《『ぼくらの七日間戦争』宗田理さん》“大人も子どもを区別しない”作品通じて伝え続けた想い「止められない大人の欲望」危惧した子どもたちの将来

95歳で亡くなった宗田先生

 原作小説が世に出てから40年近くを経ても、今なおアニメ映画や舞台作品などに翻案され続けている『ぼくらの七日間戦争』。実写映画は1988年に公開され、宮沢りえ(51)の女優デビュー作としても知られる。原作は宗田理さんの同名ベストセラー小説で、親や教師など大人への反発と自立へと歩き出す中学生の姿が生き生きと描かれている。これほど長く愛されている秘密はどこにあるのか。4月8日に95歳で亡くなった宗田さんに、その約10日前の3月29日、名古屋市内の事務所で話を聞いた。【全3回の第2回。第1回から読む

【写真】『ぼくらの七日間戦争』デビュー時の宮沢りえ(当時15歳)ほか、若かりし頃の宗田先生の写真など

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 小説『ぼくらの七日間戦争』は好評によりシリーズ化され、『ぼくら~』シリーズはその後も続いた。昨年10月には、51作目の『ぼくらの東京革命』が発売された。2009年からは、現代の小学生向けにリライトされた、過去作品も発行を続けている。宗田さんは亡くなる直前まで、子どもらに向けて、精力的に執筆を続けていたのだ。

「以前は編集者が読むのが追いつかないほどのスピードでどんどん書いていたのに、今はゆっくりになって新作は年に1冊です。最新作の『ぼくらの東京革命』は防災・震災をテーマに、構想に10年ほどをついやして書き上げました。

 本を出したと思ったら、この1月に能登で大地震が起きましたよね。ビルが林立し、人も多い東京で起きたら、どうなるか。壊滅的な被害を避けるには、どうしたらいいのか、子どもたちに教えておくのは大人の務め。今こそ、地震と水害の恐ろしさをしっかりと伝えなければならないと思います。

 だから、『ぼくらの東京革命』で本当はもっとストレートに書きたかったのですが、“ぼくら”らしく、地震への警鐘を鳴らして、不正を働く悪徳業者を撃退しながら、防災や新しいまちづくりについて考える、というかたちに落ち着きました」

 最近はコンプライアンスが厳しく、少し乱暴な言動や残酷な描写はできず、自由な表現ができなくなっている。それに対する戸惑いは大きい。小学生向けにリライトしている作品群も同じで、第1作の『ぼくらの七日間戦争』以外は、表現をマイルドにし、携帯電話を登場させるなどして、現代風に書き換えられている。

 この3月に発売された『ぼくらのイタリア(怪)戦争』は、1996年の『ぼくらの魔女戦記』が元の作品だ。『ぼくら~』シリーズの主人公・英治らは高校生。イタリアのフィレンツェを舞台に、行方不明になった仲間を助け出すストーリーで、ヨーロッパの美しい街や城の歴史、魅力、不思議な魔女伝説などにワクワクする。

「約30年前にフィレンツェを初めて訪れたときから、いつかこの街を舞台にした作品を書きたいと思っていました。もともとルネサンスの歴史や魔女の伝説に興味があったところへ、数カ国語を自由に操る、どこか謎めいていて魅惑的な女性を知人に紹介され、その女性が僕の想像力を大いにかきたてました。

 子どもたちには、日本を飛び出せば、見たこともないような世界が広がっていることを知ってほしいですね」

「子どもも大人も差がない」作品への眼差し

 それにしても、95歳にして、子どもに向けた作品を書き続けられたとは驚異的だ。

 宗田さんは日本大学芸術学部映画学科在学中に映画のシナリオを書き始め、その後は週刊誌の編集長を務めるなど編集者として活躍。1979年、情報小説『未知海域』(河出書房新社)で作家デビューすると直木賞候補に。当時、51歳。『ぼくらの七日間戦争』を書いたのは56歳だった。年の離れた子どもの心に響く作品を書き続けられるのは、なぜなのだろうか。

「自分ではよくわかりません。ただ、もともと“子どもに寄り添う”という考えがありません。僕の作品には子どもなのに思慮深い子や、逆に大人なのに間の抜けた人物がたくさん出てきます。それは、子どもと大人をあまり区別していないからだと思います。僕のなかでは、子どもも大人も差がないのです。

 小説を書くときも、子どもが読むのだからこの程度でいいだろう、とか、子どもだからこういうことをおもしろがるに違いない、などと考えていません。自分がおもしろいと思うことを書いているだけ。大人が読んでも楽しめる、日常とは違うワクワクするような冒険小説を届けたい、と思っています」

 時代による変化はどうだろうか。今の子どもや大人を、宗田さんはどう見ているのだろうか。

「本質は変わらず、今の子どもたちも友情や冒険が好きで、仲間と一緒に秘密基地を作ってしかけを考えたり、悪い大人にいたずらをしたりするストーリーにワクワクするものだと思っています。

 先日、高校生の読者と会う機会があり、『今の教師は優しく、親はあまり子を叱らないとも聞くが、『ぼくらの七日間戦争』のような話に共感できるのか、おもしろいと感じるのか』と聞いてみました。

 すると、彼らは『時代劇を楽しむように読んでいる』と答えました。悪い教師をやっつけるのは、越後屋や悪代官を懲らしめるのと同じ感覚だそうです。理不尽な権力にもの申す、というのは、やはり普遍的なテーマなのでしょう」

SNSの普及に思うこと

 本質は変わらなくとも、取り巻く環境は変わった。宗田さんはSNSの普及や新型コロナの影響を憂慮している。

「SNSが普及して子どもの世界は格段に広がりましたが、同時にやっかいごとも増えたように思います。

 たとえば、昔はいじめっ子といじめられっ子が特定できたのが、今は相手の顔が見えず、いつの間にか自分が標的になっていたりする。失敗すれば、顔も知らない人がそれをあげつらって、一斉に叩いたりする。これでは、子どもは萎縮してしまう。決して目立たぬように、と神経をとがらせるかもしれません。

 昨今は、地震や異常気象が引き起こす災害や、他国の戦争など憂慮することばかり。子どもたちは今の時代に不安を感じているのではないでしょうか。新型コロナで行動制限があった影響などもあり、生きづらさがあるように感じます」

 そんな子どもたちに、大人はどう対するのが良いのか。悩んでいる親も多い。

「親はちょっと子どもを突き放し、放っておいて自由にさせることも必要だと感じます。昔のような怖い大人や悪い先生というのも、場合によっては子どもの成長にとって必要。学校や家庭で守られ過ぎているよりも、世の中にはワルがいることを、子どもの頃から知っていたほうがいいのでは、と思います。

 それにしても、今の大人は本当におもしろくなくなりました。くだらない喧嘩ばかりして、戦争をやめない。人間はどんなに技術が進歩しても、他人より多くを手に入れたい、強くなりたい、美しくなりたい、裕福になりたい、という欲望を止められない。その欲望のままに生きていると、戦争になっちゃうんですよ。恐竜が滅びたように、人類も遠い未来に滅びるときがくるでしょうが、それより前に戦争で滅びるのではないか、と危惧しています。太平洋戦争を経験して、特に子どもたちを苦しめる戦争には、絶対に反対です」

 戦争や地震・水害などの災害の恐ろしさをもっと書かなければいけない──宗田さんの執念を感じた。

 そして、いつの時代も消えないワルとどう向き合うか。宗田さんは『ぼくら~』シリーズの英治らに思いを託している。

第3回に続く第1回から読む

 

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