「ルパン三世の愛車」チェンジは苦肉の策だった!? じつはクリーム色じゃない“激レア回”も

いまや国民的な人気キャラクターともなった「ルパン三世」。そんな彼の愛車と言えば、よく知られているのがフィアット500Fです。じつは、このイメージが定着した裏には、「アニメ界のレジェンド」が大きく関わっていました。

フィアット500を印象付けた『ルパン三世 カリオストロの城』

 公開45周年を記念して、2024年11月29日から期間限定での全国リバイバル上映が決定した『ルパン三世 カリオストロの城』。この作品は『ルパン三世』シリーズの劇場版2作目にして、アニメ界の巨匠・宮崎(大の部分が立の異体字) 駿さんの映画初監督作品です。今なお幅広い世代に愛され続ける名作であるとともに、「ルパン三世の愛車=バニライエローのフィアット500F」というイメージを決定づけた作品でもあります。

 意外なことに、故・モンキーパンチさんの描いた原作漫画には、フィアット500Fは登場しません。漫画版ではルパン三世を含む登場人物は車種不明のセダンに乗り、形式のよくわからない拳銃を使用しています。じつは『ルパン三世』に詳細なメカ設定が用意されたのは、1969年に制作されたパイロットフィルム版からでした。

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ルパン三世の愛車として有名なフィアット500F。大塚さんの愛車がモチーフになった(画像:PIXTA)。

 漫画『ルパン三世』にいち早く注目したのは、アニメ制作会社「東京ムービー(現・TMS)」の創設者であり、敏腕プロデューサーだった藤岡 豊さんです。彼は前例のない「日本初の大人向けアニメ」として『ルパン三世』を企画します。このときにメインスタッフとして起用されたのが、人形劇出身の演出家だった大隅正秋(現・おおすみ正秋)さんと東映出身のアニメーターの故・大塚康生さんでした。

 ふたりは、大人向けにアニメを作るにはリアリティが重要だと考え、劇中に登場するガジェットはすべて実在するものから選ぶことにします。これは「実証主義」と呼ばれる演出手法で、当時のアニメ業界では前例のない試みでした。

 こうしてルパン三世の愛車はフェラーリ製V12エンジンを搭載したメルセデス・ベンツSSK、愛用の拳銃はワルサーP-38、愛飲するタバコはジタン・カポラルと、今も受け継がれるルパン三世の設定が決定されたのです。このときの功労者が、クルマや銃器、ミリタリーに関して幅広い知識を持つ大塚さんでした。

「アニメ界のレジェンド」は大のクルマ好き

 アニメに詳しくなければ、大塚さんの名前はご存じないかもしれませんが、彼は日本におけるアニメーションの創成期から1980年代まで活躍し、1990年代からは専門学校やテレコム・アニメーション、スタジオジブリなどで後進の指導に当たった、いうなれば「アニメ界のレジェンド」です。彼が育てた人物の中には、宮崎 駿さんや友永和秀さん、貞本義行さんなどがおり、その功績は偉大といっても過言ではありません。

 同時に大塚さんは無類のカーマニアでもあり、著名なジープ研究家としても知られていました。そんな彼は、宮崎 駿さんの最初の愛車となるシトロエン2CVの中古車を探してきたり、虫プロに移籍した元同僚の中村和子さんから買ったばかりのいすゞ・ベレットを借り出すと事故を起こして大破させてしまい、その代償として手塚治虫さん原作のアニメ『W3』のオープニングを担当することになったり、趣味が高じてアニメーターを一時休職して模型メーカーに転職し、そこで軍用車の模型設計を担当したり、ジープの専門書を執筆したりと、さまざまな逸話が残されています。

 パイロットフィルムの完成から3年後の1971年10月、大塚さんの設定を生かしたTVアニメ『ルパン三世(Part1)』がオンエアされます。このときのルパン三世の愛車は前述のベンツSSKでした。ところが、斬新すぎる内容から視聴率は低迷し、テレビ局やスポンサーは子ども向けへと路線転向を要求します。

 これに失望した大隈さんは降板し、代わりにピンチヒッターとして演出を担当することになったのが、大塚さんの東映動画時代からの友人であり、のちに数多くのジブリ作品を生み出す宮崎 駿さんと故・高畑 勲さんでした。

ルパン三世の愛車=大塚康生さんの愛車に

 宮崎 駿さんと高畑 勲さん、このふたりが演出を担当するようになってからルパン三世の愛車はベンツからフィアットへと変化します。初登場は第16話「宝石横取り大作戦」で、『カリオストロの城』とは車体色が違い、薄い水色のフィアット500Fを不二子が運転しています。以降シリーズ最終回までこのクルマをルパン三世が愛用することになりました。

 ベンツからフィアットへと愛車が変わった理由はふたつ。ひとつは演出方針の変更。もうひとつは複雑な形状のベンツSSKを描けるアニメーターは、大塚さんと青木雄三さんのふたり以外にいなかったからです。じつはこのフィアット500Fこそ大塚さんの当時の愛車であり、制作スタッフが作画をする上でわからないところがあれば、スタジオの駐車場へ見に行けば済むという作画上の大きなメリットがありました。

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宮崎 駿さんのシトロエン2CV(左)と大塚康生さんのフィアット500F(右)。この写真は以前に大塚康生さんから「好きに使っていいよ」と筆者に提供されたもの(大塚康生氏提供)。

 大塚さんのフィアット500Fは西武自動車が輸入したクルマで、日野コンテッサを2台乗り継いだ後に買ったのがこの車両でした。大塚さんはフィアットに対する印象を「排気量の大きなコンテッサよりも良かった」と述べており、晩年に筆者(山崎 龍:乗り物系ライター)が大塚さんの自宅を訪れたときも、作りかけのフィアットのプラモデルが自室にありました。こうしたことから、このクルマは手放したあともお気に入りの1台だったようです。

 その後のシリーズでルパン三世は、アルファロメオ・グランスポルト・クワトロルオーテ、スバル・サンバー、シェルビー・コブラ、スバル360など、さまざまなクルマを乗り継いだ末に、『Part4』からは再びフィアット500Fを愛用するようになっています。

 こうして見てみると、大塚康生さんの存在がなければ『ルパン三世』のアニメ化は実現せず、「ルパン三世の愛車=フィアット 500F」のイメージが定着することもなかったでしょう。やはり「アニメ界のレジェンド」が作り上げた功績は大きかったと言えるのではないでしょうか。

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