SLIMの月面着陸成功は、「月面産業革命」の起爆剤になる!

佐々木亮「酒のつまみは、宇宙のはなし」

SLIMの月面着陸成功は、「月面産業革命」の起爆剤になる!

1日10分、毎日更新されるポッドキャスト「宇宙ばなし」が人気を呼び、注目を集める佐々木亮さん。

この連載では、独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わった経験と、天文学分野で博士号を取得した知見を活かし、最新の宇宙トピックを「酒のつまみの話」になるくらい親しみやすく解説します。そして、宇宙と同じくらいお酒も愛する佐々木さんが、記事にあわせておすすめの一杯もピックアップ。

「小型月着陸実証機 SLIM」が見事着陸成功を果たしました! この流れを受けて、ますます盛り上がりを見せそうな月面開発の未来について解説。月に人類が住む未来も近づいているかも!?

第6回「月面産業革命」のはなし

国から民間へ。この流れが宇宙開発をより加速させる!

小型月着陸実証機SLIMの着陸成功によって、日本は世界で5番目の月到達国となりました。旧ソ連、アメリカ、中国、インドに次ぐ成功となります。SLIMが検証している着陸方法は、これまで誰も達成できていなかった「降りたいところに降りる」点で意義があります。このピンポイント着陸を成功させたことで、日本は月面に対して強い武器を手に入れたと言えるでしょう。
今回はJAXA主導のミッションでしたが、今後の月面探査は民間との連携を深めていきながら進むことが予想されています。それどころか、民間が主導になっていくかもしれません。今回は、これから先起きるであろう”民間主導”の「月面産業革命」を考えていきます。

まずは月面探査の現状とその背景を整理します。世界各国が月面を目指している背後で、大きな存在感を示しているのはアメリカが掲げる「アルテミス計画」です。アルテミス計画は、宇宙飛行士の月面到達を成功させたアポロ計画の後継プロジェクト的な立ち位置です。簡単にいえば、約50年ぶりに月面を目指し、科学発見や宇宙探査を発展させていこうとする壮大な計画。

ちなみに、2022年にJAXAの宇宙飛行士選抜試験が行われたのは、この有人の月面探査のメンバー候補の選出も目的としていました。あの盛り上がりは、ここに繋がっていたんですね。

 2022年、NASAがアポロ計画後約50年ぶりに月に送り込んだ無人宇宙船「オリオン」とそのカメラがとらえた月の様子  写真提供/NASA

2022年、NASAがアポロ計画後約50年ぶりに月に送り込んだ無人宇宙船「オリオン」とそのカメラがとらえた月の様子  写真提供/NASA

月面開発に民間企業を巻き込んでいく流れを最初に作ったのはアメリカです。NASAを中心に2018年に「商業月面輸送サービス(CLPSクリプス)」という月面探査に特化したプロジェクトが開始されました。これは10年間で約2,700億円の資金が、事業契約を結んだ民間企業に提供されるものです。公募によって民間企業を募り、そこからCLPSへ採択をしています。この流れもアメリカの宇宙開発のスピードを一気に加速させている要因として考えられるでしょう。

潤沢な資金のある大きなプロジェクトがあると、そこに選定されるために企業同士がテクノロジーを切磋琢磨し、全体の開発力を促進させています。

民間企業を巻き込んだNASAの動きは、これまでにも行われています。みなさんがよく知るSpaceXはロケット打ち上げ事業で売上を上げていますが、その打ち上げはNASAからの受注がほとんどだった時期もありました。受注によって繰り返し打ち上げを行うことができ、それに伴って技術開発も進み、企業としても成長。今では自社の人工衛星を繰り返し打ち上げ、2023年1年間で97回も成功させるほどです。

アメリカの成功例から、各国政府も民間を巻き込んだ宇宙開発を進め始めています。

アルテミス計画による有人月面探査は、2026年に予定されている(イメージ画像)

アルテミス計画による有人月面探査は、2026年に予定されている(イメージ画像)

NASAが中心となってスタートしたアルテミス計画ですが、実際は巨大な国際連携プロジェクト。2020年10月にこの計画を推進するために、アメリカ、日本、カナダ、イタリア、ルクセンブルク、UAE、イギリス、オーストラリアの8カ国でスタートしました。そこから各国の賛同を得て、2024年1月時点では31カ国が参加。世界が月面探査の重要性に気がつき、研究開発の熱が徐々に広がっていることが実感できますよね。

