昔は庶民向けがクロスシート!? 「ロング兼用席」の進化 見た目フツーの車両が“大変身”!?

ロングシートを回転させてクロスシートにする「デュアルシート」の列車が増えていますが、同様のシートは、実は古い歴史を持っています。ただ「快適な通勤」のためのシートに留まらない、その進化を振り返ります。

国鉄時代に試作

 首都圏私鉄が相次ぎ有料座席列車を登場させ、ロングシートとクロスシートを切り替えることができる「デュアルシート」を目にする機会が増えてきました。有料列車として使う場合に進行方向へ向いたクロスシートに、一般列車として使う場合に座席を枕木方向に回転させロングシートとして使うことが多いので、クロスシートのほうが“快適”あるいは“格上”というイメージがあるでしょう。

 しかし明治時代に日本で鉄道が運行開始されたころは、上等車・中等車がロングシートで、庶民向けの下等車がクロスシートでした。

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E331系電車には、ロングシートを回転してボックスシートとする「可変座席」が採用された(画像:PIXTA)。

 1874(明治7)年当時の客車を解説した『最古客車図』の客車は幅2m程度で、現在より80~90cm程度狭いものでしたから、ソファタイプのロングシートは好ましいものだったのです。その後、車両サイズが大きくなると、転換式クロスシートなど進行方向向けにできる座席が登場し、昭和初期にはクロスシートが高級で、ロングシートが通勤形電車に使われるという現代と同じ認識が広まりました。

 とはいえ、当時最も豪華な特急列車の一等展望車の展望室はロングシート配列のソファでしたし、一等室も自由に回転できるクロスシートでしたから、乗客の位置によっては、ロングシートのように壁面を背中にして談笑したことも考えられます。これは「デュアルシート」の元祖といえなくもありません。

 なお、座席の向きを変えることで、ロングシートからクロスシートに変換できることを意識して設計されたデュアルシートの元祖は、1972(昭和47)年に国鉄が試作した72系電車のクハ79929号車です。

 これは大井工場での出来栄え審査会に出品された車両で、昼間の閑散時、4分割されたロングシートを手前に引き出すことで回転させ、クロスシートとするアイデアでした。72系は4扉車でしたが、中間の2扉は締め切る予定でしたから、ロングシートの背もたれからクッションを手動で引き出せたようです。ただ、それでも背もたれは低いため、前に座った人の頭が後ろの乗客の邪魔になるなど居住性に問題があり、試作にとどまりました。

初採用は関西私鉄

 現代のようなデュアルシートは1996(平成8)年に、近畿日本鉄道が2610系電車を改造して導入したものが始まりです。この座席は「L/Cカー」と命名され、5800系電車、5820系電車で本格採用されました。2024年10月に登場する新型8A系電車も「L/Cカー」となる予定です。

 JR東日本は2002(平成14)年、仙石線用の205系電車の一部に「2WAYシート」としてデュアルシートを採用しましたが、2015(平成27)年以降はロングシートとして運用しています。2006(平成18)年には京葉線で1編成だけ投入されたE331系に、回転してボックスシートになる「可変座席」が装備されましたが、こちらも普及しませんでした。

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東武50090型電車の「マルチシート」。2022年3月にリニューアルされた(安藤昌季撮影)。

 以上のデュアルシートは料金不要列車の座席サービスでしたが、2008(平成20)年に東武鉄道が導入した50090型電車では「マルチシート」として、通勤時間帯に座席指定料金を徴収する有料座席サービス車両とされました。「マルチシート」は本格的な特急形電車と比較すればリクライニングやテーブルなどはありませんが、座席間隔1000mmとゆとりがあり、混雑時に確実に座れることが歓迎されました。

 デュアルシート車は、休日の日中にはクロスシートモードで行楽列車としても運用できるうえ、クロスシートにする必要がない時間帯はロングシートモードで通勤電車としても走らせられるので、関東大手私鉄としては魅力的な車両でした。

 2017(平成29)年より導入された西武鉄道の40000系電車は、デュアルシートだけでなくフリースペースとなる「パートナーゾーン」や車いす対応トイレ、空気清浄機を備えました。また、座席にはコンセントと座席背面にドリンクホルダーも装備しています。

 この空気清浄機、ドリンクホルダー、コンセントは他社へも普及します。2018(平成30)年より東急電鉄は「Q-SEAT」を導入。新機軸だったのは、編成の一部だけをデュアルシート車にしたところでした。

通勤電車が観光列車に!? 超豪華“デュアルシート”も

 同年に導入された京王5000系電車では、有料列車使用時のみ音楽を流すサービスが展開されたほか、2022年には、5737編成よりリクライニング機能が搭載され、快適性が大きく改善されました。リクライニングするデュアルシートは日本唯一と思われます。

 京急電鉄も2020年、1000形電車1890番台にデュアルシート車としては初めて、乗務員室の後ろに展望席を設置しました(この部分はクロスシート)。なお、この車両にはデュアルシート車として初めてトイレに男性用小便器も設置されています。

 とりわけ異彩を放つのは、しなの鉄道が2020年に導入した「ライナー車両」SR1系電車100番台でしょうか。3扉の20m車としては初めてのデュアルシート導入であり、他社ではロングシートとなっている車端部にもデュアルシートが設置されています。

 特筆すべきは、土日祝の有料快速列車「軽井沢リゾート号」です。同列車では、デュアルシートを向かい合わせにしたうえで大型テーブルを設置。軽食サービスも行われます。デュアルシート車なので、座席間隔1000mm程度とJRの特急普通車より広いのですが、先述の通りそれを向かい合わせにして大型テーブルを座席にはめ込んでいるので、JRのグリーン車以上の専有面積を持つ超豪華仕様です。

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しなの鉄道の有料快速列車「軽井沢リゾート号」では、デュアルシートを向かい合わせにしたうえで大型テーブルを設置している(安藤昌季撮影)。

 ただしこの車両、座席によっては進行方向と逆向きになります。しなの鉄道ホームページから予約した場合は座席表が見られますので、注意して座席を選んだ方がよいと思われます。

 観光列車にまで進出したデュアルシート。座席位置によっては景色が見にくいなどの欠点もないわけではありませんが、今後どのように進化していくのか目が離せません。

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