【証言・官房機密費】鈴木宗男・元官房副長官「官邸、党が一体となって戦った1998年沖縄県知事選で使われた3億円」今だから話せる真実

当時、鈴木宗男氏の機密費に関する発言は波紋を広げた

 毎月約1億円、年間約12億円もの税金の使途が“ブラックボックス”になっている──それが「官房機密費」だ。国会で「政治とカネ」の改革を掲げて必死にアピールする岸田文雄・首相も、そこには決して手をつけようとしない。

【図解】使途が公開されない「官房機密費」の資金の流れ

 官房機密費が大きな注目を集めたのは、2010年4月のこと。小渕恵三内閣で官房長官を務めた野中広務氏がTBSのテレビ番組内で、在任中(1998~1999年)に複数の評論家に「機密費から数百万円を届けた」と発言したのだ。後に配布先を記したメモも流出した。

 さらに同年7月のテレビ番組でこれを追認したのが、野中氏の部下として副長官を務めた鈴木宗男・参議院議員だった。

「機密費の使途は、官房長官の政務秘書官の引き継ぎ事務事項でした。野中さんの政務秘書官だった加藤芳輝さんから聞いた話です。誰にいくら、といったことは印刷資料に残さない。加藤さんは『前任長官の政務秘書官からの引き継ぎの際は、ノートに書き写すのがルール』と言っていました。

 評論家の影響力に応じてA、B、Cとランクを付けてカネを渡していました。官邸クラブのキャップとの盆暮れの懇談には、ワイシャツの仕立て券のようなお土産を渡していたこともあります」(鈴木氏)

 当時の鈴木氏の発言が波紋を広げたのは、「1998年の沖縄県知事選で自民党が推す新人候補・稲嶺恵一氏の陣営に機密費から3億円が支出された」と明らかにしたためでもあった。

 それに対して、野中氏は「陣中見舞いを出したことはない」と否定し、稲嶺氏も「聞いたことがない」と当時述べている。知事選で機密費が使われたのかを改めて聞くと鈴木氏はこう答えた。

「あの時、沖縄の重要性を考え、官邸、党が一体となって選挙戦に臨みました。自民党県連はじめ沖縄の国会議員に渡っております」

 ただ、鈴木氏は県知事選への支出は「特別だった」とも付け加える。

「橋本龍太郎内閣(1996~1998年)が政権の最重要課題とした沖縄問題で普天間基地移設を決めた後、政権を受け継いだのが小渕総理でした。その課題を確実に解決するため、稲嶺氏が革新系の現職から知事の座を奪還することは、政府・与党を挙げての最優先事項でした。

 しかも小渕総理にとって稲嶺氏は、学生時代の沖縄復帰支援活動の頃から世話になった琉球石油(現・りゅうせき)創業者である稲嶺一郎氏の子息。若手経営者として頭角を現わした恵一氏本人とも盟友関係にあり、総理は『絶対に勝つ』と期するものがあった。総理が『沖縄はカネがかかるんだな』と口にされたのを覚えています」

「政治家の責任の姿勢の問題もある」

 官房長官が責任を持って決裁する官房機密費だが、実は副長官が使うこともできたと明かす。

「たとえば政策を進めるために地方や海外から人を集めて会議を開けば、交通費や会場費などのカネがかかります。積み上げると数百万から1000万円に上ることもある。官房長官に相談して『やれ』と指示が下ると、職員から『副長官、官邸経費で落とせます』と言われたものです。副長官としての会合などにも使うことができました。

 ただ、私は1円も使わず、自分の政治資金で支払った。在京の大使や新聞記者たちとの懇談でも同じです。領収証のいらないカネというのは後で何かあると面倒だし、国民の税金を使ってやろうとは思いませんでした。当時の職員は、官房副長官なら当然回していいような請求書も鈴木は回してこないと不思議そうな顔をしていました」(鈴木氏)

 今回、「元官房長官」が、国政選挙の陣中見舞いに機密費を使ったと述べたことについてはこう言及した。

「政治家の責任の在り様、姿勢の問題だと思います。“自分が政治家として行なうことは自分のカネで処理するのが当然だ”という認識だから使わなかった。

 発言者の認識、受け止めは当時、どんなものであったのか。国民が納得する説明が求められるでしょう」(鈴木氏)

※週刊ポスト2024年6月7・14日号

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