映画「インターステラー」は本格的な科学論文よりも先にブラックホールの姿を明らかにしていた!? 【ブラックホールの不思議/前編】※ネタバレあり

佐々木亮「酒のつまみは、宇宙のはなし」

映画「インターステラー」は本格的な科学論文よりも先にブラックホールの姿を明らかにしていた!? 【ブラックホールの不思議/前編】※ネタバレあり

1日10分、毎日更新されるポッドキャスト「宇宙ばなし」が人気を呼び、注目を集める佐々木亮さん。

この連載では、独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わった経験と、天文学分野で博士号を取得した知見を活かし、最新の宇宙トピックを「酒のつまみの話」になるくらい親しみやすく解説します。そして、宇宙と同じくらいお酒も愛する佐々木さんが、記事にあわせておすすめの一杯もピックアップ。

今回は宇宙ネタの基本「ブラックホール」について。映画「インターステラー」に描かれていたブラックホールはその後論文になるほどかなり本格的なものでした。作品が後の科学研究に与えた影響について解説します。

第14 回「ブラックホール」のはなし/前編

映画「インターステラー」のブラックホール描写が本格的すぎた!

SF映画や映像作品といえば何を思い浮かべますか? 最近ではこの連載でも紹介したNetflix版「三体」や、今年公開された「デューン 砂の惑星 PART2」などがありますし、これまで多くのSF作品が注目されてきました。 
さまざまな作品がある中で、私のイチオシはクリストファー・ノーラン監督の「インターステラー」です。

私がインターステラーが好きな理由は、ブラックホールの描写が素晴らしいことです。作品中で表現されたブラックホールは徹底的に検証がなされたものであり、後に科学論文まで発表されるほどのクオリティでした。私自身、ブラックホールを初めて観測したX線天文学の業界で研究をしていたからこそ、科学的な”確からしさ”を突き詰めたこの作品に魅力を感じてしまうのかもしれません。

今回と次回はブラックホールについて紹介していきますが、今回は前編としてこの映画作品の中で表現されているブラックホールの描写の正確さを研究者目線を交えて紹介していこうと思います。

熱いガスの円盤がブラックホールの周りで渦巻くイメージ図  画像提供/NASA

熱いガスの円盤がブラックホールの周りで渦巻くイメージ図  画像提供/NASA

「インターステラー」は、地球環境が壊滅的な状況になったため人類生存のために宇宙を開拓し、移住可能な星を探していくストーリーで、さまざまな宇宙描写が散りばめられています。惑星探査をしていく中で、重要な役割を担うのがブラックホールです。

ブラックホールはその重力の強さから、物質だけでなく光をも吸い込む天体として多くの人に知られています。その性質がゆえに、ブラックホールそのものの姿は捉えることができないのですが、その周囲の環境は解明されつつあります。重力に吸い込まれる星や、ブラックホールにギリギリ吸い込まれない“光のねじれ”などから、その姿がようやく少しづつわかり始めているのが現状です。

そんなブラックホールが重要な役割を果たす「インターステラー」が公開された2014年当時、私は宇宙物理学の研究をすることに心を惹かれているものの、まだ何も知らない大学生でした。

ただ宇宙が好きというピュアな状態でこの映画を観たわけですが、すごく面白くて、初めて映画館に2回足を運ぶくらいハマりました。運営しているPodcast「佐々木亮の宇宙ばなし」でも、たくさんのリスナーの方からこの作品に関する感想や質問をいただきます。宇宙好きはやはりこの映画が好きみたいです。
今、ここまで読んでいるあなたも、私たちと同じなのではないでしょうか?

その後宇宙の研究をし始めてから、作品の面白さの感じ方がどんどん変わっていきました。その理由は「インターステラー」のブラックホール描写が「科学的すぎた」からです。
「インターステラー」を観た人がまず思うのは「ブラックホールってこんな形してるの?」だと思います。下の画像が映画のために作成されたものですが、僕も最初はそう思いました。
これ、現在では実際の理論上でもこういう構造になっているということが分かっています。しかもこれは映画公開から後の研究で証明されているんです。

「インターステラー」のためにクリストファー・ノーラン監督と視覚効果スーパーバイザーのポール・フランクリンらによって作成されたブラックホールのイメージ図。(論文「Gravitational lensing by spinning black holes in astrophysics, and in the movie Interstellar」より画像引用/Oliver James, Eugénie von Tunzelmann, Paul Franklin and Kip S Thorne / Published 13 February 2015 /© 2015 IOP Publishing Ltd /DOI 10.1088/0264-9381/32/6/065001

「インターステラー」のためにクリストファー・ノーラン監督と視覚効果スーパーバイザーのポール・フランクリンらによって作成されたブラックホールのイメージ図。(論文「Gravitational lensing by spinning black holes in astrophysics, and in the movie Interstellar」より画像引用/Oliver James, Eugénie von Tunzelmann, Paul Franklin and Kip S Thorne / Published 13 February 2015 /© 2015 IOP Publishing Ltd /DOI 10.1088/0264-9381/32/6/065001

なぜ、本格的科学論文よりも早く、正確な宇宙描写が可能になったのでしょうか? それは、映画の監修者を務め、エグゼクティブプロデューサーとしても名を連ねるキップ・ソーン博士の存在があったからでしょう。
映像制作チームは、理論的に分かっているブラックホールの情報を元に、ブラックホールの重力によって曲がる光の軌道や、強い重力の影響で光学レンズのように遠くの宇宙までズームして見える現象などを再現したCGモデルを作成しました。