初期にアルテミス計画に賛同した国々でもアメリカのCLPSのような月面開発に特化した民間サービスの活用を推し進めようと、資金の流れができています。カナダでは月探査活動を進める企業や大学への支援として5年間で約140億円、オーストラリアでは月面探査とその先の火星探査を踏まえた開発予算として5年間で約130億円の予算が組まれました。その流れに、日本も負けていられません。

2023年11月に日本政府による衝撃の発表がありました。JAXAに10年間で1兆円規模の「宇宙戦略基金」を設立し、民間企業や大学をサポートして国内の宇宙ビジネスの活性化を目指す、というものです。CLPSのように月面に特化しているものではないことから、宇宙ビジネス全般の底上げを狙うものだと考えられます。政府が主導となってここまで巨大な予算が、宇宙という1つの分野に、そして国内の民間や大学に提供されることに業界内外で大きな驚きがありました。アメリカ、カナダ、オーストラリアの数字と比較しても、この金額は破格です。

この先に期待されている動きは、今後の月面探査は政府や国主導のものではなくなるということ。期待が集まっているのは民間企業の力です。そこから展開される「月面産業革命」こそが今後の月面探査・宇宙探査の未来を担うキーポイントです。

月面開発で産業革命のような変化が起きるために必要なのは「地上と月面の相乗効果」です。地上で生まれた技術や事業を月面探査に生かすだけでなく、月面探査を軸に生まれた技術や事業が地球上の社会に還元され、循環していく世界が出来上がることが重要。ここを目指すには民間企業の力が欠かせません。

今、日本でも月面での活躍が期待されている企業はいくつもあります。まずはispace。月面への輸送サービスを販売しています。これにはまず月面着陸が必須の技術になります。2023年に月面着陸にチャレンジし、惜しくも失敗に終わりましたが、既に最速で2024年冬に2度目のチャレンジを行うことを表明しています。SLIMの着陸が成功した今、ispaceの次の月面着陸チャレンジは、民間への技術の広がりを証明する意味でも期待したいです。

注目したい企業は他にもあります。空気調和設備を中心とした事業を手がけている高砂熱学は、月面に豊富にあることが期待されている水資源を電気分解し、酸素と水素を生成することを目指しています。連載の第一回で紹介していますが、月の水資源については約120年にも及ぶ論争の末、現在では存在が確実視されてます。この活用こそ月のエコシステムを成立させる上で極めて重要になるのです。

高砂熱学が開発した水を電気分解する装置は2024年冬のispaceの月面着陸船に搭載され、その実証と成功が期待されています。無事実証されれば、未来の月面開発をリードする企業になるはずです。創業100年を超える企業の宇宙への挑戦は、常にチャレンジする姿勢を感じますね。

ispaceが手掛ける月面探査プログラム「HAKUTO-R」のために開発された月着陸船 ©ispace

ispaceが手掛ける月面探査プログラム「HAKUTO-R」のために開発された月着陸船 ©ispace

他にもトヨタが月面を走る車を開発していたり、大林組が月面都市や建築の構想を発表するなどさまざまなチャレンジが進んでいます。このような企業は2024年1月現在、日本国内で100社を超えています。

今後、民間企業が月面のビジネスにどんどん参入し、そこで得られたノウハウを活用した新たなプロジェクトが創出され、投資の熱を呼び込み、最終的には世界を巻き込む巨大な潮流になっていく──。こう考えるとワクワクします。このサイクルをさらに加速させるために、企業側も政府と足並みを揃えて開発を進めていこうと、月面社会の実現に向けて精力的に検討会を実施しています。

宇宙業界での潤沢な資金と技術の発展というポジティブなスパイラルは、学生などの若い世代の関心も集めることができるでしょう。ここから次世代の研究者や宇宙ビジネスの起業家たちが多く生まれるということにも繋がり、さらなる好循環も生み出されそうです。

SLIMの月面着陸の成功は、まさにこの起爆剤だったと信じて、これからの月面開発に注目していきたいところです。

この記事のお供はこのお酒!

 スペイン カタルーニャ地方のナチュラルワインの「エル・メンティデー 2018」。“嘘つき”という意味で、この品種のぶどうでは凝縮感ある上質のな赤ワインが造れない、という概念を覆すという思いが込められているそう。アポロ計画の月面着陸は嘘だった、という説が未だにまことしやかに囁かれていたりします。「月面を拠点に宇宙探査が加速していき、月に人が住むようになるなんてあり得ない!」そんな思いを覆してくれるくらいの宇宙開発のスピードに期待してこちらをチョイス! 購入は専門店のオンラインなどでぜひ。

 次回連載第7回は2月9日(金)公開予定です。

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3Dプリンター、水推進、衛星間光通信……宇宙ビジネスを変革する要素技術7選/宙畑 2021年6月5日

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