筒井康隆「常識に反対して、驚かせてやろうというという気持ちが結果的に《不謹慎》に。筆の衰えは感じても、言葉との格闘は続けていく」

(撮影:岡本隆史)
2024年9月に90歳を迎える筒井康隆さん。「最後の長篇小説」と銘打った『モナドの領域』、「最後の短篇小説集」として出した『ジャックポット』に続き、今回の『カーテンコール』を「最後の掌篇小説集」だと語ります。筆の衰えは感じても、書くこと自体は生活の一部、言葉との格闘は続けていくと語る筒井さん。書いた順に並べたという掌篇たちには、それぞれの思い出があるようで――。(構成=内藤麻里子 撮影=岡本隆史)

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最後の掌篇小説集

2015年、81歳の時に書いた『モナドの領域』は「最後の長篇小説」と銘打って刊行しました。その後、21年に出した『ジャックポット』は最後の短篇小説集、そして今回の『カーテンコール』を最後の掌篇小説集というふうに考えています。

今や小説のアイデアや舞台設定を考え出すのがすっかり面倒臭くなりました(笑)。現在は『波』と『新潮』にエッセイの連載をしていますので、たまに浮かぶ小説のタネのようなものは、すべてこちらに紛れ込ませています。

前作『ジャックポット』は、実験的な小説を中心にしたので、『カーテンコール』はエンターテインメントの作品集としました。昔はそれらを区別せず1冊に収録していたんです。ところが歳をとると、若い時のめちゃくちゃさに対して、同じ傾向のものでまとめなければいかんという「老人の美学」なるものが現れた。

作品は書いた順に並んでいます。どれも書いていて面白かったですよ。なかでも「コロナ追分」は不謹慎な小説になりました。コロナ禍を書くと、どうしても真面目になると言う作家もいますが、むしろ徹底的にふざけて笑い飛ばさないと、まともには書きにくい。そういうこともワシなら許されるだろうと(笑)。

昔「びっくりおじさん」と呼ばれたこともありますが、世間の常識に反対して、驚かせてやろうという気持ちが、結果的に《不謹慎》となるんでしょうね。

気になるのは老化していく自分のこと

3年前に亡くした息子が夢に登場する、「川のほとり」という作品も収録しました。これは出版社たっての希望で『ジャックポット』にも収録しましたが、あくまで書いた順だと本作の1篇です。

評論家の蓮實重彦さんがラストシーンに泣いたとおっしゃっていましたが、こちらとしては悲しいから書いたわけではなく、悲しいことを書いて人が泣いたら「してやったり」。それが小説家ですよ。

「プレイバック」と表題作「カーテンコール」は、そろそろ掌篇小説も終わりかなと思い始めて書いた2篇。普通カーテンコールの後にプレイバックなんですが、こればっかりは書いた順だから仕方がない。

「プレイバック」では、『時をかける少女』の和子や「夢探偵」のパプリカなど、自作の人気キャラクターや、作家の小松左京、評論家の大伴昌司ら盟友たちを病床の私の見舞いに来させ、当時のエピソードを披露してもらいました。

「カーテンコール」は、映画スターたちとの座談会形式。昔観た映画のことですから、書きながら懐かしかったですよ。

「夢工房」や「塩昆布はまだか」など老いを題材にした作品も書きましたが、気になるのは老化していく自分のことです。70代で考えていた老いと、今現在、89歳で感じる老いとではまったく違いますね。最近は生きるか死ぬかの問題ですよ(笑)。

『カーテンコール』(著:筒井康隆/新潮社・1870円)

言葉と格闘してきた人生

実は、妻の光子さんの物忘れが激しくなっていて。もし俺が死んだらえらいことになると思っているので、こちらができるだけ長生きするのが望みです。

先日も深夜に不調を感じて、東京の専門病院に入院していました。心臓にステントという医療器具を入れる手術を無事終え、3日で退院。ついでに肺気腫も持っているので煙草は止められていますが、妻に隠れて1日2、3本吸っています(笑)。

お酒はもう一滴も飲んでいません。退院の2日後、アルコール禁止の指示に気づかず飲んでしまったんです。慌てて医師に聞くと、「少しくらいなら大丈夫。でもまあ飲まないほうがいいですわ」と言う。どっちやねんと(笑)。でもそれ以来お酒がおいしく感じなくて、やめてしまいました。

長年神戸と東京を行き来して暮らしてきましたが、これからはずっと東京にいることになると思います。かかりつけの病院があることと、近くにおいしい店が多いというのが理由ですね。一番の楽しみと言えば、妻との外食ですから。

けれど書くこと自体は生活の一部ですから、ないと退屈すぎる。筆の衰えは感じることがありますよ。しかし、適切な単語が出てこない時に、適当な単語でごまかさないように自分を律しています。もっといい言葉があるはずだと、分類語彙表や類語辞典をひっくり返すのは、若い頃から変わっていません。思えばずっと言葉と格闘してきた人生でした。

文学賞の選考委員も続けるつもりです。素晴らしい作品に出会う機会だから、辞めるわけにはいきません。読むのはつらくなりましたが、候補作が送られて来るなり飛びつくように読んでいますよ。(笑)

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