そして、実際にブラックホールの近くまで行って撮影したらこう見えるだろうという高い精度の映像の再現に成功します。科学的な事実を元に、ブラックホールまでリアルに描くあたりに、クリストファー・ノーラン監督らしさを感じます。
驚くのは、キップ・ソーン博士らはこの取り組みを「Gravitational Lensing by Spinning Black Holes in Astrophysics, and in the Movie Interstellar」(映画『インターステラー』における天体物理学と回転するブラックホールによる重力レンズ効果)という論文にまとめて発表しているということ。

映画を見たことがある人はこのブラックホールの描写が圧巻だと感じたと思います。ただ、その映像だけでなく、学術的に価値のある論文を残した、ということも何より凄いことだと思います。
それはある数字からもわかります。
学術論文の影響力をはかる一つの指標として「被引用数」というものがあります。 研究者たちが論文を作成する場合、過去の論文を引用しながら完成させ、発表します。つまり、被引用数が多いということは、発展研究を生み出した量が多いということを示します。それだけその分野の研究において大きなインパクトを残したり、重要役割な役割を果たしたと言えるのです。

キップ・ソーン博士らによるこの論文の被引用数は、この記事を執筆している2024年4月時点で166。この数字は他と比べても多いのです。論文を書いたことがある身からすると、この数字には感服します。被引用数だけが論文の価値の指標になるわけではないものの、映画と組み合わせてこれだけ注目される研究となっている点を見ると素晴らしい取り組みだったと言えそうです。

同時に作品がアカデミー賞の視覚効果賞を受賞していることが、映像としてもいかに素晴らしいものだったのかを表していると思います。視覚効果賞は2024年は「ゴジラ−1.0」が受賞したことも記憶に新しいあの賞です。

学術研究として、映像作品としてそれぞれ評価を高めた「インターステラー」のブラックホール再現ですが、実は2019年にNASAがこの映像化がどれだけ正確だったかを改めて示した出来事がありました。

映画の公開から約5年後のことです。NASAが公開したブラックホールの再現画像は、インターステラーで示されたものと非常に似ているものでした。厳密な条件は異なるものの、基本的な構造がここまで近いと、やはり当時しっかりと作り上げられていたのだと実感します。

2019年、NASAによって可視化されたブラックホールのイメージ図 (NASA Visualization Shows a Black Hole’s Warped Worldより画像引用)Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Jeremy Schnittman

シミュレーションでブラックホールを再現する技術が進化する中で、ブラックホール研究の新局面も迎えます。
NASAがイメージ図を公開する少し前の2019年4月、ブラックホールの撮像に成功したニュースが世界を驚かせました。記憶に残っている方もいるのではないでしょうか。
この研究によって、ブラックホール周辺で重力によって捻じ曲げられた光の状態が明らかになり、さらに飛躍的にブラックホールの研究が進んでいくことが期待されています。

地球上の8つの電波望遠鏡を結合させた国際協力プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」によって撮像されたブラックホール Credit: EHT Collaboration

地球上の8つの電波望遠鏡を結合させた国際協力プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」によって撮像されたブラックホール Credit: EHT Collaboration

ただ、人類が持つ最強の目を持ってしてもブラックホールの解像度はこの程度です。インターステラーのおかげでブラックホールに対して高い解像度を持ってしまっている私たちからすると、少し物足りないかもしれません。

天文学には、理論と観測という大きな2軸があり、両者が切磋琢磨しながら成長してきました。理論が先に予想したことが100年の時を超えて実際に観測されたり、先に観測で見つけた不思議な現象を理論がなんとか説明したりと、相互に補い合いながら大きな発展を遂げてきたのです。
今、ブラックホールは、理論が少し先行していますが、ここから大きな技術進化があると、観測が追い抜いて新たな側面が見えてくる時代になるのかもしれません。

学術研究と映画という2つの分野それぞれにインパクトを与えたインターステラーのブラックホール描写。
ただの創作だと思って観るのと、科学的に確からしいものとして観るのでは、作品の見え方が大きく変わってくることを私は実感しています。元々好きな方も、まだ観たことない方も改めて鑑賞してみると面白いと思います。

次回はそもそもブラックホールってなんなんだろう?ということを解説します。

この記事のお供はこのお酒!

 北海道阿寒郡にあるブラッスリーノットの「KEARASHI(けあらし)」。ブラックホールの記事には絶対にスタウト(黒ビール)と思っていて、見つけた一本。イギリスの伝統的手法と言われている牡蠣の殻を使ったオイスタースタウトというスタイルです。極寒の日に海や川から立ち上る霧を指す気嵐は、“蒸発”していると言われているブラックホールを連想させます。残念ながらこの商品は終売してしまったようですが、他のラインナップもおすすめです!

 次回連載第15回は6月14日(金)公開予定です。

参考資料

Gravitational lensing by spinning black holes in astrophysics, and in the movie Interstellar/Oliver James, Eugénie von Tunzelmann, Paul Franklin and Kip S Thorne/2015/2/13

NASA Visualization Shows a Black Hole’s Warped World/NASA 2015/9/25

史上初、ブラックホールの撮影に成功 ― 地球サイズの電波望遠鏡で、楕円銀河M87に潜む巨大ブラックホールに迫る/国立天文台 2019年4月10日

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