航空祭で戦闘機が白煙に包まれたのですが危なくないんですか? 操縦士は前見えているのでしょうか
航空祭で各種航空機が、急旋回や急上昇などのダイナミックな飛行を披露する際、パイロットなどには大きなGがかかっています。ただ「G」とは何なのでしょうか。また「ベイパー」なる雲の発生もGと大きく関係していました。
Gは「慣性の法則」で発生する
航空祭でのブルーインパルスや戦闘機の展示飛行では、急旋回や急上昇にともなって大きな「G」が機体や乗員にかかることは知られています。このGはどうかかり、パイロットたちはどのように対処しているのでしょうか。
過去に最大7Gがかかるプロペラ機でのアクロバット飛行に同乗した筆者(咲村珠樹:ライター・カメラマン)が、そのときの経験を交えてお伝えします。
まず、飛行中の航空機でGはどのような仕組みで発生するのでしょうか。これは中学校の理科で学ぶ「慣性の法則」、いわゆる「ニュートンの第一法則」で説明できます。
まっすぐ飛んでいる時は、航空機も乗っている人も同じ向きに進んでいます。しかし、航空機が旋回や上昇・降下をすると、乗っている人には物理的にはまっすぐ進もうとする力が残っているのに対し、機体は向きを変えた方向に行こうとするので、双方に相反する運動エネルギーが生まれます。この時発生する力が地上での重力と比較して何倍になるか、という単位で表されるのが「G」です。遠心力が発生する仕組みとほぼ同じなので、遠心力の強さと表現することもできます。
第三者的視点で見ると、乗っている人が機体に押しつけられているのですが、乗っている側の視点では「下の方から身体が圧縮される」ように感じます。Gの説明でよく使われる「体重の〇倍の重さがのしかかる」という表現のように、上からではないのが興味深いところです。Gの大きさは同じ旋回半径なら速度の速い方が、そして同じ速度であれば旋回半径の小さい方が大きくなります。
実はGを軽減しない?「Gスーツ」の役割
湿度の高い気象条件の場合、戦闘機が旋回や上昇をする際に機体上面から派手に湯気のようなもの(ベイパー)が発生することがあります。これは急激な動きによって機体上面から気流が剥がれ、気圧が低下することで水蒸気が凝固する現象なので、この時は大きなGが発生していると判断可能です。
宙返りをする時は、水平飛行から上昇に移る瞬間に大きなGが加わり、頂点に向かうにつれて速度が遅くなるのでGも徐々に小さくなって頂点で一番弱くなります。そこから下降するにつれ速度が上がってGが強まり、水平飛行に戻った時点で1G(地上での重力と同じ)になります。連続的に変化するGを感じられる動きだといえるでしょう。
Gが加わる時、血液など体液も体内で大きく移動します。旋回や上昇などでプラスのGが加わる際は血液が下半身に集まって脳への血流量が減少し、ちょうど「立ちくらみ」のような状態になって場合によっては意識を失ってしまいます。Gによる意識消失は「Gロック(G-LOC)」と呼ばれ、操縦不能になるため非常に危険です。
これを防止するため、戦闘機パイロットなどは下半身に「Gスーツ」と呼ばれる装具を装着します。ジェットエンジンから供給される圧縮空気で膨らみ、ふくらはぎ、太もも、下腹部を外部から締め付けて、血液が下半身に集まってしまうのを防ぐ役割があります。
ただし、その効果には限界もあるようです。以前、航空自衛隊の戦闘機パイロットにGスーツの効果について質問したところ、「5G、6Gまで行くと気休め程度ですね」との答えが返ってきました。大きなGがかかる場面では、外から締め付けるだけでは足りないのかもしれません。
また、あくまでも「血液などが下半身に集中するのを軽減する」ものであり、Gそのものを軽減するものではありません。大きなGが加わると背骨に圧縮方向の力が加わるので、そんな状況を日常的に経験する戦闘機パイロットの中では、椎間板ヘルニアによる首痛や背中痛、腰痛に悩む人も少なくないそうです。
Gスーツなしで10Gに耐える強者も
とはいえ、世界を見渡すと先に述べたGスーツなしで、飛行中の大きなGに耐えている例もあります。アメリカ海軍のアクロバットチーム「ブルーエンジェルス」では、プロペラ機時代からの伝統として装着しないほか、プロペラ機で行われるアクロバット飛行(エアロバティックス)やエアレースのパイロットたちもGスーツなしで飛行しています。
プロペラ機といってもアクロバット飛行やエアレースの際、動きによってはジェット戦闘機を超える最大10~12Gがパイロットの身体にかかります。
なぜ、プロペラ機パイロットはGスーツを着ないのか。その理由は、ジェット機と違ってエンジンから圧縮空気を供給することができないため、そもそもGスーツが使えないからです。では、どのような形でGに耐えているのでしょうか。それは自分自身の「筋力」でした。
筆者がエアレースの取材をしている際、パイロットに「どうやってGに耐えているのか?」と質問したことがあります。その時返ってきたのが「脚や下腹部に思いっきり力を入れて、顔を『トマト』にするんだ」という答えでした。
筋肉を緊張させて体内から血管を締め付け、そして“いきむ”ことで顔をトマトのように紅潮させ、血液が下半身に流れることを防いでいるのだそうです。後日、筆者自身もプロペラ機に同乗してアクロバット飛行を体験した際、その言葉に従って実行したところ、Gスーツなしで最大7Gの負荷を経験しながら、意識を失わず最後まで飛行を楽しむことができました。
ジェット戦闘機のパイロットたちも、Gスーツの限界を知っているので、自身の筋力で踏ん張って大きなGに耐えているとのこと。普段の筋力トレーニングは、強大なGに対応するためにも、必要不可欠なものなのです。
09/15 08:42
乗りものニュース