「EV大型トラック」は普及するか? 最大航続距離500km、メルセデスベンツの革新的「eアクトロス600」を通して考える

EV市場の混沌

eアクトロス600(画像:メルセデス・ベンツ)

eアクトロス600(画像:メルセデス・ベンツ)

 2024年現在、一時は世界の自動車製造ビジネス界を席巻すると思われた電気自動車(EV)ビジネスが混沌としている。その背景には、EVビジネスを牽引してきた中国市場の減速がある。官民挙げてEVビジネスを強力に推進してきた欧州連合(EU)でも同様で、EV政策は混乱している。

 さらに4月上旬には、EV事業の最先端を走ってきた米テスラが、今後の極めて重要なモデルと位置付けていた2万5000ドル以下の低価格モデルの開発を断念したことが発表された。

 テスラが開発中止を決断したのは、このようなモデルの開発に多額の資金を投じても、短期的に十分な利益を上げることは不可能だという現実的な判断に基づくものだったとされている。これは自家用乗用車市場での話である。

 一方、EVを開発し、安定した販売事業の構築を目指す歴史ある大手自動車メーカーにとって、商用車はEV戦略の中心に位置づけられるようになった。最も効果的な省エネを実現する商用車は大型トラックである。

 ドイツのメルセデス・ベンツはこの分野をリードしており、2023年10月に発表した最新の大型トラック・eアクトロス600は、600kWhの大容量バッテリーを搭載。1回の充電で最大航続距離500kmを達成し、その実用性能の高さに大きな期待が寄せられている。

充電時間大幅短縮

eアクトロス600(画像:メルセデス・ベンツ)

eアクトロス600(画像:メルセデス・ベンツ)

 eアクトロスの市場開発において、メルセデス・ベンツは車両本体とともに大容量の急速充電システムの構築に注力している。2024年4月22日に発表された公式リリースによると、メルセデス・ベンツは“メガワット急速充電器”の開発に成功し、現在、実用化に向けた開発の最終段階にあるという。

 現在、EV大型トラック用の急速充電システムの最大出力が400kWhであるのに対し、メガワット充電器は700kWh以上といわれている。今回、メルセデス・ベンツが実用化に向けてテストしている急速充電器の最大出力は1000kWhである。

 一般的に、定期便に使われる大型トラックの1日の走行距離は最大約1000km。つまり、最大航続距離500kmを達成したeアクトロス600の場合、ワンストップの急速充電で運行することができるのだ。

 600kWhのバッテリーの場合、現行の400kWh急速充電器の充電時間は1時間半未満である。1000kWhなら40分で充電できる。これなら高速道路のサービスエリア(SA)でのちょっとした休憩時間に充電が完了する。また、1台あたりの充電時間が短くなれば、急速充電ステーションの回転率も上がる。

 これは急速充電ステーションの運営だけでなく、実際にEVトラックを運行する運送事業者にとっても非常に有利だ。気になるのは、この高性能急速充電システムのイニシャルコストとランニングコストだが、メルセデス・ベンツはこのコストについてまだ公式発表をしていない。

 いずれにせよ、メガワット急速充電システムの提供は、多くの運送事業者が抱える充電ステーションでの最大航続距離不足とタイムロスの問題に対する大きな解決策となる。

 しかし、前述したようにその設置・運用にはそれなりの費用が必要であり、なかなか普及は進まないだろう。当初は長距離トラックの多い幹線道路のSAに限定されることが推測できる。

短距離配達の充電拠点

eアクトロス600(画像:メルセデス・ベンツ)

eアクトロス600(画像:メルセデス・ベンツ)

 EV化を前提とした場合、トラック運送ビジネスでは走行距離に合わせて充電ステーションを開発することが重要であり、1日200km以下のルート配送であれば、運送事業者の自社の車両基地に設置された充電器で十分に賄える。一方、1日の走行距離が300~400kmであれば、eアクトロス600のような高性能モデルであれば、ルート配送中に充電する必要はない。

 このように分けた上で、効率的な充電インフラを整備することが、今後のEVトラックの普及にとって重要なポイントになる。つまり、単に充電ステーションを増やすだけでは不十分であり、EVトラックの効率的な運用を実現する上で難しいポイントとなる。

 メルセデス・ベンツ eアクトロス600は、2024年末までに量産が開始され、市販される予定だ。その時点でメルセデス・ベンツがメガワット急速充電システムの設置を開始できるかどうかはまだわからない。

 しかし、eアクトロス600は従来の400kWh充電に加え、最初から1000kWh充電を想定したアプリケーションを選択することができる。また、導入時にメガワット充電に対応していなくても、後から追加装備することもできる。

 冒頭で述べたように、自家用EV乗用車の世界は混迷を極めており、今後10年でどのような動きを見せるのか、正直予想がつかない。一方、EVトラック分野は、より低コストで効率的な運行がビジネス前提であるため、予測は容易である。

 当面、eアクトロス600やメガワット急速充電システムは欧州を中心に運用されるが、運用実績次第ではいずれ日本にも普及するだろう。そのとき、日本のトラックメーカーはどのような事業戦略を構築できるのか。今後の動向に注目したい。

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