対する罪悪感を表す言葉。飛行機の利用が大量の二酸化炭素を排出するため、環境に悪影響を与えることを恥じるという意味)

への対応として、一部の夜行列車が復活した。夜行列車については、採算性だけでなく、社会全体に及ぼすポジティブな影響を考慮し、ステークホルダーと協力して運行が成立する条件を工夫する努力が求められる。

夜行列車復活の条件

青森駅で出発待ちする「日本海」大阪行き。2012年3月1日、筆者撮影(画像:大塚良治)

青森駅で出発待ちする「日本海」大阪行き。2012年3月1日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 ビジネスにおいては、事業を維持・発展させるために、外部環境の変化に対応し、自社の立ち位置を確認することが重要である。また、経営資源を磨いて競争力を高め、自らの

「存在意義(パーパス・こころざし)」

を社会と共有することが求められる。夜行列車にも同様に、このパーパスが必要である。

 夜行列車の衰退の主な原因は、社会とそのパーパスを共有できなかったことだ。もし夜行列車の存在意義が社会に受け入れられ、ステークホルダーからの支援や消費者からの支持が得られれば、夜行列車に携わるスタッフに高給を支払えるようになり、人員確保につながるだろう。

 夜行列車の復活を目指して、JRのパーパスを見直すことが望ましい。夜行列車の廃止によって鉄道事業者の採算が改善するかもしれないが、同時に夜行列車が生み出す社会的価値が失われることを認識する必要がある。

WE銀河、魅力の定期運行

大阪駅で出発を待つ「トワイライトエクスプレス」札幌行き。2012年11月7日、筆者撮影(画像:大塚良治)

大阪駅で出発を待つ「トワイライトエクスプレス」札幌行き。2012年11月7日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 一方で、希望の光が見えてきた。JR西日本は117系近郊型電車を改造し、臨時特急「West Express銀河」(WE銀河)を生み出した。この取り組みは「JR西日本グループ中期経営計画 2022」で示されたもので、

「地域との対話と連携を通じ、観光を中心として西日本各エリアの活性化に貢献する」

ことを目指している。WE銀河は2020年5月8日に運行を開始することが当初発表された。この運行は、夜行列車の復活が不可能ではないことを証明した。JR西日本の英断に敬意を表したい。

 WE銀河は昼行列車としても夜行列車としても運行されている。コロナ禍の影響で2020年9月11日に運行を開始した当初は、日本旅行が発売する団体専用列車(募集型企画旅行)だったが、2023年以降はみどりの窓口などでの一般発売も行われるようになった。JR九州・JR西日本・JR東日本が運行するクルーズトレインは、いずれも募集型企画旅行で、料金が数十万円以上と高額であるのに対し、WE銀河は普通車指定席とグループ車指定席を用意しており、比較的リーズナブルな価格で利用できる。

 また、JR西日本管内での運行が基本だが、「四国デスティネーションキャンペーン」の一環として、2021年12月25日・26日にJR四国管内へ初めて乗り入れた。今後は、JR他社との協力を通じて恒常的な乗り入れが実現することを期待している。

ヒントは「テーマパーク化」

大垣駅でJR西日本223系普通列車(左)と並ぶJR東日本189系「ムーンライトながら」。2012年8月10日、筆者撮影(画像:大塚良治)

大垣駅でJR西日本223系普通列車(左)と並ぶJR東日本189系「ムーンライトながら」。2012年8月10日、筆者撮影(画像:大塚良治)

 夜行列車の旅の魅力をさらに訴求するためには、消費者に

「夜行列車に乗りたい」

と感じさせるブランドを構築することが重要である。東京ディズニーリゾート(TDR)を運営するオリエンタルランドが、固定客への依存から脱却するために、“動くテーマパーク”としてのクルーズ(船)事業に乗り出すことを明らかにした。

 これを受けて、JRも「通勤・通学客依存」からの脱却を目指し、

「乗ること自体を目的とする『テーマパーク』のような夜行列車」

をブランド化し、観光資源として活用することを考えてはどうだろうか。このアプローチは、夜行列車のパーパスの確立や鉄道旅行ファンの獲得、鉄道の高付加価値化を通じた収益増加に貢献できる。

 日本では人口が減少しており、固定客である通勤・通学利用は確実に減少する。そのため、旅行客の獲得は鉄道業界全体にとってますます重要なテーマとなる。JRグループには、旅に彩りを添える魅力的な夜行列車を作ってほしい。夜行列車には地域に活力を与え、鉄道旅行の魅力をアピールする大きなポテンシャルがあるのだ。

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