どうやって行くの!? 見た目は「孤島の秘境駅」に人が次々くるワケ それは全て“戦略”だった!

湖にポツンと浮かぶ島のような、大井川鐵道井川線の奥大井湖上駅。アクセス方法が限られることから秘境駅にも数えられますが、歴史を紐解くと、観光客を呼ぼうとした社の目論見もありました。

ダム建設に伴い付け変わった線路

 大井川鐵道井川線には、尾盛駅をはじめ秘境駅が点在しており、その中でも特異な存在なのが、静岡県川根本町の長島ダムにある奥大井湖上駅です。
 
 いわゆる秘境駅で、列車本数が極端に少なく、陸の孤島のように人里と離れ、アクセスする道路すらありません。駅にはたいてい、人々が集ったり交通の拠点であったりと、交通と流通を担っていた歴史がありますが、奥大井湖上駅はそのセオリーとちょっと違います。

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大井川鐵道井川線の奥大井湖上駅(画像:写真AC)。

 井川線は大井川の山々に沿って線路が敷かれています。途中、線路が谷底にあった川根市代~川根長島間は、長島ダム建設によってルートが付け替えられました。移設は1990(平成2)年で、新線は90パーミル(1000mで90m上る勾配)の急勾配を克服するために、旧国鉄信越本線の碓氷峠以来のアプト式を採用して注目を浴び、日本唯一のアプト式区間となりました。

 アプト式とは、2本のレールの間にさらに歯形の「ラックレール」を敷き、機関車の歯車とレールとをかみ合わせて走行する方式のこと。川根市代~川根長島間は観光資源となり、井川線は「南アルプスあぷとライン」の愛称を付され、新線切り替えと同時に川根市代駅はアプトいちしろ駅、川根長島駅は接岨峡温泉駅へと改称しました。

 一方の旧線は、長島ダムによって誕生した接岨湖の底となりました。途中駅の川根唐沢駅と犬間駅は水底へと没しましたが、廃止ではなく新線に代替駅を設け、川根唐沢駅はひらんだ駅、犬間駅は奥大井湖上駅へと改称されました。そのため、ひらんだ駅と奥大井湖上駅の開業は移設年の1990年ではなく、1959(昭和34)年となっています。

「島のように駅を写せる」と話題に

 新線付け替えの前、犬間駅付近の家々は移転し、そこは無人の秘境駅状態でした。駅の移転先は対岸の山間部となったのですが、その場所も道路ばかりか家すらない天狗石山の尾根の先端部で、駅の前後に橋梁が架けられました。

 移転先に人里がないということは、たいていの場合、信号場のような列車交換設備が駅開設の目的となりますが、構造は1面1線の棒線駅タイプです。駅前は湖となり、背後は尾根の急斜面が迫って、獣道のような山道しか存在しません。

 ではなぜそこに駅を設置したのかというと、観光目的で人々を呼べると大井川鐵道の目論みがあったからでした。

 長島ダムの竣工後、尾根の先端に設置した奥大井湖上駅は、湖にポツンと浮かぶ島の駅のように見えます。ホーム背後の斜面にはログハウスが建設され、そこから駅と湖を眺望できます。駅名に「湖上」を取り入れたのも、湖の上の観光駅を意識したからです。

 ただし駅が移転した1990年代前半は、まだ秘境駅という言葉が浸透する前です。昨今のようにアクセス性の悪さに注目して秘境駅と銘打つわけではなく、眺望と駅の環境を楽しむ観光駅の意味合いが強かったといえます。

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奥大井湖上駅周辺を小型機から空撮。写真中心の尾根の突端に駅がある。大井川の入り組んだ地形を堰き止めて接岨湖となった(吉永陽一撮影)。

 2024年8月の休日、千頭駅発の始発列車は4両編成の各車両にほどよく観光客が乗車しています。奥大井湖上駅へ到着すると半分以上の人が下車しました。列車はすぐに発車しますが、人々は帰りの列車までホームやログハウスで、島のような湖上駅を堪能。観光用の駅としてすっかり人気な存在となっていました。

 その一端を担ったのが、メディアの紹介と誰もが発信側となれるSNSの普及です。テレビでは不思議な駅や秘境駅と紹介され、SNSでは写真が国内外へと拡散しました。駅から見る光景だけでなく、対岸から「島のように駅を写せる」スポットも反響を呼んだのです。奥大井湖上駅は2019年に外国人が選ぶクールジャパンアワードを受賞し、「映え」によってより国内外の人々の注目を浴びることになりました。

観光客を誘致する、あの手この手の施策とは

 奥大井湖上駅が面白いのは、ほぼ列車でしか来られない環境の駅のはずなのに、列車が来ない時間帯でも次々と観光客が訪れることです。これにはカラクリがあり、駅と対岸を結ぶ橋梁「レインボーブリッジ」の脇に人道スペースがあって、駐車場から少しの山道散策で簡単に訪れることができるのです。自動車利用でも気軽に来駅でき、駅の訪問者数を増やしています。

 また大井川鐵道では、奥大井湖上駅のイベントを企画しています。過去には結婚式が挙げられ、直近では2023年に開催した「冬の奥大井湖上駅漫喫ツアー」や、人家がない環境を活かして、真冬の透き通った星空を堪能する「星空列車」を実施しました。なお、星空列車は2024年も開催予定とのことです。静岡市内から奥大井湖上駅へのツアーもあり、遠方だけでなく県内の人々にも向けた取り組みも実施しています。

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星空列車のシーン。人工の明かりが極端に少ない駅の環境を活かし、夜間のホームから満天の星空を堪能するツアーが開催された。2022年12月25日撮影(写真提供:大井川鐵道)。

 最近では井川線=奥大井湖上駅と連想するほどの代名詞となり、気軽に立ち寄れる秘境駅となっています。ログハウスには期間限定でカフェも開店します。とはいえ周囲は何もない環境であることに変わりはありません。飲料自販機もなければ道路もなく、対岸に路線バスはありますが本数も少ないです。都会の延長の気軽さから、手ぶらで来る人もいるそうですが、最低限の飲食物と虫よけ対策は必須でしょう。

 いかにも行きづらい秘境駅、といった趣の奥大井湖上駅ですが、1日の平均利用者数は152名(2023年度、大井川鐵道調べ)で、実は井川線では指折りの乗降客数です。大井川鐵道全体でも6番目となります。にぎわう秘境駅として、今後も人々の感動を与えてくれることでしょう。

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