12席だけ! 「豪華夜行バス」のパイオニア、運転も神ワザ!? “靴を脱ぐ”運転士の神髄を体感
夜行高速バスの最高峰といえば、個室タイプの1+1列バスでしょう。その元祖ともいえるのが、海部観光が運行する東京~徳島間の「マイ・フローラ」です。運行14年目と定着している豪華バスに乗車してみました。
少ない定員で採算は取れるのか
東京~徳島間を結ぶ海部観光の夜行高速バス「マイ・フローラ」は、2011(平成23)年に登場した半個室タイプの1+1列バスです。それまでもウィラーエクスプレスの「コクーン」など、1+1列でパーテーションを備えたバスは存在しましたが、自分のスペースをほぼ覗き見されない「個室感があるバス」は、前例がありませんでした。
海部観光によると「ゆったり感とプライバシーに配慮した画期的なバス」を企画したものの、既存のバスとあまりにも異なることから、当初は請け負うメーカーがない状態だったそうです。製作を地元・徳島の設計事務所、内野輝明氏に依頼し、自分たちで設計まで行うことで「マイ・フローラ」を実現させたといいます。
「マイ・フローラ」は、JR東京駅の直近にあるバスターミナル東京八重洲・バスタ新宿から、徳島駅を経て、JR牟岐線の阿波橘駅(徳島県阿南市)に近い阿南津乃峰営業所横までを結びます。バスターミナル東京八重洲を出るのは、21時30分です。
車両の外観は「12の花のアレンジと海部川から海に流れ込んだ水が、大海で大きなうねりを作り出すさまをイメージ」したとのことで、優しく、やわらかい雰囲気です。
乗り込む時には、乗務員に靴を脱いで預けます。1+1列バスなので、定員はわずか12名。これは運行開始時では日本最少。現在でも「ドリームスリーパー東京大阪号」の11名に次ぐ少なさです。
徳島まで1万7900円(時期により変動)するとはいえ、採算が取れるのか心配になるほどですが、海部観光によると「おかげ様で年間ほぼ満席であることと、定員が少ないのでトランクルームに余裕があることを活かし、荷物輸送もしていますので大丈夫です」とのことでした。
イメージは「大陸を走る現代の寝台特急」
2024年8月末に利用すると、東京駅では7名が乗車しました。
車内は中央通路の左右に1+1列でリクライニングシートが並び、それぞれ木のパーテーションで囲まれています。パーテーションの上部だけ空いている独特な構造ですが、これは見通しをきかせて車内を監視できるようにするという法規上の制約と、乗客のプライバシーとを両立させるためだそうです。
イメージは「大陸を走る現代の寝台特急」とのこと。徳島県産の木材を使った曲線の固定仕切り「キャノピー」は豪華な雰囲気です。カーテンと合わせると、前後左右からはほぼ覗けないようなつくりとなっています。
各個室の入口には、市田芽衣氏が手掛けたイラストで草花があしらわれているのですが、これは東京~徳島間の沿線にある草花なのだとか。
座席は幅が70cmもあり、シートベルトがなければ寝返りをうてる広さです。背もたれは155度倒れるので、十分に寝転ぶことができます。特に腰部の追加クッションはよくできており、リクライニングした時に体の重量を分散させてくれました。枕も柔らかく、すこぶる快適です。
座ると木製パーテーションに、縁の付いた小物入れが目に入ります。揺れる車内で安定感のある物入れはありがたく、スマートフォンやモバイルバッテリーの置き場として活用できました。
テレビもありますが、残念ながら故障中。動いている時はカーナビで現在位置も表示してくれるそうです。スマートフォンが普及した現在では見かけなくなった装備ですが、逆に希少性を感じます。 ドリンクホルダーや網ポケット、コンセント、荷物棚には毛布も備わります。
運転士も靴を脱ぐワケ
バスは八重洲を出発し、バスタ新宿に向かいました。特筆すべきは運転のスムーズさです。運転士は靴を脱いでいたのですが、これは繊細な運転感覚を維持するため。動き出しはアイドリングのトルク(回転数)だけでクラッチをつないでいるそうで、スムーズで騒音振動が少ない加速を見せます。
運転についてはこだわりがあり、高速道路では「上り坂でも下り坂でもできるだけ定速を維持し、振動が少ない車線を選んでいる」とのことです。
アクセルはエンジンブレーキで衝撃が発生しないようゆっくり戻し、ブレーキはできるだけ排気ブレーキで済ませて、ブレーキペダルを踏まないようにするとのこと。ブレーキペダルを踏む場合でも、最初はペダルの上部を踏んで強めにブレーキをかけるのがコツだそうです。こうすると慣性の法則から、乗客には重力がかかりにくいのだとか。
さらに減速が始まったら、足の裏をブレーキペダルの横に接地させ、上から下へと滑らせて踏み込みを弱くし、いつ止まったのか分からないような制動に近づけるのだそうです。
「マイ・フローラ」はバスタ新宿に22時15分に到着。ここで5名が乗車し、バスは満席になりました。でも個室感のおかげで、満員でも圧迫感はありません。
乗客の大半は徳島駅で下車
停車中に車両の後部にあるパウダールームを利用しました。車幅と同じ広さがある部屋で、造花も飾られています。トイレも設置されていますが、特筆すべきはカーテンが備わり、部屋を仕切れることです。着替えの際にトイレとスペースを分けられる配慮なのだとか。乗務員の接客も丁寧で、ホテル感のあるバスです。
車内が減光されたので眠りにつきます。座席よし運転よしと、運行開始から13年経ちますが、快適性では今なお、高速バスの最上位のひとつだと感じました。
翌朝は6時25分着の徳島営業所向かい側バス停と、30分着の徳島駅前バス停で乗客の大半が下車しました。なお、乗車日は途中の停留所を通過してそのまま終点へ直行しましたが、途中の徳島グランヴィリオホテルバス停には海部交通のバス利用客向けスペースがあり、座席も展示されているそうです。
いつもは利用が多いという阿南駅に近いスマイルホテル阿南バス停を通過すると、定刻より20分ほど早い7時21分に、終点に到着。ここで1名が下車しました。
筆者(安藤昌季:乗りものライター)は取材ということでその後、海部交通の車庫まで行きましたが、到着後すぐに車体を整備し、ピカピカに洗浄している姿勢を見て、リピーターが多い理由がわかったように感じました。
10/12 08:12
乗りものニュース