始まりはなんと1892年!「月に水はある?ない?」論争の歴史を知っていますか?

佐々木亮「酒のつまみは、宇宙のはなし」

始まりはなんと1892年!「月に水はある?ない?」論争の歴史を知っていますか?

1日10分、毎日更新されるポッドキャスト「宇宙ばなし」が人気を呼び、注目を集める佐々木亮さんの新連載がスタート!

独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わった経験と、天文学分野で博士号を取得した知見を活かし、最新の宇宙トピックを「酒のつまみの話」になるくらい親しみやすく解説。宇宙と同じくらいお酒も愛する佐々木さんが、記事にあわせておすすめの一杯もピックアップします。

連載第1回目は、私たちにとって身近な存在である「月」、そして「水」について。
1日の終わりに、リラックスしながら夜空のその先の世界へ思いをはせてください。

第1回 「月の水論争」のはなし

未来の宇宙開発に大きく影響する、水の存在

月に水があることは、今では当たり前のように話されていますが、その論争の歴史は長く、アポロ計画で人類が月面に立つずっと前から科学者らによって語られてきました。
この記事を読み始めて「月には水があるのか?」と思った人も多いはずです。月に水があることは、さまざまな観測によってほぼ確実と言われています。この事実が明らかになったことで、今、人類が月を目指す流れは盛り上がりを見せていると言ってもいいのです。しかし、約120年にも及ぶ議論の中で、水の存在はあると信じられたり、ないと否定されたりしてきました。

アポロ計画で降り立ったあの時から50年以上が経ち、実は今、「月面に基地を作り、そこを拠点にさらなる宇宙開発に着手する」という、アルテミス計画というプロジェクトが進んでいます。この壮大なプロジェクトについては連載の中で語るとして、その成否を決める根幹的要素とも言える驚きの発見こそが「水の存在」なのです。今回連載第 1 回目はその約120 年の研究の歴史を遡っていきます。

「月に水があるか?」という議論の始まりはなんと1892年。アポロ計画で1969年にアメリカが月面に辿り着く77年も前です。アメリカの天文学者ウィリアム・ピッカリングが論文で発表した主張は、「月には水がある」とわかっている今とは真逆の、「月に水はない」というものでした。当時考えられていたのは、月が作られていく中で水があった可能性はあるだろうけど、剥き出しの月面で水が残っていられるとは考えられず、蒸発して宇宙空間に逃げ出している というものでした。写真などでパッとみた月の姿や色からも、この説は想像しやすいかと思います。

その後、約70年は月に水があるという主張はほぼ出なかったのですが、人類が月面に辿り着くちょっと前、1961年に水が月の表面にあるだろうとする新たな説が提唱されました。ここが月に対する科学的な見方が大きく変化した、ターニングポイントです。その水の在処として考えられたのは、月面のクレーターの底です。数あるクレーターの中でも底が全く太陽に当たらない「永久影」と呼ばれるエリアがあり、そこには蒸発せずに水が残っているのではないか? と提案されました。月は暑いし寒いです。太陽に照らされている時は約120度に達し、太陽が当たらないと約-170度まで下がります。常に温度の低いエリアがあるならば、そこにある水は蒸発せずに残っているのではないかと考えたのです。ここから水が月にあることを信じる声が高まっていきました。ところが、この水存在説の盛り上がりに冷や水を浴びせたと言ってもいいのが、“あの”計画でした。

ここで誰もが知るアポロ計画の時代に突入します。1969年から1972年のアポロ計画で人類は月面に到達します。今回は月の水の話がメインなので、その角度でアポロ計画の実績を紐解くと、一言で言えば「不作」でした。アポロ計画で持ち帰られた月のサンプルの中から水の存在を示す証拠は見つかりませんでした。ここでもし証拠が見つかっていたら、月に水がある、ということは常識になっていたかもしれません。実際に月までたどり着いて、サンプルを持ち帰ってきて、その中に水の存在を示す要素がなかったのだから、みんなが「あぁ、月に水はないんだ」と考えるのも当然です。これによってまた月面の水の存在に対して、懐疑的な意見が増えていきます。

アポロ計画での船外活動で月面車(LRV /Lunar Roving Vehicle)を運転するユージン・サー ナン宇宙飛行士  写真提供:NASA

アポロ計画での船外活動で月面車(LRV /Lunar Roving Vehicle)を運転するユージン・サー ナン宇宙飛行士 写真提供:NASA

月面でスコップを使ってサンプルを採取する様子  写真提供:NASA

月面でスコップを使ってサンプルを採取する様子  写真提供:NASA

再びその流れが変化したのが、1990年代。NASAが行った 「クレメンタイン」と「ルナ・プロスペクター」の2つのミッションの活躍が、世の中に月の水の存在を示しました。
1994年に打ち上げられたクレメンタインミッションでは、人工衛星を月の軌道に投入し、2ヶ月間周回し情報を収集しました。そのデータから、月の南極付近の永久影に水が存在をしている可能性が示唆されました。続くルナ・プロスペクターでも、1998年に北極と南極に水の存在の可能性を示唆する結果が示されました。これにより、世界中で「月に水はある」と考えられるようになります。アポロ計画から20年以上を経て実現したこのレポートで、議論の流れが一気に変わります。ここから今の時代に続く月面の水への期待と活用方法の模索が始まったと言ってもよさそうです。 それだけでなく、人工衛星による月面の探査が活発化していく点でも、ここが大きなターニングポイントの一つと言っても過言ではありません。

