もうガタガタ「ロシア黒海艦隊」どう立て直す? 地中海は通れません 軍艦送り込むための“裏ワザ”ルートとは
ウクライナによる度重なるドローンやミサイル攻撃でかなりの隻数を喪失しているロシア黒海艦隊。バルト海などから新造艦を送り込むためのルートは、地中海経由以外に、内陸を通るパターンもあるようです。どういうことでしょうか。
ロシアの大地を軍艦が横切るって!?
ロシアによるウクライナ侵略戦争も勃発から丸2年が過ぎ、ロシア海軍が誇る4大艦隊の一角でもある黒海艦隊の艦船が、ウクライナ軍のミサイルや水上ドローンなどに次々と狙い撃ちされています。
沈没・大破した数は、黒海艦隊に所属する艦艇の実に3分の1にものぼり、ロシアのプーチン大統領にとっても、実に頭の痛いところでしょう。
しかも普通であれば、他の艦隊から融通したり、新造したりして損失した艦船を補充するものの、現在の黒海艦隊にとっては、これがままなりません。国際条約によって、黒海の入り口が事実上”封鎖”されているからです。
黒海とつながっている海は地中海だけで、しかもトルコ最大の都市イスタンブールにあるボスポラス海峡(最小幅700m弱)が、この2つの海を結んでいます。ところが、第2次世界大戦直前に世界の主要国は、この海峡を航行する軍艦を規制する「モントルー条約」を結んでおり、そのなかには旧ソ連/ロシアも含まれています。
ゆえに、空母など巨大な軍艦の通過は事実上無理で、さらに戦争中は、黒海に母港を持つ艦船以外は、軍艦が黒海に入ることは許されません。
だからか、ロシア側はウクライナ侵略戦争を「特別軍事作戦だ」と強弁していますが、トルコ側は条約に従って、拒み続けているのが実情です。
黒海の北方にあるアゾフ海沿岸には、ロシア企業の中小造船所が数か所あり、ここでは満載排水量1000トン以下のコルベット(小型ミサイル艦)や大型哨戒艇などの建造が可能です。
ただ、この地域はウクライナから200kmほどしか離れておらず、ミサイルやドローンなどで簡単に攻撃される恐れがあるため、おちおち軍艦など造っていられないようです。
そこでロシアは、“ウラ技”として、広大な国土に網の目のように張り巡らされた運河や河川を使って、黒海艦隊に軍艦を供給しようと考えているようです。
つまり、西のバルト海と北の北極海(白海)、そして南の黒海は、自国内の水路で結ばれているため、運河を航行可能な中小艦船であれば、わざわざ地中海を迂回しなくてもバルチック、北方両艦隊から黒海艦隊へ送り込めるというわけです。
「母なるボルガ」を使いロシア平原を縦横無尽
水路の主軸は、ロシア国民が「母」と呼び、同国南部のカスピ海に注ぐボルガ河で、河川や湖沼が無数の運河で繋がり、まるで毛細血管のように、大陸に巨大な水運ネットワークを形成しています。
水路ルートをバルト海からたどると、バルチック艦隊の本拠地であるサンクトペテルブルクの中心を流れるネヴァ河を東へと遡り、120kmほど航行すると、琵琶湖の約26倍の面積を誇るラドガ湖に到達します。
今度は同湖に流れ込むスヴェリ河に入って、琵琶湖の約14倍の大きさのオネガ湖を目指します。同湖に入ったら南に針路を変え、ヴィテグラ河~シュクスナ河~ルイビンスク人工湖と進んで、いよいよ「母なるボルガ」と連絡します。
やがてボルガ河畔の中心都市、ボルゴグラード(旧スターリングラード。ここは第2次大戦時の激戦地)に到着です。
この街の南郊で、接続しているボルガ・ドン運河へ入ると、この先で運河は西に方向を変え、100kmほどで、もう1つの大河であるドン河に出られます。
ここからは、あと約400km下れば、ウクライナに侵略したロシア軍が拠点を置く、ロストフ・ナ・ドヌーに到達します。こうして、黒海の一部であるアゾフ海まで来ることが可能です。
スタート地点であるバルト海に面したサンクトペテルブルクから、ゴールであるロストフ・ナ・ドヌーまでの行程は約1500km、モスクワを中心とした地域の東側部分を半径1000~2000kmの弧を描いて貫く一大水路だといえるでしょう。
この「バルト―黒海水路」に加え、オネガ湖から枝分かれする格好で、白海(北大西洋バレンツ海の一部)・バルト海運河を進めば、約200kmで今度は白海に達します。
こうした水路は、現在も経済性に優れた物流ルートとして重要視されており、石炭や鉄鉱石、木材、穀物など、重くてかさむ割には値段が安く、腐りにくい荷物の輸送に重用されています。仮にバルト海~アゾフ海を平均10ノット(約19km/h)で航行すれば、1日約500km進み、単純計算では休息・補給を考えても4~5日で到達できるでしょう。
最新鋭コルベットも楽々航行OK
では、実際にバルト海や白海から黒海へ運河を使って軍艦を送ろうとした場合、ネックとなる点はどこでしょうか。問題になるのは、航行する船の「幅」と「水深」です。
一見「まっ平」に思える、荒漠たるロシア平原ですが、それでも数十mの高低差があります。そして、このアップダウンをクリアするため、水路には多くの閘門(こうもん)が設けられています。
これは水路の両側に水門(閘門)を設け、間に造ったプール状の閘室の水を出し入れし、水位が異なる水路同士を結んで船舶が航行できるようにする仕掛けで、パナマ運河などでも用いられている手法です。
加えて、バルト―黒海水路の閘門の幅は最低18mと狭く、無理なく通れる船舶の幅は17mがほぼ限界でしょう。
ただし、ロシアの最新コルベットであるカラクルト級(満載排水量870トン、喫水4m)の全幅は9m、前作のブーヤン級コルベット(同940トン、2.6m)は11m、ナヌチュカ級コルベット(同670トン、2,4m)なら12.6mなので、これら艦艇なら楽に通れそうです。
一方、「水深」の問題は、長年にわたる土砂の堆積による浅底化です。
旧ソ連時代は保守点検が徹底され、水路の水深は最低でも4m以上が確保されていたようです。しかし、ソ連崩壊後は予算不足で浚渫(しゅんせつ)費用が捻出できずに放置された結果、場所によっては水深2~3mまで浅くなり、船舶の航行に支障が出ているとの指摘もあります。
ただし、ウクライナ侵略後は、戦闘を継続するため、ロシア政府は艦艇が航行できるように、急きょ浚渫工事を実施しているようです。
事実、2024年5月には「バルト―黒海水路」上にあり、ボルガ河に面したゼレドリスク造船所(カザン近郊)で、カラクルト級コルベットの14番艦「タイフーン」が進水、水路を使って黒海に移送されています。
特筆すべきは、ゼレドリスク造船所のように、同水路には造船所が多数存在し、コルベットクラスの軍艦なら、ごく普通に建造している点です。実際、アストラハン、ボルゴグラード、ニジニ・ノヴゴロドといった水路沿いの主要都市には、ドックではなくスリップウェイ(横滑り型)を備えた造船所の姿を見ることができます。
そのため、今後、ロシアがこうした内陸造船所をフル操業させて、中小軍艦を量産する可能性があります。そういった動きは大陸国家だからこそといえ、「内陸で軍艦建造」は日本では考えられない光景だとも言えるでしょう。
06/10 06:12
乗りものニュース