「終列車で下車?おやめください!!」全力で制止される“秘境駅”なにがある? 電波ナシ道ナシ家もない!
1日の列車は2往復のみ、徒歩ではたどり着けず、携帯電話の電波も入らない――大自然の中にある大井川鐵道井川線の尾盛駅に降り立ってみました。なぜ、ここに駅があるのでしょうか。
2023年度の平均利用者数は「0.4」名!
静岡県川根本町にある大井川鐵道井川線の尾盛駅は、秘境駅を世に知らしめた牛山隆信氏による「秘境駅へ行こう!」ランキングで、何十年も常に上位へランクされています。
同駅へは列車で行くことは容易ですが、駅にアクセスする道が存在しません。携帯電話の電波もほぼ圏外で、人里が存在しない奥大井の山深い場所にあるのです。2024年の時刻表では、尾盛駅へ行く列車が2往復となっており、いったん下車すれば約1~3時間の滞在を余儀なくされます。
井川線は代替交通機関の乏しい山深い地域を走ります。客用ドアは手動式のため、車掌が乗客へ行き先を尋ねて把握するのですが、最終列車で尾盛駅へ下車することは全力で止められます。人里からかなり離れた山の中ゆえに、どのような危険が潜んでいるやも知れず、乗客の安全のために日帰りでの利用となっています。
尾盛駅訪問は、千頭駅9時15分発の201列車で尾盛駅10時36分着、折り返しの12時53分発202列車に乗車するパターンと、12時20分発の203列車で13時42分着、15時43発に乗車するパターンが楽です。尾盛駅で途中下車しつつ井川駅まで全線踏破する場合は、201列車に乗らないと日帰りできません。
ではさっそく201列車を利用してみましょう。到着前の車掌アナウンスでは「井川ダム建設のために設置された駅で、道路もなく列車でしか訪れることのできない秘境駅です」と丁寧な説明が入ります。尾盛駅へ停車すると、筆者(吉永陽一:写真作家)以外に下車客はいませんでした。
駅の構造は1面1線で、低い井川線ホームのほかに、一般的な鉄道と同じ高さのホームが残され、待合室の小屋があります。年間平均利用者数は、2022年度で1名。翌2023年度はコロナ禍が影響して0.4名(共に大井川鐵道調べ)です。旅人がメインの利用者なのですが、僅かながら林業関係者も利用しています。駅名の由来は地名とのことです。
かつては工事関係者用の集落があった
井川線は、大井川電力軌道と中部電力専用鉄道が前身で、車両サイズが軌間762mmのナローゲージ規格を踏襲し、線路を1067mmへ改軌した路線です。1954(昭和29)年に中部電力専用鉄道が井川駅まで延伸して、井川ダムの建設資材や人員を輸送しました。井川発電所工事誌によると、「尾盛駅舎 昭和29年4月30日竣工」と記載があり、このときに駅が開業したと考えられます。大井川鐵道へ運行管理が移管されたのは1959(昭和34)年です。
尾盛駅はわずかながら平地です。以下は推測になりますが、奥泉ダムから大井川ダムへと結ぶ導水路が尾盛駅背後の山中を貫いていること、駅の先には川底から70.8mの日本一高い鉄道橋梁「関の沢橋梁」が控えていたことから、建設工事の最前線場所として、この平地は役に立ったはずです。
また駅の周囲には、工事関係者の集落が形成されました。導水路や関の沢橋梁の工事とあわせて駅施設が整備され、橋梁用の資材も集積されたことでしょう。高いホームは線路が撤去されて久しいですが、資材などの積み下ろしに使用され、井川線のホーム裏の斜面には荷物運搬用と思しきトロッコの車輪が遺棄されています。
工事関係者の集落は数百名規模となり、一家の子供のために分校もありました。集落跡は線路端で廃墟となり、林業会社の廃屋が1軒残るのみ。駅に到着する手前で、集落跡が草生している姿が車窓から見えました。
残暑の尾盛駅に佇んでいると、聞こえてくるのは沢の音、降り注ぐ蝉時雨、昆虫の羽音のみ。「ああ、ここは大自然の中にいるのだな」と、自分の存在が小さく思えてきます。ホームへ降りただけで感じるのが、この駅の最大の魅力です。案の定、携帯電話も圏外。しばしのあいだ、しがらみのない時間を堪能しましょう。
夏場の訪問 虫よけは必携!
周囲を見渡すと、高いホームには2体の狸像と待合室があります。狸は井川線各駅に設けられた創作狸話にまつわるもの。いわば、この駅の住人的存在です。隣にある小屋の待合室は帰りの列車まで滞在できます。
ただし、アブ、ブヨ、軒下には蜂……。刺されたら痛そうな昆虫たちが先客でした。待合室の周りにはヤマビルも潜んでいます。尾盛駅の自然界は生き生きしており、虫除けなどは必携です。
虫を刺激しないようそっと待合室で佇んでいると、保線員の若い男性が訪れました。沿線の倒木処理をしながら、尾盛駅の清掃も実施しているとか。秘境駅とはいっても鉄道会社が管理するれっきとした駅です。通行の妨げになる雑草を刈り、待合室内を掃除し、補修箇所があったら後日修繕します。
待合室内には鉄道電話があり、保線の方によると「11番を押すと井川線の運行管理所へと通じます。何かあったらこの番号で」とのことでした。
秘境駅を訪れる者は、誰もいないが駅という“社会”にいる認識で、ゴミは持ち帰る、立入禁止は守る、待合室は汚さずと、当たり前のことを心掛けましょう。集落跡にも危険が潜んでいます。稀に徒歩で来る人もいるらしいですが、大井川鐵道としては立入禁止区域には入らず、鉄道で行き来してくださいと強く訴えています。
尾盛駅は大都会から気軽に列車で来られますが、環境は大自然の中の山小屋です。夏場は蒸し暑いときもあり、熱中症対策はしっかりとしながら、ある程度の飲食物も必携です。また井川線は、自然と隣り合わせゆえに突発的な運休もあり、計画も余裕を持った方が無難です。
この秘境駅はひとたび列車を降りると、自然界の音しかしません。人はちっぽけな存在なのだなと思っていると、日々の生活のギスギスした感情も洗われていくような気がしてきました。
09/15 15:12
乗りものニュース