水存在の可能性が示されたものの、この時点では観測精度の問題でそれ以上のヒントを得ることができていませんでした。その中で、過去の実験や調査を最新のテクノロジーで見直すことで違う結果が得られるのではないか? そう考えたブラウン大学の研究チームは2008 年にアポロ計画で持ち替えられたサンプルの再調査を行いました。その結果、実は当時のサンプルに水素が含まれていたことを発見しました。現地調達のサンプルからのこの発見によって、月の水の存在に期待が高まり出します。この時、もちろん日本も傍観していたわけではなく、月面の調査を行なっていました。

アポロ計画のサンプルから水素が発見される少し前、2007 年に JAXA は「かぐや」という月を周回する人工衛星を打ち上げました。このミッションを経て、水が存在している可能性のある月の永久影を観測した結果をまとめた論文が2008年に発表されます。この論文では残念ながら水の直接的な証拠を提示することができませんでした。しかし、この時は月面に氷が表出した状態で存在しているのかを人工衛星で確かめることが目的であり、それが確認できなかっただけなのです。この結果、観測領域では氷は月の表面には露出していないことがわかり、月の砂の下に埋もれている可能性が残されることになりました。

2009年以降は、水の存在を支持する結果が続々と出てきます。記憶に新しい発見も多く、宇宙好きの人は覚えている人も多いかもしれません。2009年にNASAの2つのミッション「月クレーター探査衛星 LCROSS」と「月偵察衛星 LRO」が打ち上げられました。LCROSS の実験は非常に大胆で、その手法は水がありそうなクレーターに向かって弾丸を放ち、その噴き出た破片の中を飛行しその物質を測定するものでした。その観測によって水の存在が確認されます。その後、LCROSSはその衛星自体も月に体当たりして、破片を撒き散らします。そしてその破片をLROによって観測することで、地下に隠された水を確認することにも成功しました。このNASAの取り組みによって、水の存在証拠はさらに増えます。

LRO の観測によって示された、月面の氷が存在する可能性がある領域  写真提供:NASA

LRO の観測によって示された、月面の氷が存在する可能性がある領域  写真提供:NASA

これだけでなく、これまでの観測領域よりも広い範囲で水が発見できる可能性も出てきました。これまでは永久影の水の探査が行われてきましたが、2009年にアメリカ・インドの複数のミッションによって行われた人工衛星による観測で、太陽に照らされた領域で水の存在を示唆する結果が出ました。これによって、月の水は永久影だけでなく、全面で発見できるのではないかと期待が高まっていきますが、観測精度の問題で、発見された物質が本当に水なのかどうかは断定できませんでした。そこから月日が経ち、2020年。ジェット機を使ったNASAの観測ミッション「SOFIA」によって、太陽に照らされた面にも水があることが確認され、月面での水の存在は局所的なものではないと認識され始めています。
 
1892年から始まった月面の水の存在証明。ないと思ったらあったり、あると思ったらなかったり、毎回水の存在のヒントを得られるのは人類の持つ科学技術のギリギリの挑戦でした。宇宙へのチャレンジが加速する昨今において、これからも新たにわかることが多くありそうです。2030年代にはアメリカをはじめ、さまざまな国が月面基地の建設を目指しています。日本を拠点に世界で活動する宇宙スタートアップ企業のispaceは2040年に月面都市を作り上げる 構想を掲げています。さらには月にとどまらず火星に人類が降り立つ未来も見えてきています。これまでの120年とは比べ物にならないスピードで進んでいく宇宙開発から目が離せません。これからの連載では、そんな最先端の話をつまみに、お酒を飲みながら語っていきます。

この記事のお供はこのお酒!

静岡県沼津市のブルワリーRepubrew のビール「69IPA」。ガツンと苦い味わいながらも柑橘の香りを合わせているので非常に飲みやすい! 苦味の指標 IBU が最大 100 に対して 69 なのが商品の名前にもなっています。今回の記事は月の水をコンセプトにしているので、富士山麓の湧水から作っているというこのブルワリーのビールをピックアップしました。沼津のお店にも遊びに行って飲むぐらいお気に入りの一本です。

 次回連載第2回は11月24(金)公開予定です。

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